癒しの森 湯布院(仙人の健康相談室)  


人を、そして自分を癒し真なる喜びをもたらす
   
        人生の生き方を学ぶ 癒しの森湯布院

NO657・・・スワミの弟

2022-06-26 | 聖者

 スワミの父親は、村に近い大きな町にある工業系の大学の教授をしていた。スワミも弟もその大学の卒業生で、もちろんエリートであり、親は自分の道を進んで頂けると思っていたのだが、スワミは大学生の時から信者がおり、その学校の先生たちの一部を信者であったので、進む道はすでに決めていたのであろう。大学を卒業すると同時に聖者になったわけであるから22歳の聖者誕生であった。

 

 多くの聖者は、聖者になるまで何十年も修行を行い、その内のごく一部が聖者になれるわけであるが、スワミは突然変異としか思えない。何故22歳で開花したのかを考えるにおいて、アヴァターや化身という言葉から考えていかなければ結露にたどり着く事は出来ない。そして、過酷な修行をして物質化を会得した物でもない。この物質化は、使命を果たす道具として神から与えられた解釈すれば謎は解けるのであります。

 

 大宇宙を構成してるエネルギーは意志や意識と言われる思考から発生するエネルギーによって維持がなされている。この意志や意識に欠陥がある者が、もし、その一員に加わったなら、おかしな宇宙の構成になるであろう。その意志は、自然放射線を媒体に人間の意志に通じているなら、その意志に誤りがあるなら、正常な情報をキャッチする事は出来なくなるだろう。神の意志とは、何であるか?それは、愛であるとジーザスもブッダも他の多くの聖者が述べている通りである。

 

 その愛を持って宇宙は正常に巡行され進化している。その一員になるのが人間に生まれた目的であり、生まれぬ先の父や母を思い宇宙の神秘に近づいて行かねばならない。決して金儲けや地位や名誉を求めるために人間界に生かされているのではない。スワミは、その大事な修行をすることなく、聖者になり真理を教えている。ジーザスは脇の下から生まれたとキリスト教は教える。

 

 ブッダは生まれてすぐに立ち上がり7歩歩いて、右手を天にあげ、左手は地を指し「天上天下唯我独尊」と言った。この世に人間以上に尊いものはなく、人間に生まれた幸運を天と地に感謝するという意味であろう。自分が特別だとは言っていないのであるが、キリスト教では、そもそも生まれた境地が一般人とは、違うので私たちはジーザスに縋って生きる以外ないと解釈された。

 

 ブッダは、違う。人間に生まれた者は、天と地を理解し、尊い教えを学ぶものは、全ての人が私のようになれると教えた。その結果が私であると教えた。インドのある聖者に信者が質問をした。「貴方は、神ですか?」と質問した。聖者は答えた「イエス、私は神です。そして、貴方も神です。」と答えた。これが答えである。人間に生まれた以上は神になれると説いた。反対に人間に生まれないと、神にはなれない事を教えている。その尊い、神の一部の魂を持つ人間に生まれた幸運は、自分にはわからないが、他の生物はから見れば、憧れの最終目的である。

 

 人間は、今の仕事が嫌なら転職することも出来るし、日本が嫌いならハワイに住むことも出来る。が、やはり日本に愛着があり、実行する事は難しい。何故なのか?日本は仏教国であり、信仰心が強かった前世では、ブッダの魂の一部が自分の魂と共鳴している事を覚えている。ゆえにどちらかと言えば仏教国であるタイやミャンマーなどのアジア諸国に定年後は移住を考える。もちろん物価の事もあるであろうが、これは肉体の方であり、魂はブッダを求めている。

 

 なら、何故?ヒンドゥ教のインドなのか?ブッダは皇太子の位を捨てバラモン教に入信し、6~7年間苦行を行った。一日中バラが生い茂るバラのとげの上に裸で寝る修行などをしたが悟る事はできなかった。そして、バラモン教のカースト制度に嫌気を指し、ヒンドゥー教へと導かれるのであるが、やはり何かが違う。当時の時代背景は、イラン民族であるアーリア人がインドの土着宗教を飲み込み拡大をしていた時代である。ゆえにカースト制度が強いバラモン教はヒンドゥ教にも影響を与える。今でもバラモン教の流れを汲む、ヒマラヤのプリーストには、絶対的な権威を保ち続けている。プリ―ストは王より位は高いのである。

 

 ブッダは皇太子の位を投げ出し、人間の苦しみの原因を解放すために修行の道に進んだブッダはカースト制度を容認することは出来なかった。そのブッダは人間はすべて平等であると説いた。泥棒も売春婦も全ては仏の魂を持つ存在であるから平等だと説いた。そして皆、神仏になる資格があると説いた。私のようになれると説いた。その道に到達するには、苦行は必要ないと説いた。真理を学ぶだけで誰もが到達できると説いた。

 

 その真理とは、六道輪廻の鎖から解放されることだと説いた。魂が自由に解き放たれる事だと説いた。その方法を知ってる人に学ぶべきであると説いた。それを知っている人は、神の世界に一度行き、使命の為に下生した人だという事になる。つまり神の化身という事になる。スワミやブッダは、六道輪廻の鎖から解放され、宇宙の塵となり、その集合体の中心の真ん中でなく、中心を守る位置まで到達し、その中心にいる大グルのシルディババから最終の修行の為に、人間界に送り込まれた。そして、多くの誤った物質界に進んでいる人に、神とは一体なんであるかを考えさせる使命で下生させられた。

 

 その宇宙を形成している輪の集団は数えきれないほど存在し、その輪の集合体で宇宙は成り立っている。またその輪の集合体の中心もある。ゆえに肉体から解放された魂は宇宙の塵となり、魂が欲する輪の一員になれば良いのだが、また、その輪の中心があるので、どの道から神を目指そうが行き着く先は皆同じであると言われているのです。あなたが、ヒンドゥ教の道を歩もうが、仏教の道であろうが、アラーの道であろうが、キリストの道であろうが、行き着く先は同じであり、人間に生まれた者は、皆その中心になる権利があると説かれているのです。 だが、一歩踏み出さなければ永遠に到達できないが、いずれ皆、踏み出す時期が訪れるとも言われており、その時期を機が熟した時と言っているのです。

 

ちょっと長くなりましたので、スワミの弟の運命とスワミの転換期については明日書かせて頂きます。常にそうですが、思いつくままに殴り書きしていますので、後で時間が出来たら漢字の誤りなどを修正致しますので、できれば朝と夕方の二回読んで頂けると理解しやすと思います。参考としてヒーラーとはを合わせてお読み頂ければ理解しやしと思います。


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NO656・・・スワミとジョン

2022-06-25 | 聖者

 アシュラムでのスワミの日課は、マンディールのビッグババ像のステージの上に上がり、第三の目をババの足の親指に当ててからガーデンに向かい散歩をする。これが毎朝の日課であるのだが、ある日から毎朝、ジョン、ジョン、ジョンと呼ぶ声が聞かれ出した。犬でも飼ったのかなと見ていたら、大人の男が呼ばれている。カリフォルニアの有名なTVキャスターらしい。

 

 長期滞在しているアメリカ人の多くは、カリフォルニアの人々が多く、ワシントンやニューヨークなどの人は少ないようだ。珍しい存在では、一人のアラスカの漁師の好青年が来ていた。鮭の漁師らしい。この青年はアメリカ人にしては、良識のある青年で私達とは馬があっていた。アメリカ人は相対的にわがままな人が多い。長期滞在で不満が噴出し出したころ、スワミは奇妙な行をアメリカ人に与えた。

 

 これは、ドイツ人にも日本人にも与えずアメリカ人だけである。アメリカ人って人種は動物界に近いのか?性欲も強く、人の物を奪うDNAもあるようで、現実的に世界経済はアメリカが弱い国から奪う事によって成り立っているようだ。ロシアはアンドロサクソンと言って、アメリカやイギリスを目の敵にして、現実にウクライナに攻め込んだ。これはさておいて、性欲のはけ口かどうかは定かではないのだが、アメリカ人向けの行でタントリック行を始めたのである。

 

 タントリックには、性を現す場合とブラックエネルギーを指す二つの表現方法があるのであるが、今回のは性の方で、どのようにして相手を選んだのかはわからないが、数組のペアーがハンピに行く事になった。このペアーにアラスカの好青年も入っていたので、私たちが冷やかす度に好青年は顔を赤らめていた。相手は、カリフォルニアの美女である。

 

