モンペリエで独り言。

南仏モンペリエでぶつぶつぶつぶつ…

MINAとの思い出。嫌なことをされた後。

2016-03-25 | MINAとの思い出
MINAが亡くなってから3週間が過ぎました。

MINAの生前にしていたように、今でもいつもMINAの写真に話しかけています。話しかけながら、もし引越しなどしなければ、MINAはあと一年くらいは生きられたのではないかな~と思ったりしています。
最期に辛い痛い思いをさせてしまって申し訳なかったな~。


2010年8月 ネコ草を食べるMINA

MINAが家に来た時は、結膜炎、耳ダニなど色々病気を持っていたので、目薬点したり、点耳薬を使用しなければいけなかったのだけれど、その度に嫌がって終わると30分ほど隠れると言うのを繰り返すので、薬の後に食事にするようにしたら、すんなりと出てきて食事の後はもう嫌なことは忘れてるといった具合でした。

いつも爪切りや薬の後は食事と決まっていたので、晩年、喘息の吸入した後は食事と覚えていて、食後に発作を起こした時に、吸入したら、終わると「もうっ!!ご飯にしてっ!!」とプリプリ怒りながらキッチンに入ってきて、食卓の前で当然のようにスタンバイしたよね。本当はあげるつもりはなかったのだけれど、勢いに押されて「はい、ただいま」ってカリカリ何粒かご用意させて頂いたわよ。今思い出してもちょっと笑ってしまう。自己主張がちゃんと出来て、好きなこと嫌いなこと色々教えてくれて、MINAと過ごした時間はとても楽しかったな~。


ネコ草後 くつろぐMINA

ホントはね、未だにもうMINAが居ないなんて信じられないんだけど、沢山の楽しい思い出をどうもありがとう。

MINAとの思い出。パソコン。

2016-03-16 | MINAとの思い出
MINAが亡くなって2週間経ちました。
MINAと1歳年上なだけのうにちゃんも銀くんも同じところに旅立ってしまって・・・
MINAはミックスの女の子だったからもっと長生き出来ると思ってたんだけどな。
今思うと、きっと心臓に異常が出始めた頃に、飛行機、引越し、手術とストレスの多いイベントが続き、死期を早めてしまったのかと。特に手術の麻酔は身体の負担が大きかったのだと思います。レントゲンも撮ったのですが、運悪く心臓の異常は写らなかったのでしょう。


2010年8月 邪魔するMINA

MINAも例に漏れずパソコンマスターでした。
お腹が空くとパソコンの上を歩いてアピール。「xxxxxxxxxyyyy」など色々なメッセージを書いてくれました。歩きながらカシャカシャと設定を変えてくれ「パソコンってこんな機能があるんだ」と教えてくれました。MINAが歩いたであろう部分を押しながら直すのも大変だったけどね。一度はパソコンの白黒を反転させてくれ(ディスクレシアの方用らしい)、どうやっても直らず大騒ぎになりました。相方のパソコンで直し方を調べてもらい、すぐに直ったけど、一体どうやったのやら?
「お腹空いた~」と言いながら、マウスを持つ手の上にどっかり座るので、タッチパッドを使わざるを得なかったり。
マウスに頭乗せて眠るのも好きだったね。「ネコだからそれは正しい」とか相方と言いながら、眺めていたっけね。
今週中にMINAの食べられなかったパテやカリカリ、MINAのおもちゃや爪とぎ、トイレをSPA(動物愛護協会)に寄付するつもりだよ。
「MINAのなのに~」って思うかも知れないけれど、MINAもSPAの出身なんだよ。たくさんのMINAの仲間たちに使ってもらおうね。


おまけ MINAの肉球

MINAとの思い出。添い寝。

2016-03-14 | MINAとの思い出
未だに席を立つ時は、大きな音をたててMINAをびっくりさせないようにそっと立ちます。もうあまり気にしなくても良いんだけどね。MINAに会いたいなぁ。


