おざわようこの後遺症と伴走する日々のつぶやき-多剤併用大量処方された向精神薬の山から再生しつつあるひとの視座から-

大学時代の難治性うつ病診断から這い上がり、減薬に取り組み、元気になろうとしつつあるひと(硝子の??30代)のつぶやきです

三島由紀夫の太宰治への激しい批判と近代文学批判としての『仮面の告白』-三島由紀夫という作家について②-

2024-10-30 07:14:17 | 日記
三島由紀夫が、「自分」に関心を持ちすぎる文学に生理的嫌悪を感ずるのは、「告白」という行為につきまとう自己欺瞞が耐え難いからではないだろうか。

逆に言えば、それは、自分にこだわっているふりをすることへの嫌悪でもあろう。

「告白」という行為において、人は決して、自己自身に直面しないように、私には、思われる。

三島由紀夫の文学について考えるとき、やはり、三島由紀夫の太宰治への激しい批判を想い起こしてしまう。

三島由紀夫の太宰治批判は、その激しさゆえに、単に太宰治という作家に対する好き嫌いの次元の問題を越えて、何かもっと別の、太宰治によって代表される近代日本文学の存在基盤の問題を暗示しているようである。

三島由紀夫は太宰治について、『小説家の休暇』のなかで、

「私が太宰治の文学に対して抱いている嫌悪は、一種猛烈なものだ。
第一私はこの人の顔がきらいだ。
第二にこの人の田舎者のハイカラ趣味がきらいだ。
第三にこの人が、自分に適しない役を演じたのがきらいだ。
女と心中したりする小説家は、もう少し厳粛な風貌をしていなければならない」
と述べた上で、
「太宰のもっていた性格的欠陥は、少なくともその半分が、冷水摩擦や器械体操や規則的な生活で治される筈だった。
生活で解決すべきことに芸術を煩わしてはならないのだ。
いささか逆説を弄すると、治りたがらない病人などには本当の病人の資格がない」
と述べている。

三島由紀夫の太宰治批判の根拠は、太宰治が「病人」であるからではないし、「病人」ではないからでもなく、ただ病人であることの文学的価値を前庭として、病人などにはであることを目指し、またそれを自慢しているように見えるからであろう。

つまり、病気の人が病気について語ることは別段批判する必要はないが、健康な人が病人のふりをすることの論理的自己矛盾か批判されるにすぎないのである。

太宰治が「治りたがらない病人」を演じ続けたのは、少なくとも、文学の世界においては「病人」が価値であったからであろう。

私たちは、太宰治を読むとき、しばしば病気そのものを見てしまいがちであるが、太宰治の病気は演技としての病気であり、本来の病気ではなかったのではないだろうか。

三島由紀夫の太宰治批判に匹敵する太宰治批判に、江藤淳の太宰治批判がある。

これらふたつの太宰治批判の差異は、一方が作家の手によるものであるのに対し、他方は批評家の手によるものであるという点だけであろう。

江藤淳は、太宰治に対して『太宰治』のなかで、

「しかし、同時に彼のなかには、甘ったるい悪い酒のようなものがあった。
あるいは『ふざけるないい加減にしろ』と言いたくなるものがあった。
『ホロビ』の歌をうたっていられるのはまだ贅沢のうちである。
『ホロビ』てしまっても人は黙って生きて行かなければならぬ。
『ホロビ』た瞬間に託される責任というものもあるからである。(中略)『暗ク』生きるのもまた贅沢のうちであり、どこかに他人が声をかけてくれないかという薄汚れた期待を隠している。
私が自分を見出した状態は、甘えるのも甘えられるのも下手な芝居のように思えて来るようなものだったので、私は結局『アカル』く生きることにした。
『アカルサ』を演じるというのではない。
深海魚のように自家発電をして生きるのである。
そのためには太宰は役に立たなかったから、私は彼の作品を読むのをやめて語学をやりはじめた」
と批判している。

太宰治を厳しく批判した三島由紀夫と江藤淳からは、近親増悪に近いものが読み取れるのだが、逆にいえば、ふたりとも、太宰治の魅力を十分に認めているのではなかろうか。

認めた上で批判するからこそ、このふたりの太宰治批判は、相当厳しいものになり、やや感情的、生理的な反発となってしまうのではないだろうか。

ただ、三島由紀夫や江藤淳は、「病人」や「弱者」を批判しているのではなく、「思想としての病人」、「思想としての弱者」を批判しているのだろう。

近代日本文学のイデオロギー体系のなかでは、「病人」や「弱者」が価値であったため、作家たちは好んで「病人」や「弱者」を描き、それを賛美した。

太宰治もまた、この近代日本的パラダイムの中では、きわめてすぐれた優等生であったということのようである。

しかし、ここに問題があるのではないだろうか。

太宰治は、「病人」や「弱者」を好んで描き、また同時に彼自身も「病人」や「弱者」を演じ、私たちは、しばしば、作品人物と太宰治を同一視してしまったのである。

三島由紀夫や江藤淳が、太宰治の魅力を認めながら、それを激しく嫌悪するのは、太宰治における自己欺瞞的な倒錯の論理を、許さないからであろう。

しかし、この倒錯は、太宰治にだけあるのではなく、むしろ近代文学の存在根拠であると言っても過言ではないだろう。

私には、ここにはふたつの問題があるように、思われる。

ひとつは、作中人物と作者自身の同一化という問題であり、もうひとつは「告白」という問題である。

前者について、三島由紀夫は、『小説家の休暇』のなかで、

「ドン・キホーテは作中人物にすぎぬ。
セルバンテスは、ドンキホーテではなかった。
どうして日本の或る種の小説家は、作中人物たらんとする奇妙な衝動にかられるのであろうか」
と言っているのだが、これは、太宰治批判に関連して書かれた一節である。

