さて、11PMの取材でも食に関する思い出がある。11PMの取材は実に楽しかったし勉強になった。水俣、天草、阿蘇、どの現場も自然のフィールドがあり人々が精神的には豊かに生きていた、でもお金はなさそうだった。水俣生活学校に取材に行ったときは我々スタッフも取材というより合宿状態だった。熊本で一番信頼できるカメラマンの三井さん、当時テレビ局にバイトに来ていた大学生の中曽君と私の3人が常に一緒に動くスタッフで本当に気のおけない仲間だったのでチームとしては最高だった。住民ディレクターは素人なのにディレクター、カメラマン、音声など一人で全部やるという無謀なことをするのはチームワークが問題だからだ。チームを組んでうまく行く場合はいいが、気が合わなかったら邪魔になるだけというシビアな関係がある。三井、中曽、岸本チームは最高だった。気が合うので無理をしないでいいし、気を使わなくていい。こういう場合はチームを組むことで力が何倍にもなる。住民ディレクターが一人でやる理由は変に知り合いと組むとお互いが気を使いすぎて疲れちゃって本当に好きなようにやることが難しいからだ。一人でやるなら自分が納得いくまでやれるので精神的にはずっと楽だ。自由をもっとも大事にしたい。
水俣生活学校に取材に出かけたある日、塾生たちは熱心に勉強しているので我々スタッフは夕食係りをしようと思い立ち、取材の手を休め3人でスーパーに買い物に出かけた。人数が多いのでカレーにすることに決めたが、少し迷った。彼らはすでに無農薬の米や野菜作りを実践している。公害の勉強をしている彼らがカレーにスーパーの肉を入れるだろうか?ベジタリアンか?野菜だけにしたほうがいいか?野菜も無農薬?などと迷いながらも「肉のないカレーなどクリープを入れないコーヒーだ」、と決め付け大量に肉を買い込み帰った。学習会が終わって夕食の時間、当番の我々は山盛りのご飯に肉入りカレーをたっぷりかけて振舞った。すると誰からともなく「あれー、今日のカレーは・・・」と叫ぶ声が聞こえた。「あっ、やっぱり肉を入れるのはまずかったか?!」と心配になってその声の主を見るとニコニコして「いやーあ、随分久しぶりだなあ、肉を食べるのは」「うまいうまい。」と本当に美味しそうに食べている。次々と声が上がった。「本当だ、肉だあ」「やっぱカレーは肉だよなあ」なんて声が出る。我々は拍子抜けしたが、公害を学び、無農薬野菜を作っている彼等も人の子、肉は食べたいんだ!?と妙に感慨深かった。水俣病を勉強しているということで、難しいことばかり考えている人間たちなどといろんな先入観があったが、逆にみんなとっても素直できゃあきゃあいってカレーを食べている光景がこの日、印象深かった。
その後もよくあったことだが、テレビでよく見かける水俣病の患者さんが夜、塾に来て講師をする。取材して仲良くなってくると向こうから近づいてきて「そのカメラはいくらするんな?(いくらするの?)」とかカメラを触りたがって、映るのを見てはきゃあきゃあいってるなんてことも多かった。高尚なことをやっている人たちはどこか違うんだと思い込み、線を引いていたが、実際はそんなに変わらないんだなあということがこの水俣で実感としてよくわかった。逆に大きなカメラを持ち、放送というとんでもないものを持っているから誰彼となく大事にしてくれたり、関心を持ってくれるということもわかり「テレビ局の人」ということと「岸本晃」という個人とはひとつではないことも感覚としてわかっていった。だからこそ、本当の人と人の付き合いができないとコミュニケーションはできず、うわべだけの付き合いになり、その場限りの関係が山ほどできる。
住民ディレクターをやっているうちにだんだん地域の中でテレビ局の派遣員みたいに威張っている人が出てきた。一番にこの傲慢さを抜けないと住民ディレクターは地域の人々のためにならないということを感じ、しつこくしつこく言ってきた。ひとからチヤホヤされると人間は弱い。またカメラを持って放送する手段を手にしていくと地域の首長や役場や企業の重鎮とも会うことが増える。ここにも落とし穴があって、自分が偉くなったように感じる頃がある。そうなるとまた地域住民から離れる。熊本で国体をやったときに120人の住民ディレクターを養成し、この現象を嫌というほど見たので、自戒を込めて伝えたい。住民ディレクターの視点は日常の生活感覚なので自分が偉くなってしまうと、周囲がきちんと見えなくなる。自戒を込めてというのは、こういう自分がいまだにこの錯覚現象に時々囚われてしまうからである。
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