12 X(エックス)
天使の像があった場所だった。
すべての景色を望む事ができる、この世の物とは思えない、特別な場所だった。
海も空も山も川も、地球上のありとあらゆる物が、ぐるりを取り囲んでいた。
時間も空間も未来も過去も、幻想も現実も運命も偶然も、そして目に見えないあらゆる事柄も、自由気ままな風になって、行きつ戻りつしていた。
以前は、ごつごつとした丘がせり出すだけの、お世辞にも、楽園と呼ぶにはほど遠い、岩だらけの無機質な場所であったはずだった。
白い花が、一面に咲き乱れていた。
果てしなく続いている見た目とは違い、草原、というよりは、原っぱと表現した方が、言い得ているかもしれなかった。
見た目のロケーションとは違い、暖かな日の差す庭園で、静かにうたた寝をしているような、のんびりとした雰囲気が、漂っていた。
「どうしちまったんだ、これは――」
と、不意に姿を現した真人が、目を丸くして言った。
「あら。思ったより、遅かったですわね」
と、子供の声が聞こえて、はっとした真人は、声のした方を振り向いた。
白い花の中、女の子が、こちらを向いてちょこんと座っていた。
「――誰だ? おばちゃん。では、さすがにないよな」と、真人は言った。
「失礼ですわね」と、小さな女の子は、手作りした花輪を頭に乗せて、立ち上がった。「私は、おばさまではないですのよ」
黒っぽい、ゴシック調なワンピースを着た女の子は、どこか人形のような、奇妙な硬質感があった。
「おまえ、どこから来たんだ」と、真人は言った。「ここは、子供が来られる場所じゃないだろ」
「――」と、女の子は、不思議そうな顔をして言った。「あなただって、見た目は子供ですのよ」
「でも、どうして左目は閉じて、右腕はないんですの」
と、驚いたように口に手を当てて、女の子は言った。「怪我をしているのなら、早く帰って、治した方がいいと思いますわ」
「そんなのは、後回しでいいんだよ」と、真人は怒ったように言った。「おばちゃんはどこに行ったんだ。いるなら、早く呼んできてくれないか」
と、女の子は黙って首を振った。
「残念ですけど、おばさまはお出かけしていて、留守にしていますのよ」と、女の子は言った。
「なんだって――」と、真人は、あんぐりと口を開けて言った。「じゃあ、俺が爆弾を爆発させたら、誰がこの丘を守るんだ」
「――さぁ?」と、女の子は、考えるように首を傾げた。
「おまえ、天使のなんなんだよ」と、真人は言った。
「“おまえ”っていう名前じゃ、ありませんのよ」と、女の子は、ふくれっ面をして言った。「私は、“マーガレット”と言いますの。おばさまの家族で、友達でもありますのよ」
「“家族”だって」と、真人は言って、首を傾げた。「暇なおばちゃんが、またぞろイタズラを始めたな――」
「なぁ、どこに行けば会えるんだ」と、真人は、真剣な面持ちで言った。「頼みたい事があるんだ。どうしても、力を貸してもらいたいんだ」
「でも、おばさまはいそがしいって」と、伏し目がちな女の子は、困ったように言った。「誰かお客が来たら、花飾りをあげて、追い返せって」――いえ、追い返せって言ったのは、私じゃないんですのよ。「おばさまはそう言って、いそがしそうに、出て行かれましたわ」
「――な」と、迷惑そうな顔をしている真人の頭に、マーガレットと名乗る女の子が、作りたての花輪を、そっと乗せた。
「あらっ」と、マーガレットは、背伸びしていた足を戻すと、驚いたように言った。「おばさまの言ったとおり。似合っていますわ、その花飾り」
「なんだって、こんな――」
と、真人は、頭に乗せられた花飾りをつかむと、マーガレットの見ている前で、腹立ちまぎれに放り投げようとした。
しかし、息が止まったように動きを止めると、目の前の花飾りをしげしげと、食い入るように眺めた。
「――」と、真人は満面の笑みを浮かべた。「マーガレットの花、な」と、言った真人は、乱暴に手にした花飾りを、そっとまた、頭の上に乗せた。
「そうですわ」と、真人の反応に驚いたマーガレットが、きょとんとした顔で言った。「そうですわ。ここに咲いている花も、マーガレットっていう名前ですの」――私の大好きな、お花ですわ。
――きれいでしょ。と、マーガレットは言った。
