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水俣。
劇団夢桟敷「週刊月曜日」
〈第30号 2023.1.9発行〉
https://yumesajiki.jimdofree.com/
※バックナンバーを見れます。
年 認定 棄却
2014 0名 11名
2015 2名 97名
2016 2名 246名
2017 0名 314名
2018 0名 301名
2020 1名 276名
※累計2020年まで
申請総件 22164名
取下げ等. 6959名
認定 1790名
棄却 12966名
水俣病申請者の多くの方が認定を棄却されている。
これは意図されたことのようにも思える。
誰が?何故?
1956年に公式発表された水俣病から今年2023年で67年になる。
患者さん(被害者)たちも年老いて、無念にもあの世に旅立った方々も大勢いる。
手足の痙攣、さまざまな症状との闘いにもがき苦しむ様子を見ると胸が痛い。
ここには日本の高度経済成長との矛盾の結果として公害の原点があるように思う。
公害は自然と経済のバランスが崩れた現象ばかりではなく、人のこころまでなくしてしまうのではないかと恐怖も覚える。
御用医学の面から釈然としない認定基準。
理解不足からくる偏見や差別による市民の分断。
何よりも行政や政府の「何が水俣病なのかわからなさ」という〈無責任〉が露骨に現れている〈責任〉。
不条理や理不尽が横行、大きな渦を巻く。
科学的立証は必要だろうが、チッソによる水銀汚染で水俣病は発生しており、経済的利益が優先した人の心の腐敗があった。
犠牲は海の汚染ばかりではなく、経済優先(利益)から自然や命を奪う〈公害〉という〈私害〉の歴史が見える。この歴史は暴力的だ。
水俣病は終わっていない。
水俣に行って感じることがある。
公害を経験した町は同じ過ちを繰り返さないように見える。敏感にある町。
水俣の自然は美しい!海も山も、人も美しい。
美しい!ときれいごとを並べるな、と笑われても良いから幻視しよう。
幻視?とは戯けるな。…光は屈折する。見えないものが見える不思議がある。
不知火は物語る。「怨」は美しくて悲しい。「怨」は未来の力になるだろうか。
不知火の海に怨旗が見えるのだ。
「不知火幻視行」
location hunting 水俣湾
行き詰まりながらMovieシナリオが止まる。
止まった時の息は「紙の上で悩むな」と吐く。言葉にならなければ「行け」と大きく息を吸う。
もう一つ。
舞台での「苦海浄土(仮題)」夢現ひとり芝居も遅々として進まない。
身の丈以上のことをしようとしているからだろうか。
夢現は焦らない。役者は変幻自在を試みる。
言葉では尽くせないものがある。
それは感情が大きく畝るからだろう。
Movie(映像)とStage(舞台)の二部構成で試みるMINAMATA PROJECT は演劇としてのrevenge(再挑戦)としている。
寺山修司の世界ならば「訪問劇」や「市街劇」を模倣しようか。
アングラ劇でいうならば復讐である。
水俣でのロケハンは続く。
尚、水俣ロケハンに同行されたい方は山南までお問い合わせください。
日帰り、又は一泊コースあります。
出会いに感動がありますよ。