 一か月後アシュラムに戻った好青年の頬はやせこけ、やつれている。相手の女性は顔色も血色も良く、男のエネルギーを吸い取ったのがすぐに分かる。かわいそうな好青年にグッドかと聞いたら、ノーグッドだ二度と嫌だから帰国すると言って、それからは見ることはなかった。なかなかの苦行であるようだ。そのアメリカから来たジョンもやはり図々しい、いくらスワミにお墨付きをもらっても、皆の前では控えめにするのが普通であるが、このジョンは違った。

 

 まるで、スワミ気取りである。これ見よがしにババステージに上がり、ババの足の親指に第三の目を付けガーデンに向かう。まるでスワミである。これで止めとけば良いのに図に乗ってマンディールでスワミの真似をして説法を始めた。何も知らない男が本か何かで学んだのか?セミプロが混じるドイツ人やアメリカ人の長期滞在者達に向かって、喜色満面で説法を始めた。

 

 多分レベルの低い聞くに堪えがたい内容だったのだろう。我慢の限界に達したドイツ人の背の高いおばちゃん、がジョンに向かって毒を吐いた。上から見下ろすように、アメリカ人にしては、小柄なトム・クルーズ似のジョンに言った。私たちは、お前のつまらない説法を聞く為に、ここに来ているのではないのだ。きつ~い一言であった。その後ジョンはみんなの視線から消えていなくなった。これは、日本人には出来ないドイツ民族の勝利であった。私たちも、多くの外人も同感で拍手喝采であった。


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NO655・・・ババのシンボル

2022-06-23 | 聖者

 スワミの話によるとババの教えが永遠に残るシンボルが欲しいとのことであった。もちろん急拡大するアシュラムの宿泊施設の拡大が急務であり、それと並行してインドで一番高い、シバ神の塔を建てるのが目的と聞いていた。その高さは40mと聞いたような記憶があるのだが定かではない。マンディールに向かって左側に建てる計画がなされていた。3階まで部屋でその上からシバ神の像が建てられるとのことであったが、その話はいつの間にか聞くことはなくなった。

 

 それと同時期にスワミの逃亡生活も終わったようであるので、何らかの手打ちが行われたのであろう。この話は当時はトップシークレットであったのだろうか、多く語られることはなかった。そのような時期に、2回目の来日が行われた。最初の内は湯布院に集中していたのであるが、体制が整うと東京公演や他で公演を行う様になるのであるが、今はしっかりと体制を整えなければならない。

 

 一回目と同じく、来日のビザや航空券の手配はセット氏とスワミの中でつつがなく終わり、後は来日を待つばかりであるが、途中乗り換えの香港から電話が入る。KENZO、プロミス、OK?NOなら香港からインドに帰るが、どうか?簡単な英語で知らない人が聞いたら何が何かわからないだろうが、要するに、スワミと約束した金額はそろっているかを聞いているのである。

 

 プログラムと参加者の人数から大体金額は出ているのだが、到底一回でクリアできるような金額ではない。香港に着いてる時間は、こちらには生徒が到着している時間である。来るも来ないも、来なければパニックである。もし来ない事になったら、集まった人になんと説明すれば良いのだろう。まさかお金が予定に届かなかったので、スワミは香港からインドに帰えりましたと言えば良いのだろうか?

 

 スワミは2枚も3枚も舌を持っている人である。ある人には、お金の為に日本に来ているのではないと綺麗ごとを言っている。KENZOにお金を要求したことは無いと言っている。ゆえに私がスワミ受けする為にお金を集めていると思われている。常識ある人は、それは見抜いており、スワミと付き合うのも大変えね~とねぎらって頂いていた。本当にスワミがお金の為に来ているのでないと思っていたのは、常に少数のトンチンカンであるが、算数が出来ないのであろう。

 

 お金を誰も出さなければ、どうしてアシュラムの拡張はどんどん進むのか少し考えれば分かる事だ。それに日本に来る交通費だけでも軽く100万円はかかる。まさかエコノミーで来いとは言えないだろう。それに途中までは外人の付き人が来ている。インドから通訳のセット氏も来るし、帰りはシンガポールで待っている。その人達の宿泊費も必要である。シンガポールからお金を分散してインドに持ち込むので大体4~5人はシンガポールで待機しているのであります。

 

 日本に来る回数が増え成功の内に終わると、私に対する嫉妬ややっかみが益々強くなり、外務省に問い合わせした者がでた。スワミは観光ビザで入国し商売をしているが、違反では無いかのタレコミである。もちろん違法な事は私達(スワミ・ババも含む)はしてない。日本のディバイン、サークルジャパンは法人ではなく、任意の仲良しグループである。その生徒たちが、スワミを招致しているのだから商売ではない。

 

 また、全てのプログラムは参加費ではなく、ドネーションで募集しているので、それぐらいのタレコミは想定内で、何ら心配もしていなかったが、無駄な時間を使わせるものだ。結局何の問題はなかった。それくらいの金額は問題ないとの外務省の見解が下りた。税務署も一回も問題になった事はなかったのだが、最悪の場合は、協力者を10名くらい募って自分らの収入に上げればクリアできることは考えていた。税金を払わない方法を考えれば良いだけである。人間て難しい動物であるとつくづく嫌になる事がある。平気でババとスワミの邪魔をしながら、スワミの前ではおべんちゃらを使う。それが問題になるなら、問題がおこらないようにするのが、古い生徒のセバではないのかと言いたい。そして古くなるほど、自分たちが偉くなったように感じるのか?お局のような振る舞いになる。ひどい人は、スワミの好みの女性が参加するとスワミの側に近寄れないようにガードをする。これが人間の実態である。

 

 このように四方八方に気配りしながらプログラムを実行して、集まったお金の全てをスワミに献上できたのであります。これがアメリカやドイツになると税引き後を渡されていたようである。もっとひどいのはアメリカ人でアメリカに招致して集まったお金はアメリカにキープして、スワミには1ドルも持って帰らさせなかったそうである。お金を人質にアメリカだけのスワミにしようとしたのか?日本人が邪魔で邪魔で仕方ない。ゆえに建設費の大半は日本人が集めていたので、スワミは日本を頼りにしていた。その引き換えに、大伝法の殆どは日本人の魂の中に刻まれる事が出来たのです。タイミングと時期が合致していたのです。

 

 話は、戻しますが、今回のメインプログラムは、ミニババ像からアムリタを出す行で、一人の大きな建設業の男性が選ばれ、その人の頭の上にババ像は乗せられた。スワミがマントラをババ像に吹き込むとアムリタが流れ出だしたのであります。もちろん多くの人が見ている前で行ったので種も仕掛けもないし、スワミの手には何も持っていなかったし、スワミ服の中に隠すスペースは無かったのであります。

 

 そのババ像の名前は、アムリタババ像と名付けられ、そのババ像をどうするのかと、スワミが私に尋ねる。私に対する試しである。この前に、大きな問題が起こっていたのであるが、計算ミスで、スワミとの約束を果たすことが出来ない問題が起こっていた。スワミの前で、私とウッシーでドネーションの計算をしていたら、ウッシーのミスで二重に計上されている事に気が付くことになる。上の方と下の方に同じプログラムと参加者の名前が書かれていたのであります。合計を計算していくと予定通りで問題なかったのだが、二重に計上されている。

 

 ゆえに下に書かれた金額を消すと100万円以上のマイナスが出る。私とウッシーが顔を合わせて苦虫を殺した顔になると、スワミも問題に気が付いたのであろう。その場は何とかするとのことで解散したのであるが、顔は晴れない。ウッシーと二人でう~ん。う~んとした顔をしていると、一人の女性がそれに気づき助け舟になって頂けた。全額は無理だが郵便局に行けば50万円引き出すことが出来るので、それでどうにかしてとの嬉しい言葉だった。その日は土曜日だったので、50万円のドネーションである。見返りを全く期待されないドネーションである。涙が出るほど嬉しかった。

 

 その方は、ウッシーと共に東京のセバをして頂いているリーダーの方で、東京公演の時には大変な苦労をして頂く事になった。その当時はインドに行った人たちの東京の集まり場所として、自前の4階建てマンションの一室を提供して頂いていた。そこのシンボルにするのに最適なババ像である。そこに行くようにババが仕組んだのか?、・・・・ドネーションさせて頂いたので、見返りをして頂く事には、抵抗があるので、絶対それは持って帰る事は出来ないと、何度も断られたが、最後には、東京のシンボルだからと私の無理を聞いて頂いた。

