和貴の『 以 和 為 貴 』

論語:泰伯第八 〔15〕 師摯の始め、関雎の乱り


論語を現代語訳してみました。



泰伯 第八

《原文》
子曰、師摯之始、關雎之亂、洋洋乎、盈耳哉。

《翻訳》
子 曰〔のたま〕わく、師摯〔しし)の始〔はじ)め、関雎〔かんしょ)の乱〔おわ〕り、洋洋〔ようよう〕 乎〔こ〕として、耳〔みみ〕に盈〔み〕つるかな。




《現代語訳》


孔先生はまた、次のようにも仰られました。


〈その昔、周王朝の都へ赴いたときのことだが、〉師摯殿が奏でる音色〔ねいろ〕を耳にしたとき、いまの世の乱れを思うと、ふと昔(周の文王が治めていたころ)の平穏な時代を懐かしく思うたものだ、と。


〈つづく〉

08 詩經.關雎



《雑感コーナー》 以上、ご覧いただき有難う御座います。

歌詞の意味はわかりませんが、心に響くいい音色  (^^♪
ちなみに今回の語訳は、コメント欄のテレビ倒さんの解釈を元にして、変更させていただきました。

ちなみに変更前の語訳はつぎのとおりでした。
〈その昔、周王朝の都へ赴いたときのことだが、〉師摯殿が奏でる音色〔ねいろ〕は、関雎のもっとも盛り上がるところが、実に壮大〔そうだい〕華麗〔かれい〕であって、今でも私の耳から離れることがない」と。



※ 師摯とは周王朝の楽師で、周厲王のとき、鄭・衛の楽がおこり正楽がすたれたので、師摯は周の衰えを認識した、といわれている。
※ 孔先生とは、孔子のことで、名は孔丘〔こうきゅう〕といい、子は、先生という意味
※ 原文・翻訳の出典は、加地伸行大阪大学名誉教授の『論語 増補版 全訳註』より
※ 現代語訳は、同出典本と伊與田學先生の『論語 一日一言』を主として参考


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コメント一覧

yusuke1012
論語を誤解する ✖
論語を語訳する 〇
yusuke1012
テレビ倒さん、有難う御座います。

はい。当時の時代背景というよりも、当時の孔子の考え方というものを考慮した場合ですが、「〈その昔、周王朝の都へ赴いたときのことだが、〉」と誤解させていただいていますように、この時の孔子はまだまだ30代前後で、いまだよく当時の世の中のことを理解していなかったのかも知れません。

よって、世の中が乱れている(孔子が思うほどに)とは考えておらず、とにかく立身出世(自分が政に携わることで世の中をよくしていく)という考えの方が強かったんだろうと思います。しかしながら孔子が大司冠〔だいしこう〕という地位に就いたときに、根本的な政治の乱れを知ることによって悩み考え、そして『天命を知る』ことで、やがて野に下っていくようになります。

ゆえに、学而第一や為政第二の冒頭のように、「孔先生が、ご高齢になられてから、仰られました。」にも繋がっていくものと思われます。

さらにわたしは、論語を誤解する上で、もっとも心にしていることがあります。それは、「なぜ孔子(または弟子たち)は、こう申されたのか?」ということに重点をおきながら、語訳するようにしていますので、語訳のなかで〈つづく〉や〈おわり〉ともありますが、倒さんの解釈によってさらに次の語句の意味することにへと深く繋がっていくようにも思われます。

これからも何卒ですが、いろいろとご教授いただくことを切に願います。本当に有難う御座いました(*´з`)
yk-soft-85
ゆぅすけさん、光栄です。

但し、私は時代考証をしていないので、孔子がこれを曰った時代が「乱れていた」なら、私の解釈も成り立つとは思うのですが、「平穏な時代」だったら「ゆぅすけさんの解釈」が正しいと思います。恐らく「 詩經.關雎」の歌も(意味は判らないのですが)「ゆぅすけさんの解釈」だと思いますが。
yusuke1012
テレビ倒さん、こんにちは!

いや、まさに倒さんの仰る通り!だと思いますし、「師摯之始、關雎之亂、洋洋乎、盈耳哉。」は、「平和が乱れると、益々昔の平穏な時代を懐かしく思う。」との解釈に、深く心服させられました(≧▽≦)b

礼の基本としてはまず、親しい人同士が仲睦まじくし。そしてそののちに他の人とも仲睦まじくする、というのが孔子のいう礼に対する認識だったとも思われますので(学而第一「之を学びたりと謂わん」為政第二「奚ぞ政を為すことを為さん」)、体裁ばかり(気取る)を気にするような世では、全てが乱れるという解釈にも繋がっていくものと思われます。

よって、亭主関白やかかあ天下、さらには子どもの人権云々…、こうした類のものが行き過ぎるのは、世の中全体をも乱してしまう(『關雎之亂」)と捉えることも出来ますね。

というわけで、倒さんの仰る解釈に変更させていただきたく思うのですが、よろしいでしょうか?
yk-soft-85
ゆぅすけさん、質問です。

「關雎」を調べてみると、「雌雄の仲のよいという水鳥の、夫婦仲がよくて礼儀正しいこと。」でした。

そうすると「關雎之亂」は、「礼節が乱れ仲違いをした状態」の様にも思えます。

「師摯之始、關雎之亂、洋洋乎、盈耳哉。」は、
「平和が乱れると、益々昔の平穏な時代を懐かしく思う。」

と、解釈しても良いのでしょうか。私は「外国語の和訳」が苦手なので、自動翻訳すると、

「教師の誠実な始まり、関門の乱、海、耳をつんざく。」

になりましたが、少なくともこれよりはましだと思いますww
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