DNAR。心肺蘇生を行わない。 . . . 本文を読む
先生が煙になったのは、今にも雲が剥がれ落ちてきそうな冬の日だった。ピアノを習いたいなんて言った覚えはない。いや覚えてないだけでもしかしたら言ったのかもしれない。言ったとしても、そもそも熱意はなかった。『ピアノのレッスン』という言葉に憧れただけ、そんな軽い気持ちで開いた防音扉は子供心ながらにとても重く冷たかった。毎週火曜日の夕方6時半。気の重い30分だった。ちっとも上手にひけやしない。多分センス . . . 本文を読む
世界の秘境の秘境の奥に、『物語の樹』かあって、そこにはたくさんの『物語の実』がなっている。世界の小説家たちはそこで実を拾って、いろんな料理をする。そうして出来上がった『物語』は、たくさんの料理やお菓子、前菜にアレンジされて、世界中の人たちの前に並ぶ。
小説家たちはその樹の麓まで行ったことを覚えていない。たまに覚えていてもそれは『夢』だとか『直感』だとかに表現されて、他者からはそれは『才能』だ . . . 本文を読む
西成に最初に行ったのは2年前の夏です。
18きっぷでの九州旅行、帰り道。
真夏に夜行バス&夜行列車と乗り継いでいました。
着替えるくらいはしていたけれど、汗臭さが体にしみついていて。
お風呂に入りたいなあと思い、ムーンライト九州の到着した大阪駅で銭湯を探しました。
携帯電話の充電も貴重なので、公衆電話のタウンページをフル活用。
まだ早朝とはいえ炎天下の電話ボックスは、ムッとした . . . 本文を読む
渋谷駅、3・4番ホームは遠い。
いわゆる渋谷駅の「離れ」もしくは「別館」。
最終の湘南新宿ラインをめがけて1000メートルを駆け抜ける。友達よりも少し早い最終電車。「じゃあお先に」と言って別れても、自宅到着は1時近くになってしまう。
カッカッカッ……足の短い私だからテンポが少し速い。
階段を2段飛ばしで駆け降りて、混み合う先頭車両に滑り込む。
あがった息を整えながら、電車の横揺れに身 . . . 本文を読む
文庫化済みの恩田陸作品を読みきったため、新年から新たな作家を開拓している。
ふと鷺沢萌に手が伸びたのは、忙しい春休みの中にポッカリ空いた『何もない日』だった。
「ヨイは良い子だ。良い子になるように、ヨイと付けたんだぞ」
「柿の木坂の雨傘」には見覚えがあった。
半年くらい前の夏季講習で私はこの文を音読し、塾生たちに15分の時間を与えて解かせ、また15分程度で『解答解説』をする . . . 本文を読む
季節の変わり目には嵐がやってくる。
縦横無尽に空を駆け回り尽し、残った前の季節を吹き散らす。
巨大な空のドームの衣替えの季節。
欠片が空を舞い、地上へ落ちてくる。
上を見上げてみると、薄い雲の向こう側に次の季節が見え隠れしている。
やがて嵐は去って、静かな雨が降るのだ。
小さな塵を、残った季節のカスを洗い流すように。
静かに、静かに雨が降る。
残った気持ちのカスを洗い流すように。
. . . 本文を読む
今日の私はよく頑張った、もう寝るぞとベッドに横になったのに、無性に何かが気になって掃除を始めた。そうやって翌日の授業やバイトに睡眠不足をひきづるとは毎度のことなのに、まったく学習をしない。さっきから卒業アルバムを探しているのだけれど見つからない。探すのを辞めてみたら見つかるかもしれないと思い煙草でも吸って落ち着いてみたけれど、やっぱり見つからない。棚からボタモチ、棚から卒業アルバム。
あの子は誰 . . . 本文を読む
読書欲と食欲はよく似ている。
ズッコケ三人組、宗田理のぼくらシリーズの時代を経て、僅かずつ成長した。
私にはハチベエやモーちゃん、ハカセみたいに頼りになる仲間もいないし、ましてや菊地や相原なんかの『ぼくら』や『解放区』もない。
理想は理想として、ここは現実だ――諦めたわけではなく、自分の置かれた環境が愛しくてたまらなく思えてきた頃。
熱っぽいほどに、病的なほどに、本を欲してやまなかった。
小説小説 . . . 本文を読む
何か新しい場所に行くと思い出す感情がある。
10代の頃の恋を思い出す。
といっても中学のときは誰、高校のときは誰、大学では・・・っていうことではなくて、あのとき抱いていた恋愛感情の根底に流れていたもっと大事なものを思い出す。
あれは真夏の熱射病のようなもので、結末なんて判りきっているのに、浮かされて熱されて解けていく。
恋の結末は2つしかない。
愛になるか、失うか。
少なくとも10 . . . 本文を読む
2番目に欲しいものを探しに大きい街へいきました。
腕時計です。
小さい文字盤は針だけ。
やたら長い革製のバンドは細く二連に。
留め具はゆるいのですぐはずれてしまう。
去秋に行った飲み屋で亡くしてしまいました。
その飲み屋には何度か出向いて探したのですがありません。
飲み屋で亡くしたのではなく帰りのセンター街あたりで亡くしたのかもわかりません。
どちらにしろ絶望的であることに間違いはありません。 . . . 本文を読む
小さい頃から自転車が絶対の交通手段だった。
自転車こそ世紀の大発明だと思う。
2人乗りにはたくさんの思い出がある。
まだ我が家に乗用車が来ていなかった頃。
保育園に送迎するため、地元を走りとおした2年間。
前に弟、母の背中に妹、ハンドルを握る母、後ろに私。
気候のいい季節は、手をつないだ4人が林の中を歩いていた。
高校から駅までの長い道。
スカートがめくれないように、それでも豪快に。
彼 . . . 本文を読む