横浜港を出航した愛友丸は、浦賀水道を抜けると房総半島を左に見ながら北へ進路をとった。
やがて犬吠崎の白い灯台が小さく見える頃には、船は鹿島灘沖を北へ北へと進んで行く。
海岸に沿って伸びている常磐線の鉄路を、蒸気機関車が煙を吐きながら北へ向かって走って行くのが見えた。
航行中、耕一は機関長に指示されたエンジン回りの点検整備や船倉の掃除など一生懸命やっていた。
船倉の掃除をしていた時、機関長が耕一を呼びに来た。
「おい、これから船長のところへ挨拶に行くからついて来い」
「はい!」
《怖い船長だったら嫌だな》
耕一は少し緊張しながら、機関長の後を付いて行った。
船長は、船の操舵室でタバコをふかしながら舵を取っていた。
「やあ、君が行き倒れの少年か。運の良い男だな。しかし、なかなか利口そうな顔をしているじゃないか。
この船は色々な荷物を運搬して結構忙しいが、機関長の言うことを良く聞いて、しっかり仕事をしなさい。面白いことが色々あるよ」
好々爺のような風貌の船長は、ニコニコしながら耕一にそう言った。
塩釜沖にそびえる金華山の山容が前方に見えてきた時は、陽はすでに傾いていた。
明神崎を過ぎると、船は岩井崎から陸奥(みちのく)の入り江に入って行った。
夕日がかなたの山の向こうに沈む頃、船は深い入り江の中を進んでいた。
そこは東北の一大漁港・気仙沼港に至る水路であった。
甲板で船員達が着岸の準備を始めると、耕一も見よう見まねで手伝った。
夕闇の中を、小さな貨物船が入り江の奥の港を目指してゆっくりと進んで行く。
やがて波のかなたに岸壁が見えてきた。
機関長が双眼鏡を目に当てて、じっとその岸壁を見ている。
暗闇の岸壁で、明かりが点滅するのが見えた。
「よし!」
機関長は小さくうなづくと、船員達に言った。
「これからあの岸壁で荷物の積み込みをやる。いいか用心してやれよ」
5人の船員達は緊張した顔でうなづくと、自分の持ち場に散った。その後、機関長は耕一に言った。
「お前は表で作業をする必要はない。機関室の掃除をしておれ。いいか、外に顔を出すんじゃないぞ」
「・・・・・・・」
明かりが点滅した岸壁では、すでに荷物がうず高く積まれており、その周りには十数人の男達が待っていた。
耕一は、それ以上見てはいけないのだと感じ、急いで船の中にもぐり込んだ。
船が着岸すると、男達が慌しく動き回る音がした。しかし大きな声を出す者はいない。
夕闇が深まる中で、船の積み込み作業は静かに行われた。
一時間ほど経っただろうか、機関長が汗をふきながら機関室に入ってきた。
「よし、船を沖へ出すぞ。エンジンをかけろ」
「はい!」
耕一は、磨いたばかりのエンジンキーをゆっくりと回した。
続く・・・・。