 

 ゆえに、スワミに問われた時に、すぐ東京に持って帰って頂くと答えたら、事情を知らないスワミは、お前は馬鹿かというような顔をした。当然湯布院のシンボルにすべきだろうという顔をしたが、後で事情を知ったスワミは、OK!ベリーグッド。

 

 多分、次の来日の時だったと思うのだが、いまだに忘れられない、素敵な若夫婦に助けられた思い出がある。その時から、今の今まで忘れることはない素敵な夫婦であった。本当に見返りを求めない多額なドネーションをお風呂の建設資金の足しにしてください。と通帳に振り込んでいただいた。この話もいずれさせて頂きます。が、今は何をしているだろうか?強烈に思い出すことがある。菩薩行というセバをしていると嫌な人にも巡り合うが、中には数段高い魂の人にも巡り合える。天風先生の姪の中村有美さん。東京のKさん、若夫婦の二人ともう一人東京の税理士の先生など、ふとした時に思い出す。また、お金が足らないときに、プログラムを急遽申し込んで頂ける人などいて、90%クリアしておけば、どうにか最後は辻褄があって、スワミに喜んで帰国して頂いたことが何度もあった。

 

 また、その上を行くのがスワミで、ある時外人の付き人が1200万円と書かれた契約書を持ってきた事がある。強制的に1200万円持って帰るエネルギーを発散させながら、私にサインしろという。これが無いとインドにお金を持ち込むことは出来ない契約書だと迫る。今では懐かしい思い出ですが、当時は死に物狂いの馬車馬の如く走らされていた、。大幅に足らないときは、罵倒され干し上げられた。これが羨ましいと思い、足を引っ張る人の気持ちが分からない。ババの計画を堂々と邪魔している人の霊性修行って一体何だったのだろうか?おそらく死ぬまで気が付くことなく、修行を続けるのであろう。スワミがババの為のシンボルの建設資金が必要だと言えば、それに向かって進むのが修行だと思うのだが、間違っていたのだろうか?自問自答を繰り返す日々であった。不信感があるのなら、自分がプログラムの申し込みをしないで、そんな所に顔を出さなければ良いだけである。そういう人に限って人を巻き込「五虐罪」を犯す。罪を犯しながら悟りたいという。この罰則は神が創ったのであることを知らない。「触らぬ神に祟りなし」という。

 


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NO654・・・プログラム受講の意味

2022-06-23 | 聖者

 人間に生まれた最大の目的は、神(大宇宙の一員)になる事である。なる方法には、師匠について学ぶ方法と、自分で本などを参考にしてなる方法と、何もしないでなる方法があるので、あるが、これには大きく時間と関係して来る。何もしないでも、いずれは神になれるのであるが、当方もない時間を要する。要すると言っても、最初はみんな同じで、どうしても神を信じることが出来ない。というより、動物の本能を持って生まれて来ているので、神など知るゆえもない。

 

 自分の欲しいものがあれば力で奪う本能のままに生きていく。人間の成り立ちは、最初は鉱物に生まれ、鉱物の中に潜む微生物とアミノ酸の力によって、鉱物は分解され、やがて大地になり、その大地に植物が生まれ、植物の力において動物が生まれる。この鉱物・植物・動物には神性(神の魂が宿っている=万物には仏性あり)があるのであるが、まだ未熟ゆえに自分が生きるのに精一杯である。それが時と共に進化し高等な能力を持つ動物に進化して行く。

 

 高等な動物は、人を愛する心を持つ動物の事であり、最初に我が子を外敵から守る愛情が育っていく。その愛情は親子兄弟親戚へと広がって行き、やがては集団が形成されていく。この集団が大きくなり、集団の結束において愛情が更に大きくなる。が、この中でも、思想はバラバラで、油断をすると仲間からも奪おうとする者が出てくる。それを束ねようとする高度な意識を持つものが生まれ、規則や道徳というものが生まれ、自分たちの力ではどうすることが出来ない虚しさを知る者は、何かに動かされていることを知り、神の存在に気が付く。

 

 ここまで、エネルギーが進化するには何億年という月日が必要であり、神という存在を少しでも理解できるものは、人間の魂になって行くのであるが、同じ人間でも進化の過程であり、動物本能が強いものは神を否定しながら進化して行く。人間界は、この集団であるから、当然神を否定する者がいても不思議ではないが、何万年か過ごす間にその人も神の存在を知る事になる。

 

 そして、その中の少数から神を求める者が現れてくる。私たちも、遠い前世では、神を否定して生きてきたのであるから、神を否定する人にも、優しく接しなければならない。自分の前世の姿だと思いださなければならない。親子兄弟でも魂は別なので、神の事で喧嘩になる事がしばしばある。違う魂の者同士が結婚をし、離婚に至る原因において宗教観の違いが多々ある。

 

 特に外人に多く、アシュラムのアメリカ人スタッフに聞いたことがある。あなたは何故?離婚してここにいるのだと聞いたら、私の方が魂が進化したから、進化が止まっている旦那と意見が合わず離婚したという。これも当然ありうるだろう。この神をはさんでする議論は永遠に平行線で交わる事は無いので、仕方ない事である。神をもっと知りたいと思ってインドに渡る事になったのであろうが、その彼女も、そこで止まっている。

 

 アシュラムを訪れる多くの外人の窓口になり、世話をしているのであるが、スタッフであり、修行僧ではない。人の為に尽くしているので、菩薩行に見えるが菩薩行ではない。スタッフという名の事務員で給料を頂いていると聞いたことがある。一か月6万円の給料と聞いたことがある。菩薩行とは、見返りを求めない無償の奉仕であるから、該当しない。

 

 この無償で行う菩薩行が神に至る一番の近道で、その道を求めるには53段の急な坂(東海道53次)を上るのと同じだと言われている。いろいろの障害を乗り越え、53段階を目指さなければならない。その為には、道案内人が必要な様に、その道を歩いて神の世界にたどり着いた人の道案内が必要となる。この道案内をして頂ける人が師匠で師匠を持たない修行は、途方もない時間がかかると言われているが、いつかは神の世界にたどり着くことは出来る。なぜなら、人間に生まれた目的は神になるのが最終目的であるからだ。

 

 師匠を持たないで、自力で修行する人は、途方もなく苦難の連続の道をたどって53番目の菩薩の最高位を目指さなければならない。その間には死後50年間墓場の中で暮らし、やがて微生物の力で水になり、その水は蒸発し雲となり、また、冷やされ水になり大地に注がれ、海の水になる。を繰り返さなければならない。ゆえに自分の事を自(みずか)らと呼ぶ。また香典袋の紐は黒と白で結ばれており、水引きと呼ぶ。更に人間の自然死は引き潮と共に息を引き取る。水に引かれて息が絶える。これを何千回も繰り返しながら、菩薩の最高位に至るのである。

 

 菩薩の53段回目(宇宙の塵)に至った者は、雲の上の段階にいるので、水になって再び大地に落ちる事はない。ここで見返りのない慈悲の心を地球という惑星に住む人々に送り続けるのである。次に地球が生まれ変わる時に、塵の集団の中心に安住する神になるのである。気が遠くなるような時間が必要なので、人間の一生は、神の瞬きの一回の時間であると言われている。その刹那の時間をああでもない、こうでもないと、永遠に続くと思う錯覚の世界で悩み暮らしている。

 

 ゆえに霊性修行の国インドの人々は、刹那(せつな)の時間の「今」を大事に生きてるのです。朝は紅顔でも、夕には、死体となって焼かれている煙になっているかも知れないと仏教では教えているのです。他力で行くか、自力で目指すかは、その人の魂レベルが決める事なので、その時期が来るまでは自力で頑張り「法」というものの存在が分かった人がプログラムを受講し、人々の為に愛情を注げる菩薩様になればと良い、と思うのが目的でプログラムを考え実行したので、高い安いと思う人がいても何ら矛盾はしていないと割り切り、スワミと私たちは、前に進み続けたのです。雲を一気に突破し、53番目の菩薩の一員に至るプログラムを組んで実行したのです。参考にしてください。:満月行


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NO653・・・二度目の来日の準備

2022-06-22 | 聖者

 霊性修行を行うにおいて考えなければならない事は、学校の先生と生徒と同じく小学生や中学生から高校生になり、大学生へと進んでいく過程において、その段階に相応しい先生が生徒を指導するのであるが、大学生くらいになると、小学校の時に習った先生よりレベルが高くなっている場合が多い。これは学校に於いての事だが、霊性修行には、この教育よりも心というものが重要になって来る。