私たちは、三島由紀夫の自決を知ってしまっているため、この批判がそのまま三島由紀夫自身にも当てはまることに気付いてしまうのである。

つまり、この問題は、三島由紀夫が考えたほど単純に割り切れるものではないようである。

フローベールの
「ボヴァリー夫人は私だ」ということばや、ロラン・バルトの
「作者というのは、おそらくわれわれの社会によって生み出された近代の登場人物である」
ということばを思い起こすまでもなく、作者と作中人物とを切り離すことは容易ではないだろう。

しかし、三島由紀夫が作中人物と作者自身との同一化を明確に否定していることは重要であり、この二元論の主張は、「私は嘘つきだ」というクレタ人のパラドックスを連想させるし、三島由紀夫は、対象言語とメタ言語の階層的区別を主張するラッセルやタルスキーを思わせる。

ふたつの相反する命題が導き出されるというパラドックスを避けるためにラッセルは言語の階層性という考え方を導入して、対象言語とメタ言語の混同を禁止したようである。

つまり「私は嘘つきだ」という場合の言明のなかの「私」と、この言明の発話者としての「私」を区別するのである。

前者は対象言語レベルでの「私」であり、後者はメタ言語レベルでの「私」である。

三島由紀夫がラッセルと同じように、作品のなかの「私」と作品の書き手としての「私」の混同を禁止したことは明らかであろう。

しかも、この問題は、「告白の不可能」という問題と重複していおり、言い換えれば、表現や言説において、その内容が問題になっているのだろう。

三島由紀夫が太宰治批判を通して提起している問題は、結局のところ「言語」の問題であるといってよいだろう。

無論、表現技法や文体の問題としての「言語」ではなく、いわば、世界認識の問題としての「言語」である。

ラッセルやタルスキーによる「メタ言語」によるパラドックスの解消は、ゲーデルの証明によって、不可能であることが、立証されたようである。

つまり、このことは、三島由紀夫のように、作品のなかの「私」と作品の書き手としての「私」との混同の禁止という原則、それ自体が不可能であるということを意味する。

言い換えれば、「告白は不可能」だということもまた不可能であるということである。

ここに、三島由紀夫の論理矛盾があり、彼自身の悲劇が暗示されているようにも、私には、思われる。

三島由紀夫は
「ドン・キホーテは作中人物にすぎぬ。
セルバンテスはドンキホーテではなかった」
と言っていたが、そう言って済まされる問題ではなかったのであろう。

三島由紀夫もまた、
「作中人物たらんとする奇妙な衝動」から自由になることはできなかったようである。

これが、太宰治の文学が、復活する所以であり、太宰治の文学はどこかでこの問題に触れているように見える。

私たちは、概ね言語を通してしか世界を語ることが出来ないようである。

もし、言語以前の世界というものが在ったとしても、私たちはそれについて語ることはできないだろう。

ヴィトゲンシュタインのいうように
「私の言語の限界は、私の世界の限界を意味する」
とすれば、言語の問題を抜きにして、言語によって表現された内容について議論しているだけでは不十分であろう。

言語の問題とは、言語と意味の問題であり、言語と現実の問題ではないだろうか。

告白とは、言語表現のなかに「私」が登場することであるのだが、言語表現のなかに、「私」が登場することによって、言語表現それ自体が、論理的な自己矛盾を抱え込むことになったのだろう。

い換えれば、自己を語ること、つまり自己告白という表現形式は、つねにその語り手の意志を超えたところで、自己矛盾を起こしているのだろう。

したがって、近代小説=私小説とは、良かれ悪しかれ、この自己矛盾を内包したままに成長、発展してきたと言えるし、この矛盾を徹底的に追及することが、近代文学であり、私小説であったと言ってよいのではないだろうか。

それを批判することは容易かもしれないが、それを克服することは、決して容易ではないだろう。

三島由紀夫の代表作といわれている作品に『仮面の告白』があるが、三島はこの作品で、タイトルを『告白』ではなく、『仮面の告白』としている。

ここに、三島由紀夫という作家の位置と構えがよく表示されているように、私には、思われる。

三島由紀夫は、「告白」を嫌い、自己を語ることを極度に嫌悪していたようである。

しかし、それにもかかわらず、三島由紀夫自身もまた、誰にもまして、自己を語ることの好きな作家であったようである。

無論、ここには矛盾があるのだが、この矛盾は、単に批判・否定すれば済むような話ではないだろう。

無論、ここには矛盾があるのだが、この矛盾は、単に批判・否定すれば済むような問題ではないであろう。

三島由紀夫は、『告白』ではなく、『仮面の告白』というタイトルをつけることによって、告白という形式に依拠する近代文学を批判・否定したかったのではないだろうか。

この告白批判と小林秀雄の「批評」という名の文学批判とその問題意識の共有については、次回、考えてみたいと思う。

ここまで、読んで下さり、ありがとうございました。

見出し画像は、欲しいけど今は他も欲しいしキツいなあ......😅と思う本を眺めているときの画面です😅
ほしいものリストのなかの本が増えている気がして、本も読めないほどの状態から、本当に良くなりつつあるなあ、と嬉しく思っております😊

今日も頑張り過ぎず、頑張りたいですね。

では、また、次回。