会場では、これまで一部の人間しか目にすることのできなかった、彗星の映像が公開された。参加した観測者達のほとんどが、画像ではない彗星の映像を、はじめて目にすることとなった。
白いヴェールをなびかせ、地球へと続く闇を駆けていく彗星が、大きなスクリーンに映し出された。撮影した研究者らによって、詳しい解説が加えられていった。
彗星の発見以来、地上にいる観測者達は、それぞれの観測施設で、彗星の一部始終を記録していた。どんな小さな変化も見逃さず、データを蓄積し続けていた。映像が映し出されている間も、会場ではさかんに手があがり、独自の研究成果が次々と発表された。
人々は、まだあきらめていなかった。たとえ彗星が、現代の科学では対抗し得ないほどの力を持っていたとしても、議論を重ね、わずかな可能性であろうとも、人類の未来を守り抜く覚悟だった。
議長が、マイクを手に取って言った。
「次の二つの映像を見ていただきたい。これまでの映像とは、明らかに違った彗星の挙動がご覧いただけると思う。我々は撮影された映像を見て、アリ地獄からはい上がれないような無力感を抱くこととなった。実は、これらの映像について、今日ここに集まったみなさんで、大いに議論していただくために、この会議は開催されたと言ってもいい。じっくりと映像を見て、考えていただきたい。我々も説明しきれなかった事象について、思いつきでもいい、ぜひとも発言していただきたい。では――」
と、議長がマイクを置くと、スクリーンに再び彗星が姿を現した。そこへ、不意に近づく小惑星があった。
定められた軌道も持たず、宇宙をさまよい続ける小惑星は、ごつごつと、ノミで乱暴に削り取られたかのような岩石の塊で、大きさは、彗星の半分ほどだった。
彗星の引力に誘われるまま、吸いこまれるように近づいていった小惑星を、彗星はその白いヴェールですっぽりと覆ってしまった。熱く燃えたぎった彗星の本体は、呑みこんだ小惑星を、ボッと一度だけ瞬く炎に変え、跡形もなく気化させてしまった。
白く見える彗星が、見た目どおりの単なる氷の塊ではなく、実は高温の熱をおびた星であることは、研究によってわかっていた。時間の経過にともない、みるみるその大きさが増していることも、明らかだった。はじめてその姿が確認されたときと比べ、今では、ほぼ2倍近くの大きさに膨らんでいた。
会議の席上、記録されたもうひとつの映像が、映し出された。
彗星が、自分よりもさらに大きな小惑星と、衝突しようとしている映像だった。
誰もが、彗星が小惑星を破壊して、変わらずに軌道を突き進んでいくだろう、と予測していた。
だが、彗星は予測とまったく違う動きを示した。
あろうことか、彗星は小惑星と衝突する寸前、自らの軌道を飛び出し、小惑星をやり過ごしたのだった。会議の出席者は声もなく、ただただ頭を抱えるばかりだった。
彗星はさらに、困惑した人々をあざ笑うかのように、さらに不可解な挙動を示した。
軌道をはずれた彗星が、本来の軌道に、また戻ってきたのだった。
意志を持っているとしか思えない動きだった。ただ、そのことを口にする者は、一人もいなかった。
映像を見た者は、誰しもが意志を持った彗星、という結論を一様に思い浮かべた。
しかし、人々を納得させられるだけの説明を、誰一人として、その現象に織りこむことができなかった。
「どうでしょう。――なにか、意見はないでしょうか」
と、マイクを通した議長の声が、会場内にむなしく響き渡った。
――――
黒い思いは、しかし本来の人の意志に反するものであった。意志に反する思いを抱くことは、自由な言動を奪われ、操られる苦痛をともなった。
彗星よりの使者に影で支配され、欲望に対する悪しき思いが膨らむほど、良心もまた、強く刺激された。良心は、悪しき思いに満ちた自分自身を責めた。だが、いくら自分を責めても、操られている意志では、黒い思いを抱く心の闇を破ることができず、苦痛から逃れることはできなかった。
苦痛から逃れるためには、悪しき思いに操られるまま行動するしかなかった。しかし、それこそが彗星よりの使者が意図するところであった。
思いを実行に移すことによって、自分の中にだけとどまっていた悪しき思いが、他人の憎しみや怒りとなった。
憎しみや怒りは、また新たな黒い思いとなって、人から人へと伝播し、次々とさらなる憎しみや怒りを産み出していった。
悪意と、悪意を操る者に支配された人々は、支配されてしまった心の隅で、苦痛をともなう見えない鎖が断ち切られるように、と祈り続けた。祈りもまた、思いとなって時空間を貫き、ほとんど無時間の間に、宇宙の果ての果てまで、あまねく伝わっていった。
