「それで、姫子はどうしたいの?」
「千歌音ちゃんに笑って許してほしい」
「そうするわ」
千歌音ちゃんの両手を握ってひきあげるようにして。やっと、同じ目線の高さのふたりになった。
千歌音ちゃんに懇願されるようなまなざしで、仰ぎ見られるのは、なんだか甘酸っぱい感じがして。とてもくすぐったくて、そして、もったいない気がするから。
「ごめんなさいは、こちらこそ。私も姫子と同罪だから」
え、とわたしの目がまん丸くなる。千歌音ちゃんが取り出した一枚は、わたしの泣きそぼったあとの寝顔の写真。感動する映画を観に行って、帰りのリムジンのなかで眠りこけてしまったらしい。しかも口の端からよだれが…。なんという、うかつな。でも、千歌音ちゃんに比べたら、けっして寝相も寝顔も整っているとは言いがたいのだから、証拠写真を挙げられても驚きはしない。
「それにね、姫子のそういった不安、気づいてしまったの」
千歌音ちゃんが、CDラジカセの再生ボタンを押す。レールが回転し、ピアノの旋律が部屋に流れる。
これは千歌音ちゃんの子どもの頃のピアノ・リサイタルを収録したテープだ。十歳のころのお誕生日会で披露したもので、ご両親も珍しく同席だったという。最近聴きなおしたから、耳に新しい。その音はぷっつりと途切れてしまい、数秒無音状態が続いたあとに──…。
「あーーっ! だ、だめッ!」
わたしは慌てて、猛ダッシュでとびついて、スイッチを切った。きゅるるう、という巻取りの音が内部で反芻し、カセットが止まる。頭を抱えたくなった事態だった。そのとき、わたしが抱えていたのはそのCDラジカセだったのだけど。漏れてしまった音はすでに他人の耳に入った時点で回収できない。部屋の外にいるはずの侍女からは、いわくありげな咳払いが聞こえてくる。おおきな埃でも飲んじゃったのかな。乙羽さん、やっぱ心配だったんだ。
「千歌音ちゃん、このあと、全部聴いちゃったの?」
「ええ、残念ながら…ごめんなさいね」
「ううん、こちらこそ、ごめんなさいだよね、だって…せっかくの千歌音ちゃんの名演奏を消しちゃったんだもの」
数日前、わたしは視聴中に睡魔に襲われて、まどろみに落ちる寸前に手探りで、停止ボタンを押した。が、うっかり録音ボタンを押してしまったようで。途中からわたしの寝息と寝言がしっかり吹き込まれていた。顔から火が噴き出しそうに赤い。もうだめだ、死んでしまいたい。
【目次】神無月の巫女二次創作小説「君の瞳に生まれたエフェメラ」