 

 宗教の事や哲学の事においては、人よりもダントツに勝れ、知識もあり、多くの本なども出版するが、人間性に問題がある人もいるであろう。自分勝手な人もいるだろう。自分より優れている生徒を永遠に弟子の立場から解放しない人もいるだろう。霊性修行の目的は何かを考えた場合。まず、自分が六道輪廻の鎖から解放され、その次に縁ある人にその方法を教えていかなければならない。

 

 これが前提ならば、教える人は解脱しているという事になる。解脱した人が人を支配する、支配欲というものがあるのだろうか?もしくは、解脱してない人が、解脱の道を一緒に歩む場合もあるであろう。小学校の先生が算数や国語の基礎を教えると同時に、人間の道も教えなけれならないが、その先生は不倫や盗撮で世間の注目を浴びる。ゆえに人間の肉体を持っている間は、完全ではないので、教える人の振る舞いや行動や家庭などを参考にしては、ならない事になる。その人を通して見るのは、神という事になる。私達ならシルディー、サイババを見るのであり、シルディババを求め、更に先にある大宇宙を学ばなければならない。この大宇宙を学ばなければ、宗教の信者のまま一生が過ぎて行くのではないだろうか?

 

 シルディババも最初は生徒であった。ベンクーサーという師匠の元で学び、肉体がある時はグルとして、多くの人を神へ導き、そして、自分の死後は大宇宙の塵となり、チリ(密教では、化物化仏=けぶつけぼとけ=菩薩様)の集合体の中の中心(神の世界)にいると思われるが、そこに導くためのシッディー(奇跡力)であるので、ミラクル=悟りでもなく。ミラクル=ヒーリングの力でもない。ミラクルの力はあくまでも人々を神の道に導く道具に過ぎない。この道具を永遠に追い求めるという事は、何故なのだろうか?解脱にミラクルの力は必要ないのに何故?執着するのであろうか?人に注目されたいの?お金儲けしたいの?矛盾してはないだろうか?そんな暇があれば魂を鍛えて、魂のヒーリングで多くの人々を治しなさいと言いたい。

 

 ゆえに、カレスワール、スワミから学ぶという事は、ヒーリングから神を学ぶという事になる。ある日、スワミは言いました。将来お前たちは、ヒーリングセンターを作り多くの人を癒さなければならない。西に山がある麓(ワスツー=インド風水)にヒーリングセンターをつくれば、やがて人は求めてくるようになる。これは間違いのない事実であり、絶対である。「いいな!」・・・・・これは、グル認定の時にも約束させられている。

 

 これを目的にスワミの2回目の招致を行う事になった。設備も一回目よりは充実し、不便は少なくなったであろうが、何ら問題はない。江戸時代は寺子屋で学び多くの偉人を排出したわけであり、学ぶ場所ではない。私たちはインドの僻地でも学ぶべき人がいれば行き、行った先はシャワーもトイレもないところであり、建物は掘っ建て小屋であり、寝るのはダニと一緒であった。

 

 湯布院で行った主な行を列記するが年号が前後するかも知れませんが覚えているだけ、書き留めておきます。タイガースキンプージャ・ペットボトルに入れた水道水をオイルに変える行(生徒):スワミ、サマディ―(スワミ)・カーラーチャクラ行(生徒)・ホーリーウーンム行(日本で教える許可を認定)・小鳥の首を切り、元に戻して飛ばせるカンダナヨーガ行(生徒)・ミニババ像からアムリタを出す行(スワミ):日本で用意した歯科用の水銀を飲み込みアートマリンガムを出す行(スワミ)・ヒーリングステッキの行(生徒)・患者に実際行うスワミヒーリング(スワミ)・・・・当時私は、とても忙しく記録に残すことも考えていなかったので写真なども整理していないが、壊れたPC(数台)から取り出すことは出来ると思い捨てずに保管しています。必要な時期が来れば取り出すが、あと数年はそんな時間もないだろう。

 

  昨日の補足:もう一つの地球とは、この世は、陰と陽のエネルギーで構成されているので、全てに対する物がある。生に対して死・男に対して女・雌しべに対して雄しべ・昼に対して夜の様にすべては対でありますので、生きている地球に対して死んだ地球がある。私たちが死んだ後は魂になり、宇宙の塵となり休息を行い、やがて隕石に吸い込まれアミノ酸や微生物と共に宇宙を彷徨い、何億年か先に帰巣本能で、もう一つの地球に帰り生命が誕生する。この繰り返しでありますので、私たち生命は、自然放射線と微生物とアミノ酸と爆発のエネルギー(熱)で発生されたと言われている。ゆえに死んだ父や母は宇宙の塵の中で私たちを見守っているのかも知れない。その本能が、悲しい時空を見て涙ぐむのではないだろうか?その塵には意志があるので通じる時もあり、その塵の集合体が宇宙の巡行と進化に必要なので人間の生まれた目的は、宇宙の一員になり、宇宙の維持に寄与することだとも言われているのです。

 

 


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NO652・・・神と人間

2022-06-21 | 聖者

 神とは一体何だろう?神と聞けばいかがわしく、怪しい存在に聞こえ、多くの人は巻き込まれないように防衛線を張る。これは、マルチ商法などと同じく、お金が絡むからでありましょう。マルチに手を出したら損をする。宗教に入信したらお金を巻き上げられる。それでは、神はどのようにしてお金を巻き上げるのでしょうか?それは、どう考えても無理ですね。

 

 神は与える一方ですから、人間からお金を巻き上げることも出来ないし、どちらかといえば与える方です。神に貴方が出世させて下さいとお願いすると、神は一生懸命努力しますが、結果はあなた次第という事になります。何故なのか?その前に神とは、何なのかを考えなくては理解できないでしょう。人間は、神の一員や神の雫とも言われています。そして大宇宙に対して小宇宙とも呼ばれています。

 

 地球の外には、大宇宙があり、一つの法則で成り立ってる世界があります。そして、その世界は法則通りに運行されているのです。その法則とは、宇宙は規則正しく一定の法則(真理)に従って巡行されており、ある一定の信号によって維持され、向上しています。それをヒンドゥー教の神に置き換え説明して考えますと分かりやすいのですが、最初無の世界から有が発生しました。暗闇の中から一つの光が起こりました、これをブラフマー神、日本では阿弥陀如来のお陰と教えられています。

 

 その光は進化し、大宇宙と言われる計り知れない世界を作りました。それが形成されると、それを維持させなければ後退になりますので、進化させながら維持するエネルギーーが発生しました。その維持を行うのがビシュヌ神の仕事であるのですが、その維持も永遠には続かず、いずれは、破壊されます。その破壊はすべてが終わりでなく、破壊の次には、創造(クリエーション)が始まります。無から有が発生する創造が始まり、また再び、次のサイクルの世界が生まれ、その世界で、同じく進化と向上によって維持される世界が形成されます。

 

 なら、秩序と進化と向上のエネルギーは何かといえば、それが神である宇宙意識なのです。神、即ち宇宙意識なので、人間も宇宙意識というエネルギーによって生かされているという事になります。健康から考えるなら、この大宇宙の法則と共に生活をしなければ弾き飛ばされることになります。人間の肉体ではなく、魂が神の一員であり、その魂は何度も生まれ変わる間に進化と向上を計り、やがては肉体を必要としない魂だけになります。その魂は大宇宙から見れば、一つの塵(チリ)に過ぎないと言われていますが、その塵の一つ一つにも意識はあるのです。

 

 その塵の集合体が神ですから、神の意識に合わせた生活をしなければならないのです。今、地球は、その意識から離れた方向に進んでいます。それは文化と利便性を大義名分に自然を壊し続けているのが原因の一つなのです。それは神が望む方向ではないのですが、悪魔界が牛耳る世界が形成され多くの人は、お金が全てある肉体中心の教えが蔓延り洗脳されています。宗教にお金がかかるも同じで、神の意志ではなく、それを取り巻く人間が神を利用してお金儲けの道具にしているのです。マルチ商法も同じようなもので、大切な友人さえも仲間にし、ネズミのように、楽して儲けようと思う人が増え、宇宙の秩序を壊しているのです。

 