――――……
白いヴェールをなびかせ、地球へと続く闇を駆けていく彗星が、大きなスクリーンに映し出された。撮影した研究者らによって、詳しい解説が加えられていった。
彗星の発見以来、地上にいる観測者達は、それぞれの観測施設で、彗星の一部始終を記録していた。どんな小さな変化も見逃さず、データを蓄積し続けていた。映像が映し出されている間も、会場ではさかんに手があがり、独自の研究成果が次々と発表された。
人々は、まだあきらめていなかった。たとえ彗星が、現代の科学では対抗し得ないほどの力を持っていたとしても、議論を重ね、わずかな可能性であろうとも、人類の未来を守り抜く覚悟だった。
議長が、マイクを手に取って言った。
「次の二つの映像を見ていただきたい。これまでの映像とは、明らかに違った彗星の挙動がご覧いただけると思う。我々は撮影された映像を見て、アリ地獄からはい上がれないような無力感を抱くこととなった。実は、これらの映像について、今日ここに集まったみなさんで、大いに議論していただくために、この会議は開催されたと言ってもいい。じっくりと映像を見て、考えていただきたい。我々も説明しきれなかった事象について、思いつきでもいい、ぜひとも発言していただきたい。では――」
と、議長がマイクを置くと、スクリーンに再び彗星が姿を現した。そこへ、不意に近づく小惑星があった。
定められた軌道も持たず、宇宙をさまよい続ける小惑星は、ごつごつと、ノミで乱暴に削り取られたかのような岩石の塊で、大きさは、彗星の半分ほどだった。
彗星の引力に誘われるまま、吸いこまれるように近づいていった小惑星を、彗星はその白いヴェールですっぽりと覆ってしまった。熱く燃えたぎった彗星の本体は、呑みこんだ小惑星を、ボッと一度だけ瞬く炎に変え、跡形もなく気化させてしまった。
白く見える彗星が、見た目どおりの単なる氷の塊ではなく、実は高温の熱をおびた星であることは、研究によってわかっていた。時間の経過にともない、みるみるその大きさが増していることも、明らかだった。はじめてその姿が確認されたときと比べ、今では、ほぼ2倍近くの大きさに膨らんでいた。
会議の席上、記録されたもうひとつの映像が、映し出された。
彗星が、自分よりもさらに大きな小惑星と、衝突しようとしている映像だった。
誰もが、彗星が小惑星を破壊して、変わらずに軌道を突き進んでいくだろう、と予測していた。
だが、彗星は予測とまったく違う動きを示した。
あろうことか、彗星は小惑星と衝突する寸前、自らの軌道を飛び出し、小惑星をやり過ごしたのだった。会議の出席者は声もなく、ただただ頭を抱えるばかりだった。
彗星はさらに、困惑した人々をあざ笑うかのように、さらに不可解な挙動を示した。
軌道をはずれた彗星が、本来の軌道に、また戻ってきたのだった。
意志を持っているとしか思えない動きだった。ただ、そのことを口にする者は、一人もいなかった。
映像を見た者は、誰しもが意志を持った彗星、という結論を一様に思い浮かべた。
しかし、人々を納得させられるだけの説明を、誰一人として、その現象に織りこむことができなかった。
「どうでしょう。――なにか、意見はないでしょうか」
と、マイクを通した議長の声が、会場内にむなしく響き渡った。
――――
黒い思いは、しかし本来の人の意志に反するものであった。意志に反する思いを抱くことは、自由な言動を奪われ、操られる苦痛をともなった。
彗星よりの使者に影で支配され、欲望に対する悪しき思いが膨らむほど、良心もまた、強く刺激された。良心は、悪しき思いに満ちた自分自身を責めた。だが、いくら自分を責めても、操られている意志では、黒い思いを抱く心の闇を破ることができず、苦痛から逃れることはできなかった。
苦痛から逃れるためには、悪しき思いに操られるまま行動するしかなかった。しかし、それこそが彗星よりの使者が意図するところであった。
思いを実行に移すことによって、自分の中にだけとどまっていた悪しき思いが、他人の憎しみや怒りとなった。
憎しみや怒りは、また新たな黒い思いとなって、人から人へと伝播し、次々とさらなる憎しみや怒りを産み出していった。
悪意と、悪意を操る者に支配された人々は、支配されてしまった心の隅で、苦痛をともなう見えない鎖が断ち切られるように、と祈り続けた。祈りもまた、思いとなって時空間を貫き、ほとんど無時間の間に、宇宙の果ての果てまで、あまねく伝わっていった。
――――……