2008年7月 ベッドで遊ぶMINA。確かこの頃から一緒に寝てくれるようになった。

MINAが家に来てからは、いつも私の足元か枕元で一緒に寝ていたMINA。ネコが布団の中に入ってくるというネコブログを幾つか読んで憧れていたら、1年くらいたったある夏の日、MINAが掛けシーツ(フランスに来てから、夏はシーツを掛けて寝るようになったのです)をカリカリするので軽くめくったら中に入ってきて、ガリガリ掘って、クルクル回って、ご就寝。
それからというもの、夏でも冬でも、本当に暑い日以外は布団の中に入ってきて一緒に寝てくれるようになりました。寝る時にMINAを寝室に運んで、ベッドの横にある小さなキャットタワーの上に乗せ、私が布団に入るとMINAも入って、ガリガリ掘って、クルクル回って、身だしなみを整えてから腕枕でご就寝。夏は肌に直にMINAのフワフワの毛や寝息を感じられることが出来て特に幸せだったな~。冬は冬で長い時間腕枕で寝ていてくれたし。
仕事をしている時は、ランチとディナーの間に一度家に戻って30分から1時間くらい昼寝をしていたんだけれど、MINAと一緒に寝ているとぐっすり眠れたな~。目覚ましが鳴ってから15分くらいはいつもベッドでグズグズしていたので、目覚ましが鳴っても「どうせまた寝るんでしょ?」って、腕に頭乗っけたまま、MINAは動いてもくれなくなったな~。
最期の1ヶ月はMINAの手術の後だったので、抜糸までは一緒に寝られなくて、お気に入りの箱に入ったままで、でも、抜糸してちょっと元気が出てきてからは一緒に寝てくれたな~。
今でも寝ぼけていて何かが足に当たると「あ、MINAだ」って思って、動かないようにするの。で、朝それがシーツの塊だったって気がついてがっかりして。MINAに会いたいなぁ・・・

MINAとの思い出。ご飯。

2016-03-12 | MINAとの思い出
ブログで可愛い猫を見ながら「うふふ、このコ可愛い♪でも、家にはもっと可愛いネコが♪・・・いないんだった・・・」と無意識にMINAを探す日々です。10日前にはまだいたのになぁ。


2011年5月MINA ね、可愛いでしょ?

MINAに食事の2時間前から「お腹すいた~!!」と言われる度、「ちょっと鬱陶しいけど、食欲がなくなった時にはそれが日常の幸せだったんだな~と思うらしいから、これでよし。お腹がすくのは元気な証拠!!」と思うようにしていたけれど、MINAが旅立つ3日くらい前から食欲が徐々に落ちて本当に心配したので、色々ブログを読んで、MINAの「ごはん~」攻撃も楽しめたことは良かったな~と思います。
亡くなる前日は食欲がほとんどなかったので、何か興味のありそうなものを・・・と思って、人間用のツナ缶出してみたら、目を輝かせてそれなりの量を食べてくれて、最後の最後にいつも欲しがっていたものをあげられたのが、ちょっとした救いになっています。
MINAの遺体を収めたダンボール箱には「もう好きなだけ食べて良いからね」と言いながら、キッチンペーパーに包んだカリカリをを入れました。
MINA、天国で好きなだけいっぱい食べるんだよ。もう体重の心配なんてしなくていいからね。



MINAとの思い出。出会い。

2016-03-10 | MINAとの思い出
MINAが亡くなってから1週間が経ち、だんだんと泣く回数も減り、それはそれで申し訳ない気持ちになります。


2007年6月24日 家に来て2日後のMINA

今から9年前の6月22日に、モンペリエのSPA(動物愛護協会)にネコを選びに行く。とても暑い日だった。
ボランティアの方にネコが欲しい旨を伝え、ネコのいる部屋に通してもらう。屋外の2つの大きな部屋に200~300匹のネコが分かれて暮らしていた。
2つ目の部屋に入ると、1匹のネコが私の足元に擦り寄ってきた。撫でて欲しいのかと屈むと、私の膝によじ登り「私ね、お膝が好きなの~♪」とおなかを出して体をクネクネ。「そうかいそうかい。君はかわいいね~」と、そのまま家に連れ帰った。それがMINA。

当時からもうケージが嫌いで、帰り道は鳴き喚き、家に着いてからはソファの下に2時間くらい篭っていた。当時の相方がソファの下からMINAを出すと、観念したのか部屋を探検しだした。1日目の夜は環境が全く変わって不安だったのか、鳴いたので、MINAを抱き上げお腹に乗せ、ソファで一緒に寝た。
翌日からは暇さえあれば、わたしの膝の上で過ごし、探検するときは、私の様子を見ながら「これは、やっても大丈夫。これは駄目らしい」と判断していた。かなり汚れていたので、お膝の上ではブラッシング。それも気に入ったみたいだった。

3日目、膝の上でブラッシングされながら、私をじっと見つめて、「私はずっとここにいるの?」と不思議そうな顔をしていた。

5日目くらいに名前がMINAと決定。その2日後、当時の相方とMINAの話をキッチンでしていたら、「わたしの話してるって知ってるんだからね~」とすっとキッチンに入ってきて、ゆっくり一回りして出て行った。

以来9年間、MINAはたくさんの思い出を私にくれました。忘れないようにちょっとずつここに書いていきます。
MINA、たくさんの思い出をどうもありがとう。