伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

慈悲と感謝

2007-12-09 13:04:19 | Weblog
人間は、目覚めている時には、絶えず、色々な思いが沸き
起こります。 TVを見ながらでも、絶えず漠然と違う事を考え
たり、しているものです。 例えば悩みが有ると、何をしてい
ても、それをしナガラ気持ちは、悩んでいます。
これを、悩むな!と言うのは簡単ですが、なかなか、無理が
有ります。 ただ、体を壊すほどは、考え無いでおこうとは、
初期の内は、出来ます。 今までの宗教では、ここで悩みに
対して、有料の色々な祈願や、行法、自己観察、マントラ?
を勧めて来ました。 有料で有れば、御金を出したんだから
効いてくれる筈だと、期待が沸き安心するのが人間の様
です。では、無料の自己観察やマントラは、どうでしょうか?
やはり、悩む作業の代わりに、別の作業を心にさせて問題
から逃避しているだけです。
例えば、目が見え出した乳児が泣か無いように、ベットの上
に回る飾りを取り付けますね。乳児は、目の注意を引く遣り
場が無いと泣き出すからです。別の何かに注意を引かせる
泣か無いのですね。 生まれたばかりの無垢な心ですから、
これは人間の本能ですね。 この本能を大人に成っても、
利用されて誤魔化されています。
釈尊も、あらゆる全ての荒行や修行法(自己観察を含む)を
実践してみて、それが余りにも徹底していた為に、体力を無く
して死の手前まで行かれました。その時、分かった事は、
宗教的な修行や苦行では、悟りを得る事は出来ない、と言う
事でした。 そして、本意では無いが死を受け入れて、死を
待っていた時に、見かねた他人から恵んで頂いた乳粥を食し
た時、その他人の 慈悲心 に心を打たれて、悟りの片鱗を
観たのです。 釈尊は、他人の慈悲心を受けて、心も身体も
救われたのです。

自分が他人を思いやる慈悲の心を育てると、何故か全てに
感謝する心が生まれて来ます。 逆も、あります。
全てに感謝するように、日常生活の中で心掛けると、慈悲の
心が育ちます。
悩みには、
①生かされている上での事と受け入れて、永久に続く悩みは
 無いとの立場に立って悩みを見て、逃げない事。
②先祖霊と、関わる諸霊を感謝供養する。
③神霊へ、ただただ、感謝をする。
これにより、 と 地=自分 と 精霊 の3つが、正しく働き
作用して、それぞれの現状に現れて行きます。

生かして頂いて ありがとう御座います

   
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コメント (122)
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