陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「君の瞳に生まれたエフェメラ」(五)

2024-10-01 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

「やはり、私たちはこの恰好からはじめないといけなかったのかもしれない」

千歌音ちゃんはにこやかに微笑んで、カップの底をソーサーに置いた。
かちゃり、と白磁が触れあう、そつのない響き。柄だけでなく、音や光沢までも高級感がある。千歌音ちゃんが口をつけたカップはいつも同じ角度に取っ手が向いていて、テーブル上の置き場所も迷いがなく、狂いがない。弓道やピアノと同じ、的の真ん中を射るために動作を限りなく抑えていたら、自然とそうなってしまうの。と、千歌音ちゃんは付け加える。わたしがなにを不思議に見ているか、じっくり観察して、頭の中身を言い当てられてしまたったみたいで気恥ずかしい。

紅茶を飲み干すしぐさは様になっているけれど、着物姿で、というのはちょっとアンバランス。
そういうわたしも長い袖口の下についた玉飾りの房が引っかかりそうで、気が気でない。乙羽さんに着付けを手伝ってもらって、急きょ、着替えさせられてしまった。そう、これは――最後に浮かび上がってきた思い出コレクションの写真の、あの着物なのだった。

ええと、なんだっけ、この服。巫女服ってやつ?
初詣にいくと神社のお姉さんが着てるようなやつだ。袖の下先にこんなしっぽみたいなのは、なかったとは思うけど。袴なんて履いたことないから、腰の脇がスース―してなんだか心もとない。でもなんだか、懐かしい感じ。そうそう、思い出してきた。

それよりも、目を奪われてしまうのは食べきれないほどの、新鮮なフルーツや、かたちのきれいなお菓子が並ぶテーブルだった。これを食べきるまではここを出ない、いや出さないという意思表示なんだね。

わたしと千歌音ちゃん、このふたりは、問いかけられない問いのためだけに、この部屋に籠城することになったのでした。もちろん、乙羽さんは気を利かせてさっさと下がってくれている。最後にこちらに、意味ありげな一瞥をくれつつも。ごゆっくりどうぞ。たしかに口もとが緩んでいた。乙羽さんは怖いけれども、やっぱ優しい。

「たまにはいいわね、陽の巫女、月の巫女ごっこも」
「ごっこじゃなくて、わたしと千歌音ちゃんはね…」

正真正銘の神無月の巫女。運命に選ばれ、使命を背負い、悲運に抗えなかったふたり。
そう、わたしたちはいつも哀しさを持ち寄せ合っていた。そうはいっても、この巫女服、二十歳を超えた女が着るにはどこかコスプレめいていて、ちょっと気後れがする。大神神社に置いてあったらしいけど、たとう紙のつんとした匂いが、この場にはふさわしくないわけで。

「私と姫子は巫女の生まれ変わり。でもね、もう巫女じゃないでしょ。魂は同じかもしれないけれど、気質も振舞いも違うかもしれない別人。私であって私じゃないひとのしでかしたことなんて、責任持てないわ。ね、そうでしょ、姫子」

千歌音ちゃんはなぜか楽しそうにウインクまで寄越してくる。
生まれ変わる前の、千歌音ちゃんもこんなに目を瞠るぐらいのまばゆい美人さんだったけれど、でも、きっとこんなに割り切ってはいなかった…はず。それはわたしも同じで、いつも臆病で怯えてて、甘えられる人には泣きべそで、泣けない相手には薄ら笑いで黙って耐えるだけ。そこから、ちょっとは成長できたのかな。

「千歌音ちゃん、正直に言うね。あのっ…ごめんなさい!」

せぇのの勢いで例の寝顔の写真を差し出しながら、わたしは一気に頭を下げた。
なんだか他人行儀みたいでよそよそしくて。嫌われちゃったかな。そう思っていると。なぜか、千歌音ちゃんの顔が真ん前にきていた。月の巫女服の衣裳を着た、その美しいひとは両膝を床について、わたしの顔を下から覗きこんでいた。蓮の花を捧げ持つように、わたしの顎に両手を添えて。

「私が勝手に写真を撮られるのが苦手だから?」
「それだけじゃない。わたし、怖いんだ。カメラを向けることで、千歌音ちゃんの知らない面を発見したりすることが」

声がどことなくぐずついている。千歌音ちゃんの声があまりに透きとおって高いものだから。

「…私ね、昔っから死んだように眠ってるってよく言われてるの。眠って二、三日起きなかったこともあって。そんなとき、きまってこの巫女服すがたの女の子が出てきてね。それは、いつも、どこか懐かしくて親し気な感じがして。だから、姫子と会ってはじめてじゃないのは、そのせいかもね」

千歌音ちゃんは、わたしの頬をそおっと筆で刷くように撫でてくれる。瞳を閉じると、唇がかるく触れあった。こぼれ落ちた涙を、千歌音ちゃんの指先が拭ってくれた。

「誕生日が訪れるたびに、夢の中のそのひとが『ハッピーバースデー』と言ってキスしてくれるの。温かみのある瞳で私を離さなくて、いつまでも柔らかい腕で包んでくれて。そんな楽しい夢を見ちゃったら、なかなか夢から目覚められなかったに決まってる」

千歌音ちゃんが嬉しそうに、わたしの頬をふわふわと叩いて。
わたしはもう、すっかり、その瞳に見つめられたまま、悲しむべきことをもう何も言う気力がなくなってしまった。

「悪い夢なら誰かに話した方がいい、正夢にならないのだから。姫子が話してくれてよかったわ、ありがとう」
「…えっと、でも。さっきの千歌音ちゃんのいい夢ならば胸に閉じこめておくほうが…よくない?」
「そんなことない。夢の中よりも、現実の姫子のほうが何倍も素敵。私を起こしてもらわなくちゃ」



【目次】神無月の巫女二次創作小説「君の瞳に生まれたエフェメラ」




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