妄想ジャンキー。202x

人生はネタだらけ、と書き続けてはや20年以上が経ちました。

〈06冬、南東北〉南東北湯めぐりの旅。その2

2006-03-07 08:05:59 | ○06冬、南東北湯めぐり人めぐり
5:00
ずいぶんぐっすりと寝た。
寝たのか起きたままだったのか分からないくらいの一瞬だった。

ぼんやりと仙台駅のテラスに座り込む。
もしこのまま何年も過ぎていたらどうしよう。
夜が明けるように季節も変わる。
実感がないまま気づいたら暖かくなっている。

私も変わっていきたいよ。
気づいたら変わっていたいよ。

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6:00
郡山行きの東北線で福島を目指す。
脇に置いたカバンを抱えるようにして寝ていた。
通勤ラッシュを迎えた車内は高校生でこみあっている。
――今日月曜か。

赤い顔をして慌てて起きあがる。
昨日は大して寝ていなかったらしい。

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7:30

福島駅の乗り換えは実にわかりづらい。
福島交通飯坂線のホームは駅の片隅にあった。
発車時刻まであと少し――。

「乗るの?電車でちゃうよ」
「あ、でもきっぷが」
「いいから」

駅員は笑顔で言った。
東北弁が飛び交う車内。
高校生の会話に耳を傾ける。
特急列車では絶対に味わえないローカル線の醍醐味。
「A子の彼氏って東京行くらしいよ」
「数学勉強した?」
「そのピアスかわいい」
若干のイントネーションの違いはあるけれど、高校生は高校生。
私が京浜東北線で蕨駅を目指していたように、彼らにも学校があって学校生活を営んでいるんだろう。

――ティーンエイジャー。

単語を口にするとなんだかこそばゆくなった。

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8:00

一つ手前の駅でティーンエイジャーたちはごっそりと降りていった。
車内に静けさが戻る。

数分しないうちに列車は終着の飯坂温泉に到着。
飯坂温泉は無色無臭の温泉。
点在する9つの共同浴場はどれも源泉掛け流しの秘湯とあってかなり熱いらしい。

――やっぱり源泉掛け流しだよね。



駅前の芭蕉像に話しかける。
芭蕉がウンウンとうなづいた。

共同浴場の中でも鯖湖湯はじゃらんと松尾芭蕉に紹介されたとか。

――さてさて鯖湖湯……って月曜休みかよ!



定休なものはしかたない。
わりきって、一番近い共同浴場・波来湯をめざすことにした。

温泉街に流れる川を眺めていると、急勾配の上り坂も苦にならない。

波来湯は上り坂を上りきったところにあるまた急勾配の下り坂を下り・・・
そんなところにあった。
どうやら先客がいたらしい。
猫。
ぼんやりと見つめていたら三毛猫のほうに威嚇されたので、慌てて室内に入った。

湯は本当に熱かった。
黒いホースを蛇口につないで水をいれる。

――あーきもちいー。

語彙力がないからか、温泉の気持ちよさをうまく表現できないのが無性に悔しい。

暑さと寒さの差が激しくて心臓がドクンドクン言っている。
こんな血圧急上昇は告白するとき以来だ。

湯冷めしないよう早くに着替えて外に出た。
せっかくの一期一会だから写真撮ろうかと猫にレンズを向けたら、また思いっきり威嚇された。
本当にびっくりして階段から転げ落ちそうになった。

――何もしてなくね?!

猫にびびる。
それもいいだろう。

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9:30

坂のはずれに「ゆべし・温泉まんじゅう」の文字が見えた。

温泉まんじゅうもゆべしも実際のところどこでも味は変わらないとは思うが、温泉に来るといつも買ってしまう。
自分用に一個だけ。

――温泉入ったあとに食べるからうまいんだよね。

迷った挙げ句にゆべしにした。

「ゆべし下さい」
「はい」

若い店員さんはなぜかまんじゅうとゆべしを手渡す。

「ゆべしだけでいいんですけど」
「こちらのまんじゅうはサービスです」
「サービス?」
「女性のかたに差し上げてるんです。美人の焼きまんじゅう」
「ありがとうございます」

美人と焼きまんじゅうがどう関係あるのかは分からないが、ゆべしもまんじゅうも両方手にすることが出来た。

「こちらのまんじゅうはサービスです」
「サービス?」
「女性のかたに差し上げてるんです。美人の焼きまんじゅう」
「ありがとうございます」

美人と焼きまんじゅうがどう関係あるのかは分からないが、ゆべしもまんじゅうも両方手にすることが出来た。
もしかしたら明日起きたらハセキョン並みの美人になってるかもしれない。