 洗脳された人間は、その時は気が付きません。楽をして魂の進化と向上はあり得ない事を知りません。ただ肉体の快楽を求めている人には気が付きません。神は楽をする者には、神の一員としては、迎え入れないのです。ゆえに楽をして儲けようと思う人は、永遠に六道輪廻の鎖につながれて生きなければなりません。神は超えられないハードルは与えないと言っており、努力をしなければハードルを超すことは出来ないのですが、多くの人は、そのハードルを自分で高くしていきます。

 

 ストレスもそうですが、自分に降りかかってきたストレスを増幅して行きます。ストレスがなければ進化と向上は出来ないのです。無風では物は腐って行くのです。健康もそうですが、ストレスが無くなれば免疫力は低下していくのです。そのストレスが問題なのですが、大きくするのも自分であり、小さくするのも自分なのです。ストレスを大きくしているのは、欲なのです。必要以上の欲なのです。そして名誉や地位に縋りつくことで大きくしているのです。神は、捨てて次の段階に進みなさいと教えているのに、それを無理して離さないのです。自分が、神から来た合図を無視して起こった結果が悪ければ、神に怒りをぶっつけるのです。

 

 今、二人の社畜が一つの空きポストを狙って競争しています。一人は、あらゆる手段を使って手に入れようとしています。まるで馬の鼻先にニンジンなのですが、食べたくて食べたくて仕方ありません。それを手に入れようと相手を蹴落とす算段を考え仕事どころではありません。一人はすべては神に任せ、淡々と与えられた日常を送っています。社畜、社畜と良く聞かれますが、その社畜は誰が作っているのでしょうか?今はニンジンを食べたくて、食べたくて仕方ありませんが、ニンジンを食べることが出来たら、次が欲しくなります。それは永遠に続くのです。

 

 そのシステムは神が造ったのでしょうか?神は神と共に生きている人を可愛がります。今の短い一生の中で負けても、いずれの世界では、その人より上に必ず行けます。無理して手に入れた物はいつまでも手元にはありません。泡銭(あぶくぜに)は泡のように消えていきます。その間、その人は魂の向上ではなく、魂の低下を行ったのです。魂の向上を行うには、魂に栄養を与えなければなりません。その栄養は神が与える試練を大きくしないで、ハードルを超えるだけの知恵です。このハードルを超すための知恵が無欲であったに事に気が付くことが出来るのです。この無欲が神の意識を知るに必要な教材である事に気が付く事になるのです。

 

 神(大宇宙)の意識と共に生き、意識の向上を図りなさいと言っているのです。それが人間に、生まれた唯一の目的であり、人間の終局は宇宙の塵の一つなのです。そして宇宙の秩序と運行と向上を計るのが人間の目的だと言われているのです。そこに、たどり着けば苦労はありません。肉体がないので、享楽も必要ありません。それがムクタ―(羽ばたく)の世界であり、奴隷である六道輪廻の鎖を解放し、自由の身になれる唯一の方法なのです。

 

 人間は肉体を喜ばせるために生まれたのではないのです。そして人間の魂は、宇宙の決められた秩序と進化と向上を図る一員になるための、修行者として修行の場である地球に生まれて来ているのです。それを理解出きず、肉体が全てと思っている人の、病気は治しようがないという事になります。病気は、「自分で創り、自分でしか治すことはできない」と言われる所以なのです。

 

 いずれは、地球は核爆発かウイルスによって破壊されるでしょう。これは宇宙の法則ですから逃れる事は出来ないでしょう。今の地球を長続きさせたいなら、石器時代に戻る以外ないでしょう。世界人口が90億人に達した後、人口は減って行くと言われていますが、今のようなウクライナ戦争が長引けば餓死者が多数出たり、贅沢を追求し続けた結果で温暖化などの影響で、もっと早く減るかも知れませんが、いずれは、この地球は破壊され、宇宙の進化と向上に役立つ人は、もう一つの地球に隕石の中に乗っていく事になるでしょう。この繰り返しですから、選ばれた人の死後の魂は、確証はありませんが、どこかにあるであろう、魂の集合場所に集まるのかも知れません。

 

 まるでSFの世界と思われますが、もし否定するなら、人間は何のために生まれてきたのかを問わなければなりません。幻の夢だけを追いかけるためだけに、満員電車に揺られて上司から怒られ、部下から無能上司とののしられる為に生まれてきたのでしょうか?そして、また子供に同じ道を要求する。何を求めて、今日を生きていくのですか?人の悪口を言う為に生きるのですか?政治が悪い。会社が悪い。世の中が悪い。あいつが悪いから自分は幸になれない。これでは、永遠に解決することは出来ないでしょうね。自分の価値観を変える以外ないのではないでしょうか?

 

 これは、空想の物語で見方によっては脅しに聞こえるかも知れません。死んだ後、何もないかも知れません。なら、老後を心配している人は、自分が心配している老後でなく、孫に囲まれた幸な老後が待っているかも知れません。同じで、死んでみなければわからないのですが、万が一あったら、その時「しまった~」と後悔しない生き方をしたいと思っています。いくら貯金しても、何もない世界なら、生きている時に有効に使わなければ、永遠にストレスを発生させるだけです。残すことを考えなければ、ストレスも減るのではないでしょうか?「子孫に美田残すべからず」です。私は、死後の世界はある方を信じて生きていきます。なければ、無い方が良いのですが?死後がないのなら、葬式もお墓も必要ないでしょうね?


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NO651・・・聖地入魂

2022-06-19 | 聖者

 5月の連休に間に合う様に工事は進められるが、どうも間に合いそうにない。すでに募集案内は送られ続々と参加の申し込みも舞い込んでいる。今更延期も出来ないし、必死の追い込みである。最後はプロの大工さんを手配して頂きどうにか開催できるところまでに、こぎつけた。工事というのは、どういうわけか毎回ぎりぎりのようだ。とにかく忙しい日々であった。シャワー室に仮設トイレ、テント小屋と大急ぎで何とか間に合わせ、当日の朝福岡空港にお出迎えである。今回はインドに入る事は難しかったので、通訳のセットさんが連れてくることになっていた。

 

 無事、福岡で合流し湯布院へと向かう車中現況を聞いたら大変みたいである。車でチェンナイに向かい、チェンナイから上海で乗り換え着いたそうだ。別荘に着きくつろいで頂いた後、ミーティングが始まる。今回のメインは聖地入魂とご本尊のババ像入魂及び生徒が買われたミニババ像の入魂である。後はタイガースキンプージャだ。大型タイガーの皮を7人で買われ準備は整っていた。

 

 プログラムの内容は、スワミダルシャン(ご講和)=スワミのお披露目と同じで、全員の前で霊性修行の必要性や神に関することを1時間くらいお話しになり、最後に皆の前でミラクルを行う。この時は、手を回しビブーティ(聖なる灰)を出し、前列の数名に渡した。2番目はスワミインタビュー、これはインタビュールームで一人ずつお願い事を書いた英文を読み、それが解決できるように神にお願いをする儀式であり、最後に手を回し手から出した指輪やリンガム、ネックレスが与えられ、お願いした人は叶うように握って毎日瞑想をする。

 

 次は、新人伝法といって、ヒーラーのエネルギーが出るように種を魂に植え込む儀式である。この時も物質化した物を頂き、その後は握って瞑想することで、徐々にヒーリングの力が得られる。ヒーリング能力には段階があるので機会があるごとにプログラムを授かるのが良い。魂は急に大きくなるものではないので、あらゆるプログラムに参加して大きくして頂く、最初の小伝法という事になる。言うならば、弟子(系譜の一員)入りの儀式で、見習いとして認められたとも言える。

 

 後は、希望者がインドで買われたミニババ像に入魂であるのであるが、このミニババ像には曰くがあり、インドに参加してババ像を入手し、この時入魂して頂いた物を日本に送って頂いたのだが、着いたら大半は壊れており、急遽作り直し送って頂いた物であります。インドで自分の手で頑丈に梱包した物を、業者が勝手に梱包し直し、割れた。誰に責任があるのか、航空会社が来て調べたら余りの梱包の悪さにびっくりし、保険は適用されない。仲介した通訳のセットに責任を問えば、インド人特有の逃げの一手で結局像のお金が170万円と再度の入魂費10万円×20個で200万円合計370万円の大金を自腹を切る事になる。スワミは入魂費は要らないとは絶対言わない。私にとっては、お金の執着を切る厳しい修行であった。

 

 本殿他は以前から建設されていたので大食堂に順番に食事をして頂くことは可能であった。本殿の前には宿泊できる建物や森の中には、ホーマーとスワミと行うミーティングルームも建設されていた。その後ホーマの位置がワスツー的に悪いという事で、別の場所に作り替えることになるのであるが、今回は何とか行う事が出来た。

 

 参加者も100人を超える大盛況で外まで溢れる状態であったが皆スワミのご講和に満足していた。もちろんインドで起こっている事件はシークレットで誰も知らない。それにしても、人間っていう動物は、要求ばかりするものである。今起こっていることも知らないで、今後どうなるかもわからない時に無理難題を押し付けてくる。スワミ、今度何時インドで会えますか?

