今回は宝剣の喜美留菜津久ミについてです。
原文
一、喜美留菜津久ミと申候宝刀之申伝。
世乃主時代、喜美留村え扇子丈と申もの罷居いか引差越候処、刀一腰つり
世乃主時代、喜美留村え扇子丈と申もの罷居いか引差越候処、刀一腰つり
上、宝刀乃訳も不相分ものにて魚を切り候得ハまな板迄切込、夫より秘蔵
いたし置き候処、其子右刀を以て怪我仕り、夫故相果申し候につき、立腹
之余りに古場野(コバノ)と申野原の真石を切り申候処、ニつに切割候に
付恐入本乃海中え投捨申候由。
左候処夜々海中二テ光をあらわし候を、城より御見届使者を以て御取寄せ
左候処夜々海中二テ光をあらわし候を、城より御見届使者を以て御取寄せ
御秘蔵被成置候由。
現代文
喜美留菜津久ミと申す宝刀の由来
一、世乃主の時代のことでした。喜美留村に扇子丈と申す者が暮らしていまし
一、世乃主の時代のことでした。喜美留村に扇子丈と申す者が暮らしていまし
た。ある日、彼が海釣りに出ると、海中から一振りの刀が釣り針に掛かり
ました。これが世にも珍しい宝刀であるとは知りもせず、彼は庖丁の代わ
りに釣った魚をさばくのに使いました。すると一振りで、まな板までもが
スッパリと斬れてしまうではありませんか。見事な切れ味を見た扇子丈
は、この刀を珍重し秘蔵するようになりました。ところが、あるとき彼の
息子がこの刀を見つけて持ち出し、誤って怪我をしたばかりか、その傷が
もとで死んでしまったのです。扇子丈は大いに悲しみ、腹を立てて古場野
(コバノ)という野原に刀を持っていき、堅い石に斬りかかりました。す
ると大きな石が真っ二つに割れたのです。そのすさまじい斬れ具合に恐れ
おののいた扇子丈は、刀を釣り上げた海の沖まで漕ぎ出し、海中に投げ捨
ててしまいました。すると不思議なことに、夜な夜な海中から刀そのもの
がまばゆい光を発するようになりました。その光り輝く様子を城から見届
けた世乃主は、使者を喜美留村に遣わして刀を献上させ、手元で秘蔵され
たということです。
世之主が秘蔵していたという喜美留菜津久ミという宝剣。
由緒書には、その宝剣がどういった物であったのか、そして世之主が手に入れた経緯が書かれています。
こうして宝剣についての内容をみていくと、現実にはあり得ないような話が語られています。
現実離れした切れ味の刀。これはその刀が類を見ないくらいに素晴らしい物であり、霊力を供えていたものだったということを強調し誇張した話なのだと思います。
そして海中に捨てられ、それが光を放ち、世之主がそれを見て部下に取りに行かせ献上させる話は、世之主がその宝剣を所持するに値する人物であったこと、そして海で光っていたというあたりはニラカナイを彷彿させます。
ニラカナイとは琉球諸島で伝える海のかなたにある神の世界。この神の世界であるニラカナイからもたらされた宝剣には霊力が宿り、それを持つことができる人間は神に近い人であったということを表現しているのだと思います。
それほどまでに、永良部世之主という人物は、絶大な権力を持ち、島民を愛し、島民から慕われ崇め奉られる神と同じような存在であったのでしょう。
ここで1つ、この宝剣について語られている別の話があります。
それは島の知名町新城というところの花岐原(はなぎんどう)の高台に昭和3年5月に花沖神社の創立に大きく携わった、沖野屋出身の遠江マゴさんという方が先祖や古老から口述を受けたという話です。
昭和30年8月12日に当時80歳で病床にあったマゴさんが、記録に残したいと熱望しご家族に伝えられたのです。
その話によると、喜美留菜津久ミはもともと世之主が父王であった中山王(知名町誌では北山王)に賜ったものだといいます。この脇差は不思議な霊力を持ち、外敵が沖から来襲すれば、その脇差を船に向かって振り回すと船はたちまちに覆滅し、刺客が迫った時にはこの宝剣を振り回すと当たらないうちに刺客は昏倒するという魔力をもっていたのだそうです。
現実には考えられないような霊力を持った宝剣だったようですが、これもそれだけ世之主が卓越した方であったということなのでしょう。
そしてこの宝刀はここでは世之主が釣りに行った時に海に落としてしまい、毎夜毎夜に海の中から夜光を発していたそうです。そして喜美留の沖では夜泣きの声が聞かれ人々を怖がらせていたそうです。
そんなある日に、喜美留の住人であった喜美留菜知久見(キビルナーチクミ)という人が釣りの最中にこの刀を釣り上げたそうです。
その刀は由緒書にもあるようにすざまじい切れっぷりで子供の片手をも切り落としてしまったため、世之主に献上し、その刀はずっと奥御殿の祝場の柱に穴を掘り、大事に収納していたそうです。
奥御殿の祝場という所があったかもしれないのですね。きっとノロが祀りごとをするための場所だったのでしょう。
マゴさんが語った話も口碑伝承ですので、様々な時代のことが織り交ざって1つのストーリーになっている可能性もありますが、とても興味深い話ではあります。
喜美留菜津久ミの名前の由来もこの人物からだったのか。興味深いですね。
宝剣の話はまだ次回へ続きます。