――そりゃ大変だわ。

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10:00

鯖湖湯は定休だからしかたないので、鯖湖神社に行くことにした。
思えば旅先では必ず神社に行っている。
富良野や白馬、越後湯沢もそうだし宮崎も。
神道系大学だからというわけじゃないけど、なんとなく足が向くのが神社だった。

飯坂の街はノスタルジー。
ケロリンやうさんくさい婦人服店。
どこからか聞こえるラジオ。
窓辺でお茶をすするおばあちゃん。



静かな街に湯煙が立ち上る。
魔法にかかったような妙な気分だ。

鯖湖神社にたっぷりと祈っておいた。
叶う叶わないは分からないけど、叶えたい。

++++++++++++++++++
13:00

福島駅で郡山行きに乗り換えてから一瞬で落ちた。
眠りがのしかかる。
郡山から磐越西線。
乗ったこともない特急車両があった。

――やった、ついてる。

座り心地の悪いロングシートから一転、ふかふかのシートに体をうずめる。
車内放送もどこか丁寧で、なんだかファーストクラスな気分。

足置きに足を置こうと思ったけど、足が短くて届かないからやめた。

++++++++++++++++++
13:30

猪苗代にはほとんど雪がない。
関東で積もる程度の雪が畑を気持ち染めているだけだ。

目の前にそびえる山の向こうは昨日乗った雪深い山形線があるんだろうけど、山一つ挟んだだけでこんなに景色が違うなんて。

この山を越えたら。
このトンネルを抜けたら。
この橋を渡ったら。
見えない景色を想像して楽しむ。

まったく、日本はつくづく面白い。
北から南まで全部知りたくなる。

雪がないとはいえ磐梯山に向かっているらしく、白の分量が増えてきた。

――リステルだ!!
あるかなとは思っていたけれど本当に見えるとは。
もう二度三度行っている、ホームゲレンデのようなもの・リステル猪苗代。
今年3回目のリステルとの再会は意外な瞬間だった。

――てことはあの夜景から磐越西線が見えていたのか。
――紫アイス食べたいわあ。
――また来年も行こっと。

回想にふけっている間にあたりは白銀の雪原になっていた。
天気が悪いようで、さっきまで見えていたゲレンデも白くかすんだ。

++++++++++++++++++++++++++++++
14:30

喜多方は雨が降っていた。
残っていたわずかの雪が溶けていく。
しみになってやがて穴があく。
茶けた地面が顔をのぞかせていた。

――もう春だよ。

降っているのは雨か春か。

カメラの調子がすこぶるおかしい。
予備電池を持ってきていないので、通りのカメラ屋に入った。
小じんまりとした店に小じんまりとしたおばさん。

「CR2の電池ありますか」
「ありますよ」
「二つ下さい」
「はい」

「あと、美味しいラーメン屋さん教えて下さい」

完璧なり異邦人。
小じんまりおばさんはニッコリと笑った。

信号脇のラーメン屋を教えてもらい、喜多方ラーメンを食べる。
店内にはワイドショーがついていて、久しぶりにテレビを観た気がした。
実際にテレビを観るのは4日の夜以来だ。

――テレビなくても生きてけるかも。

「タンメン下さい」

薄口醤油に細ちぢれ麺。
ラーメン屋バイトの時代から、ラーメンは好んで食べてきたが、本場で食べるものはやっぱり違う。

最後にスープがたっぷり染み込んだチャーシューを食べる。
さっき駅で貰ったマップを広げながら考え込んだ。

――どこか行こうにもこの雨だもんな。
――水染みてきたし。

「どちらからいらしたんですか」

後ろに座っていたおじさん。
この店の常連客らしく、おばさんと仲良く話していた。

「東京です」
――埼玉だけど。

「一人で?」
「はい」
「雨降っちゃ大変でしょう」
「そうですね、歩きづらいですね」

それからおじさんとラーメンが来るまでの間おしゃべりした。
12月の雪は昭和38年振りの酷さだったこと。
大雪が降った年は春雨の到来が早いので、溶けるのも早いこと。
生まれたときから喜多方で暮らしていること。

――やっぱり春が冬を溶かすんだ。

ワイドショーが終わったので、店を出た。
春が降る蔵の街へ。

――とはいえやはり雨は動きづらい。

履き古したワンスターがしめっている。
こうなってはしかたないので、町歩きを諦めた。
本屋に入り文庫本を買う。
フィーリングで一冊。
帰るまでには読み切れるだろう。

「観光ですか」

レジのおじさん。

「はい」
「これ、市内の詳しい地図です。駅に置いてないやつ」
「ありがとうございます」
「雨で大変だけど気をつけてね」
「ありがとうございます」
「まあ雨には雨の良さがあるから」