 

 丁度、その日は雨だったので完全に工事が終わってない道路で足を汚す人や泥をはねられる人が多発したが何とか出来たのである。が、一人の女性が、私はアレルギーなので化繊の敷物でなく、畳を敷いて欲しいとか?もっと広い建物にして欲しいとか、無理難題を押し付けて来る。あんた達がドネーションをしてくれれば、いくらでも良い物を作って上げると言いたかったがグッと我慢である。分かる人には分かって頂き感謝の心を頂いていた。こういう時に、人間の本性が分かるもので、いう人ほど修行はしないのです。

 

 スワミ追っかけファンで本当に困った連中だと思うが、こちらは営業という修行で人とお金を集めなければならない。これが後に、気が付くのだが、人間という動物を知るために大いに役立つことになり、その処理の仕方をスワミに教えて頂くことになる。スワミは見るところは見ており、真剣でない者には、適当にあしらっていたのであります。とにかく、今が大事で、今どうすれば喜ぶかだけを考え行動していた。

 

 本気な者には、本気で導いていたが10%もいなかったのではないだろうか?スワミの教えの基本はヒーリングから悟りへ向かう道なので、本気でヒーラーを目指している者には、それなりのエネルギーを与えていたように思うし、それが段々と傍で見ることによって分かるようになっていた。スワミの手法が分かるようになっていくと自然に学べるものである。何時までも分からない者には、お客さんとして永遠に接し。決して説教をすることもなく、持ち上げて舞い上がらせていた。それが、私にとっては困るのであるが、それがスワミの手法であるので仕方ない。

 

 スワミは、私はお前の料理を食べたくて日本に来ているのだよ。とか。お前ほど純粋な魂を見たことはない。今度、日本に来た時も、また来て来れるか?と、囁く。一体あんたは、何人に同じ事を言っているのだと注意すると、お前も学びなさい。お前は真面目で優しすぎると叱られる。これがスワミ業の成功の秘訣かも知れない。その後もこの言葉で多くの人をコントロールしていくのです。ゆえに本当に学びたい方は、チャラチャラ浮かれる周りに染まることなく、スワミに本気でぶつからなくてはならないのです。満足しなければ、常識の範囲で文句や要求をしても良いのです。

 

 それをスワミは待っているです。100人の中に一人で良いと思っていたのです。人間の性格は変えようがないとスワミは知っていたのです。陰で人の悪い事を吹聴する人や嫉妬心が強い人、自分がもっともらしい事を言って周囲を振りまわす人、スワミはすべて見抜いていたのです。吹聴する人の事をビッグマウスと言ってました。ビッグマウスには気を付けろと忠告されていたのですが、その人にもスワミは注意することなく、持ち上げ続けたのです。そして、その人には、私たちの悪い事を吹聴して楽しんでいるのです。ゆえに人を見ては、ならないのです。見るのは、ババ一人なのです。

 

 そのような中で、プログラムは予定通り行われて行きました。ビッグババ像にスワミの血液で入魂され、ババが生前中使っていたパイプが置かれます。そして、風呂敷に包まれた、本殿の地下に埋めなければならない法物が渡されます。これを埋めることで、ババのエネルギーが自動的に、ビッグババ像に流れ、その流れは、自動的にミニババ像に流れる仕組みが完成されるのです。その仲介者であるスワミの血液を抜き、ビッグババ像とミニババ像と参加者の眉間に塗られたのです。

 

 後はタイガースキンプージャが行われ、日本で初のババの聖地が完成した記念ある行事が全て終了したのであります。スワミが歩いた後には、絶対永遠に魔は近寄れないという事で、なるべく多くの場所を一緒に散歩したのであります。スワミを見送ったあと、一時休憩し、また工事の再開で、私には始まりの一歩に過ぎなかったのです。


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NO650・・・建設の準備

2022-06-19 | 聖者

 日本に帰り着き、会社の仕事を終わらせいよいよ建設の準備である。私は若いころから50歳になったらすべてを整理して山に籠る計画をしていました。事業もしたくてしたのではなく、私を慕ってくる人が増えるので、その人達の為に店を増やして行ったのであり、その店舗は将来社員に買い取って頂く計画であったので、普通の会社経営のシステムは行わず、半分は店長の店にしていたのでインドにも行く事が出来たのです。

 

 地下にあるシバ神の部屋で、スワミがウッシーにガネーシャ神のアートマリンガムと正観さんがシバ神のアートマリンガム・私が火と水が出るスティックの子供を伝授された時、スワミは「今後私たちは、飛んでもない事が起きることになっている。多くの人から誹謗中傷されるようになるだろう。そして、私の側から、お前たちは逃げ出したくなるだろう。それは、構わないが、決してババから離れてはならない。良いな!約束だ。そして時期が来たらババは私たちの一番大事な宝を奪い去るだろう。覚悟が必要だ。嫌なら今降りなさい。」が、スタートで始められた計画だったのですから、怯むことなはありませんでした。

 

 私の一番大事なものとは何か?その後もずっと考えていたのですが、命と言えば命だが、それほど執着はない。ゆえにインドの危険地帯やアジアの危険地帯の聖者探しの旅も心配はしなかったのである。その頃は、もう全てはババの掌の中でもがいてもどうにもならない世界がある事がわかり始めていたので、危険な崖伝いに走るタクシーに乗っても、人よりは心配しなくなっていた。落ちたら、落ちたで、何かのババの意志があって、そうなったのだろうと思えるようになっていた。

 

 家族でもない、家でもない、お金でもない、全てそうだが、宝と言えるようなものではない。いずれは消えてなくなる物ばかりである。この時、気が付いたのだが、私の宝は「信用」だと言う事に気が付いたのです。私は貧乏な家に生まれた。親の保証も期待できないので銀行からの借り入れは無理であった。200万円を親戚の高利貸から借りて、小さな日本で一番小さな薬屋を始めたのが26歳で、すでに家族があった。当時の高利貸の金利は年間一割であった。

 

 

 それはゆっくり払う事にし、後の全ては約束通り実行していった。約束したことは絶対守るをモットーに行っていた。そして個人的贅沢は絶対しない事を実行していた。次に名誉や地位は求めない事であった。これを実行していたある日、娘がポツリとこぼす。「お父さん、友達がな、〇〇ちゃんのお父さんは社長なのに、どうしてこんな家に住んでいる」のと言われたそうだ、ピアノを置く部屋もない家であった。私は答えた。それは貧乏だからだと答えた。当時、大分県では1,2を争う規模だったのだが、成り上がりの娘にはしたくなかったので、その後も絶対贅沢はさせなかった。

 

 常に質素に生活を行い「信用」を作って行った。友達に用立てて頂いたら必ず期日までに払い、いらないという利息も添えて払った。問屋に対しても一回もジャンプをお願いしたことはない。ジャンプとは手形の期日を一か月飛ばして頂く事で、結構多くの同業者は簡単に頼んでいたが、私は決して甘える事はしなっかったいうより、将来の事を考え、手形の期日を短縮し、現金決済を目標に頑張っていた。

 

 その努力が実ったのか、問屋からは、全幅の信頼を得るようになっていき、今のスワミとの関係のようにお互いが協力しあえる共同体のような関係になって行くのであります。スワミと約束したことは、お金のことであろうが、何であろうが最大限の努力をして守ってきた。スワミが1000万円必要だと言えば1000万円用立てしていた。スワミの声はババの声と思い全力で頑張った。

 

 ゆえに、私が湯布院にアシュラムを建てると思えば、お金はいつでも1000万円や2000万円は貸して頂ける信用を確立していた。土地は2~3年前に3,300坪購入し、一部の700坪を使い、息子が貸別荘を経営していた。このお金も銀行は借りてくださいで即決であった。スワミが日本に来た時は、この別荘に泊まって頂くので非常に便利だったのだ。

 