「前」
「次」
天使の像があった場所だった。
すべての景色を望む事ができる、この世の物とは思えない、特別な場所だった。
海も空も山も川も、地球上のありとあらゆる物が、ぐるりを取り囲んでいた。
時間も空間も未来も過去も、幻想も現実も運命も偶然も、そして目に見えないあらゆる事柄も、自由気ままな風になって、行きつ戻りつしていた。
以前は、ごつごつとした丘がせり出すだけの、お世辞にも、楽園と呼ぶにはほど遠い、岩だらけの無機質な場所であったはずだった。
白い花が、一面に咲き乱れていた。
果てしなく続いている見た目とは違い、草原、というよりは、原っぱと表現した方が、言い得ているかもしれなかった。
見た目のロケーションとは違い、暖かな日の差す庭園で、静かにうたた寝をしているような、のんびりとした雰囲気が、漂っていた。
「どうしちまったんだ、これは――」
と、不意に姿を現した真人が、目を丸くして言った。
「あら。思ったより、遅かったですわね」
と、子供の声が聞こえて、はっとした真人は、声のした方を振り向いた。
白い花の中、女の子が、こちらを向いてちょこんと座っていた。
「――誰だ? おばちゃん。では、さすがにないよな」と、真人は言った。
「失礼ですわね」と、小さな女の子は、手作りした花輪を頭に乗せて、立ち上がった。「私は、おばさまではないですのよ」
黒っぽい、ゴシック調なワンピースを着た女の子は、どこか人形のような、奇妙な硬質感があった。
「おまえ、どこから来たんだ」と、真人は言った。「ここは、子供が来られる場所じゃないだろ」
「――」と、女の子は、不思議そうな顔をして言った。「あなただって、見た目は子供ですのよ」
「でも、どうして左目は閉じて、右腕はないんですの」
と、驚いたように口に手を当てて、女の子は言った。「怪我をしているのなら、早く帰って、治した方がいいと思いますわ」
「そんなのは、後回しでいいんだよ」と、真人は怒ったように言った。「おばちゃんはどこに行ったんだ。いるなら、早く呼んできてくれないか」
と、女の子は黙って首を振った。
「残念ですけど、おばさまはお出かけしていて、留守にしていますのよ」と、女の子は言った。
「なんだって――」と、真人は、あんぐりと口を開けて言った。「じゃあ、俺が爆弾を爆発させたら、誰がこの丘を守るんだ」
「――さぁ?」と、女の子は、考えるように首を傾げた。
「おまえ、天使のなんなんだよ」と、真人は言った。
「“おまえ”っていう名前じゃ、ありませんのよ」と、女の子は、ふくれっ面をして言った。「私は、“マーガレット”と言いますの。おばさまの家族で、友達でもありますのよ」
「“家族”だって」と、真人は言って、首を傾げた。「暇なおばちゃんが、またぞろイタズラを始めたな――」
「なぁ、どこに行けば会えるんだ」と、真人は、真剣な面持ちで言った。「頼みたい事があるんだ。どうしても、力を貸してもらいたいんだ」
「でも、おばさまはいそがしいって」と、伏し目がちな女の子は、困ったように言った。「誰かお客が来たら、花飾りをあげて、追い返せって」――いえ、追い返せって言ったのは、私じゃないんですのよ。「おばさまはそう言って、いそがしそうに、出て行かれましたわ」
「――な」と、迷惑そうな顔をしている真人の頭に、マーガレットと名乗る女の子が、作りたての花輪を、そっと乗せた。
「あらっ」と、マーガレットは、背伸びしていた足を戻すと、驚いたように言った。「おばさまの言ったとおり。似合っていますわ、その花飾り」
「なんだって、こんな――」
と、真人は、頭に乗せられた花飾りをつかむと、マーガレットの見ている前で、腹立ちまぎれに放り投げようとした。
しかし、息が止まったように動きを止めると、目の前の花飾りをしげしげと、食い入るように眺めた。
「――」と、真人は満面の笑みを浮かべた。「マーガレットの花、な」と、言った真人は、乱暴に手にした花飾りを、そっとまた、頭の上に乗せた。
「そうですわ」と、真人の反応に驚いたマーガレットが、きょとんとした顔で言った。「そうですわ。ここに咲いている花も、マーガレットっていう名前ですの」――私の大好きな、お花ですわ。
――きれいでしょ。と、マーガレットは言った。
「前」
「次」