――雨の良さか。



通りの人影はまばらで、さっきから同じ宅急便のトラックとすれちがう。
傘をさす。
雨が降る。
季節が降る。

たくさんのことを上書き保存して生きてきているけれど、雨で思い出す――というか忘れられない光景がある。

去年の夏、横浜みなとみらいの花火大会に出かけたが生憎の雨だった。
私たちは途方にくれて、一つの傘の下で赤煉瓦倉庫を眺めていた。

「私雨の日も好きだよ」
「なんで、歩きづらいじゃん」
「確かにそうだけど、傘の下ってみんな素の表情してるんだよ。誰も見てないと思ってる」

元彼とはそんなシュールな会話が日常茶飯事だった。
なぜそんなことを今思い出したんだろう。

「あとね、雨の日はなんかみんながみんなに気遣うから優しい気分になるの」

あのとき彼がどんな気持ちで手をつないでいたのか、今となっては分からない。でも。
きっと。
横にいる男が誰であろうとも、雨の日デートのときはこの話をするだろう。

雨の日の優しさ。
蔵の町に春が見えた。

++++++++++++++++++
16:30

駅の待合室は高校生と老人でごったがえしていた。
室内の熱気で窓ガラスが曇る。
濡れた靴と靴下をストーブに当てながら列車を待つ。

「サイテーじゃん、そいつ」
「ヨシミさんちのお孫さんは」
「ねり梅まじうまいわ」

微妙なイントネーションに耳をかたむける。
彼らからしてみれば標準語のほうがわけわからないのかもしれない。

――そう考えると日本は広いな。

北から南まであちこち言ったけれど、方言はさっぱりわからなかった。
イタリア語やフランス語のほうがわかるかもしれない。

そんなことを考えながら目を閉じる。
雨が耳にしみてきた。
春がしみてきた。

+++++++++++++++++++++++++++
17:00

喜多方駅ホームではイキな演出で、ラジオがかかっていた。
暗い空に明るい音が響く。

『イメージはいつでも雨後晴れ』

そう、いつでも雨後晴れだよ。
明日は晴れるかな。

++++++++++++++++++++++++++++++
19:00

――やばい、これは寒い。

喜多方で雨の中歩いたせいか体がすっかり冷えきってしまったらしい。
今までにも何回か生きるか死ぬかの寒さを体験したことがあるか、なかなか匹敵するこの新潟の寒さ。

ムーンライトえちごの到着まではあと3時間強。
とりあえずロイホで暇を潰そうか――。

旅ももう終わりかと思うと少し切なくなる。
夕暮れの魔法にはかからなかった今回の南東北湯めぐりの旅。
各地で出会った人たちが私を暖めてくれた。
そんな湯めぐり。

――ありがとうございました。

何度言っただろう。
何度言うんだろう。

勝手にそんなことを考えていたら、3時間なんてあっというまだった。

「ムーンライトえちごまもなく3番線に入線いたします」

――ありがとうございました。

電車。
温泉。
街。
風。
人。
私。

明日の朝、新宿駅について私は何を思うだろう。
明後日は?
来週は?
来年は?

考えていたらめんどくさくなった。
山の向こうがどうなってるのかなんて、越えてみないと分からない。

++++++++++++++++++
3月7日
5:00

「まもなく新宿です」
いつもの新宿駅特急ホーム。
朝とはいえまだ暗く、ネオンが場違いに光っている。

──都会だ。

せっかくなので、夜明け前のセンター街に行ってみようと思った。
渋谷も慣れたもので、コンビニや喫茶店の場所など頭にたたきこんである。

109や駅前大型ヴィジョンの明かりが消えていて、いつもより頼りなく見えるスクランブル交差点。
それでも人通りはそれなりにあるのが、さすが大都会だ。

──坂町や仙台とはさすがに違うなあ。

同じ日本とは思えないくらい、この人の差。
徹夜で遊んだ若者の数も多い。
朝からお勤めのサラリーマンもいる。
いつもの街も、こうやって訪れるとまだ旅先のような気がしてくる。

──やっぱりまだ日本をわかってないな、私。

ハチ公と一緒に肉まんを食べていたら、夜がひっそりと明けた。
四角い空が明るくなった。

++++++++++++++++++++++++

関東地方では昨日春一番が吹いたんだって。
そっか、もう春なんだね。
これから暖かくなるんだね。

襲い掛かる眠気をこらえながら、季節の変わり目を実感する。

山手線はすでに通勤ラッシュを迎えていた。
この人たち、どこへ行くんだろう。
私、どこへ行くんだろう。

──ありがとうございました。

ぼうっとした頭でもう一度つぶやいた。
家に帰ろう。


おしまい。

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