 その後、半年をかけて私と大工さんで建設を始めることにした。この建設もそうであるが、絶対贅沢なものは建てず、自分の身を粉にして建てるべきだと思っていたのであります。目的はスワミを招致する事なので豪華なアシュラムは必要ない。身の丈に合った物で十分だ。最初のスワミ来日の時に打ち合わせの内容に宿泊、食事、交通の事などが話し合われた。当然スワミはインドで逃げ回っているので、交渉は現地通訳のセット氏を通じて行われていた。時にはインドの逃避先まで行き、打ち合わせは行われていた。

 

 私は、良いホテルや良い車や良い食事を求めて日本に行くのではない。ジョブ(仕事)で行くのだ。食事は果物があればよい。寝る所は雨風が凌げれば良い。車は走れば良い。私は感動した。これが本物の聖者だと思った。それが年数が経つにつれ、アシュラムから変な情報が流れるようになる。アメリカの思想が入った情報を聞くようになる。KEMZOは日本でスワミを粗末に扱っている。ビジネスホテルに泊めている。その通り、正確にいえば、日本のホテルの良いクラスのホテルがであるがコンチンネンタルホテルではない。雨風は凌げる立派なホテルである。

 

 何を文句言うか、そんなのにお金を使うなら参加費を安くせよである。これはババも同じあろうと確信を持っていたので、その後も曲げることはしなかった。聖者とは、何かを問わなければならない。これが10年後に大きな問題に発展していく事は、この時点では誰も知らなかった。アメリカ人は何処まで行っても上から目線である。それに黙って従う私ではない。常にババを見続けなければ道を誤るのであります。たとえ、スワミが居ても見るのはババなのです。多くの者は、この意味さえ理解できなかったゆえに今があるのです。

 

 


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NO649・・・スワミの決断

2022-06-18 | 聖者

 年末までアシュラムに滞在し、成田着、上野のホテルに一泊し栃木県にある「氣の里」に向かい、年を越すのが毎年の恒例になっていた。「氣の里」は、合気道の大家である、藤平光一先生が主催する「心身統一合氣道」の本部道場である。その本部には「清心の池」があり、年始には全国から弟子が集まって来る。大学の合気道部や地区道場の弟子などでごった返す。

 

 年末の24時前になると畳の道場に集まり、氣の音楽を聴きながら年を越すのである。私は、合氣道ではなく、藤平先生が氣を応用して編み出した「氣圧療法師」養成学校の在宅生であったので、年4回一回に5日行われるスクーリングに4年間出席しなければならない。この4年間はインドとの掛け持ちで本当に忙しい日々と出金であった。それに、スワミの仕事に社長業もやらなければならないので、普通の人には絶対真似が出来なかったであろう。それに家庭も守らなければならないのだ。

 

 反面教師という言葉があるが、子供たちは、親と接触する時間がほとんどない生活をしていたのが嫌なのか?みんな家庭を持つと平凡なマイホーム型の飼養人間になっていた。幸いに人間の道を外す者はなく、平凡な面白みのない人生を送っているので、話にずれがあり、正月でも全員集まる事はない。父親は正月はいない事になっているのであろう。

 

 「氣の里」では、全国のニュースに流れる正月恒例の心身の穢れを落とす儀式が行われる。真冬のマイナスの気温の中、周囲を軽くマラソンし真冬の池に入り心身を鍛える行事である。これは3日に行われる。女子大学生は、水着で男は海水パンツで入る。みんなキャーと喚いているが、私は竜神の滝や池で経験済みなのでなんてことはない。ここにも、天風先生の姪の有美さんのような、魂の出来上がった人を見かける事はなかった。

 

 家に帰ると、早速仕事始めで、溜まった業務を一通り終わらせ、2月に行われるシバラトリ―祭の募集案内である。シバラトリ―祭はインドの各地でアートマリンガムを聖者が出す(本物は数名)恒例の大行事であるために、インドには多くの人が押し寄せる。アシュラムにも、日ごろ見たことのない外人も押し寄せる。その合間をぬって日本人だけのプログラムを実行しなければならないので、スワミも私たちも大変である。

 

 外人の嫉妬を無視しながら、たんたんと行われていく。アートマリンガムは当然であるが、日本人1個外人1個を与えれることになった。日本人は3人の中の誰がもらったかは覚えてない。無事にプログラムが終わり、皆をバンガロールまで引率し買い物や食事や休憩をした空港まで引率しバイバイである。この時は、私が日本まで引率する必要はなかったので、アシュラムに戻る事が出来たというより、スワミの命令でアシュラムに引き返さなければならなかったのである。

 

 アシュラムに着いた時、異様な空気が漂っていたので、何かが起こっている事は想像していたのだが、情報がまちまちで実態を掴めていなかったので、とにかくアシュラムに戻る事にした。アシュラムに戻り情報収取すると、どうも正月に鉄パイプ爆弾がアシュラムに投げ込まれたようだ。ガードマンが一人亡くなり、もう一人は手の親指が吹き飛ばされたとの事である。ガードマンはネパールのナイフを使わせたら世界一と言われている勇敢な部族の人々を雇っている。

 

 アシュラムには6~7人雇っており、深夜部外者の侵入がないように見回りをしている。当時イスラムの過激派が近くの地域に入り込んでおり、警戒が厳しかったのであるが、今回の事件は過激派は絡んでいないとの事である。亡くなったのは、私が可愛がっていた20代前後の若者であった。この青年は真面目そうな顔をしており、私の頼みごとを聞いてくれるので何かにつけて便利が良かった。

 

 グループが来た時には、特に注意を払ってくれていた。ただグループを引率して来てプログラムだけを行うのではなく、常日頃から日本人の味方をしてくれるスタッフを育てなければスムーズに事は運ばないのである。当然プジャリにも賄賂を渡し、外人なら拒否されることも、日本人グループには許されていた。欧米人はインド人やネパール人などを上から目線なので、同じアジア人としては味方につけやすかったのである。この根回しが上手いので、正観は、私の事を商売人というのであろう。

 

 2~3日後にスワミの集合命令が伝達された。マンディールの入り口の階段に、外人の長期滞在者がすでに集まっていた。議題は今後どうするか?拒否するかどうかであった。事の真相は、急激に成長するアシュラムに対して、あるババ系列のビッグなお寺が圧力をかけてきているとの事である。まあ~無理はないだろう?こちらはシルディーサイババ直系のシンボルになる聖地になるお寺(アシュラム)を建てているのである。

 

 生まれ代わり派(シルディーサイババの生まれ変わりと名乗っている)から見れば、将来的に信者が奪われる危険を感じらせるほどの急成長をしているのである。もうすでに、日本人も外人も流れて来ていた。アシュラムのアパートも4階まで完成し、ペントハウスの工事にかかっている。生まれ代わりのアシュラムからスワミのアシュラムに向かうタクシーは逐次情報を流さなければならない。その内カレスワールアシュラムに行くことは禁じられるようになる。そのアシュラムの周辺は商店やホテルやタクシー会社など多数あり、一つの町が形成されているので、訪れる人が減れば死活問題となるまでに、スワミは恐怖を与えた事になる。その片棒が私たち3人組である。多くの人は、何故?神様は神様同士でいがみ合うのかと言うが、神様がやっているのではない。それを取り巻く人間がやっているのである。利権を求めた連中がババを利用しているのである。

 

 ある時、その生まれ変わりアシュラムの街に行き、タクシーで帰っていると近くの村で降りてくれという。違うタクシーに乗り換えてくれという。なぜだ~と怒ると、カレスワール、アシュラムに連れっていったら、その町から追い出されるという。そのような状況の中でも日本人は流れて来る。無理はないだろう。タクシーで1時間くらいだから、2~3つのアシュラムの訪問もするであろう。

 

 スワミは直接合わず、今日はバンガロールのホテルに向かい、明日違うタクシーで来いと告げていた。スワミの急成長に恐れをなした、生まれ変わり派はスワミに条件を飲むように迫っていた。2月は世界的な行事であるシバラトリー祭があるので3月末までの回答を迫っていた。トラスト(財団法人)にし、役員を入れろと、生まれ代わり聖者は高齢なので、定期的にエネルギーの補給に来るように迫れていた。

 

 アシュラムには、州警察(アメリカではFBI)の立ち入り調査が頻繁に行われるようになる。滞在者の名簿のチェックなどは地元のローカル警察の仕事であるが、直接州警察がやって来るようになった。生まれ変わりアシュラムはトラストで州の管理下にあり、役人の天下り先でもある。その権力は州警察が握っていたのだろう。あからさまに仕掛けてくるようなった。狙いは私たち3人である。お金の出元を断ち切る目的である。

