「しっかし。あの人も、よくよく面倒ごとに巻きこまれる性分ですね」と、アマガエルは言った。
顔を上げた先には、ニンジンの探偵事務所があった。
根拠があるわけではなかったが、火薬の匂いを身に纏った怪我人を、どこかに連れて行った人間がいるとすれば、町中を探しても、それほど多くいるとは思えなかった。
しかも、この時間にここを通りかかるほど、都合よく現れただろう人間は、ニンジン以外に思いつかなかった。
「――」と、アマガエルは苦笑を浮かべつつ、寺に向かって、道を曲がっていった。
歩き始めてすぐ、力強い足音が、後ろをついてくるのがわかった。
決して、あとをつけているのを隠すような、足音を殺して、あとをつけているのを誤魔化すような、そんな歩き方ではなかった。むしろ、早く立ち止まって、後ろを見ろ、とでも言いたげな、そんなあからさまな様子だった。
店を出てから、少なくとも地下鉄の駅までつけてきていた人間とは、明らかに別の人間だった。
アマガエルは、わざと遠回りに寺に向かいながら、よさげな場所を探していた。
と、公営住宅が立ち並ぶ団地の足元に、心ばかりの遊具が設えられた小さな公園を見つけて、アマガエルはぴたり、と足を止めた。
ジャンパーのポケットに両手を入れたアマガエルは、冷えた体を身震いさせながら、後ろを振り返った。
大きな歩幅で後ろからやってくる影は、スチールの低い柵で仕切られた公園の出入り口を抜け、アマガエルの方に向かってきた。
道路を照らす街灯に、ちらりと浮かび上がった顔は、肩幅の広い、がっちりとした体躯には不釣り合いな、高校生くらいの、幼さがわずかに残る顔立ちだった。
「誰か、お探しですか」と、アマガエルが言った。
公園に生える芝を踏みしめながら、男は距離を取ってアマガエルの前に来ると、立ち止まった。
「サオリはどこだ」
と、言った男の声には、顔立ちだけではなく、やはり高校生のような、太すぎないやや高めの響きがあった。
「はて、誰のことでしょうか」と、アマガエルは首を傾げて言った。
「――」と、男は、むっと唇を引き結んでいた。
「ここに来るまで、誰か別の人間がいたと思うんですけど」
アマガエルが探るように言うと、男が「フン」と、鼻を鳴らして言った。
「だろうと思ったんだ」と、男は言った。「ここに来る前に、寝かせといてやったよ」
「――へぇ」と、アマガエルは、驚いたように言った。「仲間割れとは、初耳ですね」
「なに」と、男は両の拳を握って、言った。「“神の杖”が、オレ達になんの用があるんだ」
「私は、なにも用事はありませんけど――」と、言ったアマガエルの表情が、わずかに厳しさを増していた。「“神の杖”なんて聞くと、どうにも興味が湧きますね」
拳を握った男は、薄暗い街灯を背にして、じりじりとアマガエルとの距離を詰めていた。
「あの子は、怪我をしているはずだ」と、男は言った。「居場所を教えなければ、しばらく痛い思いをすることになるぞ」
「おっと。そりゃあ、怖いですね」と、アマガエルは本当にそう思っているのか、くすくすと笑い声を洩らした。
「なにがおかしい」と、男は言った。
「あなた、どうも変だと思ったら――」と、アマガエルは男を避けるように、足を運びながら言った。「人間、ですか?」
と、男は足を止めて言った。
「オレは人間だ。ただ、おまえよりは、ずいぶんと昔に生まれたけどな」と、男が射るような目で、アマガエルを見て言った。「おまえこそ、普通の人間ではないだろう」
「――さぁ」と、アマガエルは首を傾げた。「もう少し詳しく――」
ブンン――……
と、岩のように唸る拳が、風を切るような早さで、アマガエルの頬を捉えていた。
ヒュン――……
と、小さなまばたきをするアマガエルの前から、男の姿が忽然と消え去っていた。
「――もう少し詳しく、話をしませんかって、言おうと思ったんですけどね」と、アマガエルは言うと、ニンジンの探偵事務所がある方角に、顔を向けた。
「退院祝いにしちゃ、痛いプレゼントになっちゃったな」と、アマガエルは言った。「まぁ、丈夫な人ですから、すぐに良くなるでしょう」
アマガエルは、ぶるる、と体を震わせると、ジャンパーのポケットに手を入れながら、小走りで寺に向かっていった。
「前」
「次」
「ニンジン」
顔を上げた先には、ニンジンの探偵事務所があった。
根拠があるわけではなかったが、火薬の匂いを身に纏った怪我人を、どこかに連れて行った人間がいるとすれば、町中を探しても、それほど多くいるとは思えなかった。
しかも、この時間にここを通りかかるほど、都合よく現れただろう人間は、ニンジン以外に思いつかなかった。
「――」と、アマガエルは苦笑を浮かべつつ、寺に向かって、道を曲がっていった。
歩き始めてすぐ、力強い足音が、後ろをついてくるのがわかった。
決して、あとをつけているのを隠すような、足音を殺して、あとをつけているのを誤魔化すような、そんな歩き方ではなかった。むしろ、早く立ち止まって、後ろを見ろ、とでも言いたげな、そんなあからさまな様子だった。
店を出てから、少なくとも地下鉄の駅までつけてきていた人間とは、明らかに別の人間だった。
アマガエルは、わざと遠回りに寺に向かいながら、よさげな場所を探していた。
と、公営住宅が立ち並ぶ団地の足元に、心ばかりの遊具が設えられた小さな公園を見つけて、アマガエルはぴたり、と足を止めた。
ジャンパーのポケットに両手を入れたアマガエルは、冷えた体を身震いさせながら、後ろを振り返った。
大きな歩幅で後ろからやってくる影は、スチールの低い柵で仕切られた公園の出入り口を抜け、アマガエルの方に向かってきた。
道路を照らす街灯に、ちらりと浮かび上がった顔は、肩幅の広い、がっちりとした体躯には不釣り合いな、高校生くらいの、幼さがわずかに残る顔立ちだった。
「誰か、お探しですか」と、アマガエルが言った。
公園に生える芝を踏みしめながら、男は距離を取ってアマガエルの前に来ると、立ち止まった。
「サオリはどこだ」
と、言った男の声には、顔立ちだけではなく、やはり高校生のような、太すぎないやや高めの響きがあった。
「はて、誰のことでしょうか」と、アマガエルは首を傾げて言った。
「――」と、男は、むっと唇を引き結んでいた。
「ここに来るまで、誰か別の人間がいたと思うんですけど」
アマガエルが探るように言うと、男が「フン」と、鼻を鳴らして言った。
「だろうと思ったんだ」と、男は言った。「ここに来る前に、寝かせといてやったよ」
「――へぇ」と、アマガエルは、驚いたように言った。「仲間割れとは、初耳ですね」
「なに」と、男は両の拳を握って、言った。「“神の杖”が、オレ達になんの用があるんだ」
「私は、なにも用事はありませんけど――」と、言ったアマガエルの表情が、わずかに厳しさを増していた。「“神の杖”なんて聞くと、どうにも興味が湧きますね」
拳を握った男は、薄暗い街灯を背にして、じりじりとアマガエルとの距離を詰めていた。
「あの子は、怪我をしているはずだ」と、男は言った。「居場所を教えなければ、しばらく痛い思いをすることになるぞ」
「おっと。そりゃあ、怖いですね」と、アマガエルは本当にそう思っているのか、くすくすと笑い声を洩らした。
「なにがおかしい」と、男は言った。
「あなた、どうも変だと思ったら――」と、アマガエルは男を避けるように、足を運びながら言った。「人間、ですか?」
と、男は足を止めて言った。
「オレは人間だ。ただ、おまえよりは、ずいぶんと昔に生まれたけどな」と、男が射るような目で、アマガエルを見て言った。「おまえこそ、普通の人間ではないだろう」
「――さぁ」と、アマガエルは首を傾げた。「もう少し詳しく――」
ブンン――……
と、岩のように唸る拳が、風を切るような早さで、アマガエルの頬を捉えていた。
ヒュン――……
と、小さなまばたきをするアマガエルの前から、男の姿が忽然と消え去っていた。
「――もう少し詳しく、話をしませんかって、言おうと思ったんですけどね」と、アマガエルは言うと、ニンジンの探偵事務所がある方角に、顔を向けた。
「退院祝いにしちゃ、痛いプレゼントになっちゃったな」と、アマガエルは言った。「まぁ、丈夫な人ですから、すぐに良くなるでしょう」
アマガエルは、ぶるる、と体を震わせると、ジャンパーのポケットに手を入れながら、小走りで寺に向かっていった。
「前」
「次」
「ニンジン」