 

 州警察が来たら外人の伝令が来て隠れろと言う。私たちは逃げる。どのルートで逃げるか話し合いをしたこともある。塀を飛び越えて逃げよう~で、とウッシーと話していると、身の重い正観は暗い顔になる。ならアシュラムのどこかに隠れようとしたのだが、アパートまで探しに来ることはなかった。3月末に向かっての脅しであったのだろう。

 

 コインの裏・表で決めるかとか、話し合っていた。軍門に下るか?独立独歩を貫き通すか?決断の時である。当時トラストにする計画で、私たちも理事の予定者に入っていたのだが、どうもそのトップを要求して来ていたのであろう?、若いスワミの腹は決まっていたように思う。余りの横暴さに話し合いの余地は無いと思っていたのであろう。結論は拒否することで決まった。

 

 私は、ほとぼりが冷めるまでインドの各地を逃げ回るので、外人はアシュラムを出てハンピか何処かに身を隠せ。3人は、夜タクシーで移動してはならない。昼間移動しなさい。途中で立ちションしてはならない。別件でもなんでも警察署に連れて行かれたら終わりだ。今の私には助ける力はない。いいか?バンガロール空港にもお前たちの手配書は回されているだろう。この州以外の空港から日本に帰りなさい。

 

 チェンナイ空港のトップは私の友人だからチェンナイ空港が良いだろう。3月末前に、私たちは逃避する事になったのです。タクシーでチェンナイに向かい。チェンナイから日本に無事帰り着くと、新たな闘志が湧くのでありました。よし、向こうがそうなら、日本にスワミを招致しようと考えたのです。それから急遽、湯布院アシュラムの建設に取り掛かったのであります。

 

 


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NO648・・・コブラバイト伝授

2022-06-17 | 聖者

 伝授とは、法を授かる事であり、法を伝える伝法とも呼ばれる。エネルギーは、高い人から低い人に移すことは出来るが、低い人から高い人に移すことは出来ない。私たちは、太陽から温もりというエネルギーを授かっているが、私たちが太陽に温もりを与えることができないと同じと考えれば理解できるだろう。が、その太陽のエネルギーもいつかは絶える時が来る。

 

 今、スワミが10トントラックを動かすバッテリーをもっており、私たちは軽四のバッテリーを持っているとしよう。そのバッテリーに何回か移して頂き、今5000ccになっていると仮定した場合、それを増やすには自力行で増やして行くか、他力行の伝法で増やすかになるのであるが、ただ単にバッテリーだけ増やせば可能という事にはならない。

 

 そのバッテリーに見合う車体や電気系統や他の全ても同時に増やして行かなければならない。この事をスワミは、子供にランボルギーニ―のキイーを渡すようなものだと言う。つまり、運転技術も知らない子供に車を渡せば、たちまち事故を起こす。まして超スピードが出るランボルギーニ―を渡せば100mも走らないで事故を起こすという。ゆえに、車体や電気系統を作るのは私達だから、それの完成度を見ながら渡していくという事になる。

 

 特に電気系統は、肉体ではなくエネルギーに関するものだから魂に置き換えても良いだろう。この魂を育てるには、素直さが要求される。素直とは素(もと)に直結する意味をいう。素とは宇宙根源の神の事であり、宇宙根源から発せられる意識ともいえる。またそれを受け継ぐ大グルという事も出来る。すなわち裏返せば真理に繋がった人という事も出来る。

 

 神の意志は、人間に生まれた者は、傍(そば)にいる人の為に働かなければならないという。傍は縁がある人に置き換えることが出来る。ゆえにスワミは、ヒーリングをもって修行せよと言う。このヒーリングを行うには、自分が持っているエネルギーを困った人に差し向けるわけだから、自分のエネルギーは減っていく事になる。だからヒーリングが終わった後はへとへとになる。

 

 それを連続して行うと自分の身が危ないので、一人終わったら1時間休憩をしなさいと教える。また、ヒーリングの前に一緒に散歩するなどして親交を深めなさいと教える。ただ技術を持って行うのはヒーリングではなく気功治療という事になり、気功治療とヒーリングは明確に違うのであります。スワミが行うスワミヒーリングには、テクニックはない。病名に拘わらず、ただマントラとクジャクの羽で除霊を行い。第三の目からエネルギーを入れ、頭のエネルギーの調整をするだけである。

 

 これだけでは、整体治療や気功治療に慣れ親しんだ人には不信感を与えるので、ヒーリングテクニックのプログラムを組んだ時がある。私も今に至るまでには、テクニックを教えた時があるが、本来はスワミには、ヒーリングテクニックの教えは無いのであるが、私の言わんとすることを理解したスワミは、どこから引っ張り出したのか分からないが、テクニックを一回だけ教えた時がある。が、それからは一度もプログラムされてない。必要ないからプログラムからは消えた。

 

  要するに、上から下にエネルギーを移すのがヒーリングだから、自分のエネルギーを高めなければならない。この伝法には、どれだけのエネルギーが必要だから何人しか移せないのと、スワミが持っている法によって行われている。ゆえに自分が持っている魂に刻まれたエネルギーを使い果たしたら廃人となる。これを抜け殻という。肉体はあるが自分の肉体をコントロールするだけのエネルギーがなくなった状態を言う。

 

 このように7人にしか渡せない法は8人には出来ないのであります。コブラバイトの法は、スワミが一生に一人にしか渡すことが出来ない大大伝法である。1万ccのエネルギーは使うであろう大大伝法である。これを誰が授かるか?二階のジーザステンプルではざわめきが起こっていた。そこに村人の蛇捕獲名人がドンゴロス(麻)の袋に入れたコブラを持ってきた。

 

 スワミが煽る。袋から出したコブラは1,5mはあり、くねくねと這いずり回る。その光景を見た生徒は腰を引く。この時、私はスワミのやらせで、絶対中止にするであろうと思ていたが、だんだんと迫真に迫っていく。今からコブラバイトの行を行う。これを授かったものは一気に天界に行き神と遭う事になる。これが成功すれば悟りである。しかし、多くの場合は、失敗してそのまま死に至る。

 

 でも良いではないか。これから先苦労をしながら生きて悟りを目指すより、一瞬で悟られるのだから、これ以上の行は無いだろう。やりたい人手を挙げて、5人くらいが途中まで手を挙げる。やりたい者は、誓約書にサインをしなさい。死んでも一切の責任は自分にあり、スワミにはない。死んだ後政府に出す必要があるのでサインをしなさい。段々と止める人が増える。そこで、もう一度袋からコブラを出し、生徒の方にコブラを誘導する。ここで全員アウト。私は本当にやるのかと覚悟を決めた。

 

 最初から、スワミのシナリオは決まっていたのだろう。KEZO前に来い。お前がやるのだ。俺も九州男児覚悟は決めた。OK!やりましょう。私はナガナンダ、スワミにコブラの毒だしの伝授は頂いている。一か八かよ。死んでも悔いはない。早道かもしれない。と思うとともに、まさかスワミが殺人者になるわけはないだろう。失敗したら噂になりスワミは危険な聖者と吹聴されるだろう。などを考えていた時、奥さん宛に日本語で良いので遺言を書きなさいと来た。

 

 書き終わると、証人を一人選びサインをさせなさい。その時、社員も同行させていたので彼にさせた。心配はいらない。もし万が一の時は、女房に全てを話してくれれば良い。当然このような事が起こる事は理解しているので何ら問題はない。心配しなくても俺は帰って来る。その後二人の付き添いの女性と別室に入る。スワミが袋からコブラを出す。私は横たわって目を潰している。

 

 スワミが指を出せと言う。私の人差し指を持って、コブラの口の中に入れる。なんともない。スワミはコブラの口の中で指を動かす。その瞬間来た~!目の中は真っ赤になり、意識は遠のいていく。気が付いたら正観が私の足にヒーリングしている。あとから聞いた話だが、スワミが突然正観、正観、すぐ来い。KENZOが死んだすぐ来いと呼ばれたそうだ。そしてヒーリングで助けよと言われたとの事。

 

 正観のヒーリングのお陰か?うっすらと意識が戻って来ていた。何が起こっているか分からない。3人でゆっくり私を起こし、皆が待つホールに千鳥足で向かう。そこでスワミは手を大きく回し、手のひら一杯のビブティーを出し、私の口の中に溢れるほど押し込んだ。それで、少し快復したので、正観と一緒に部屋へ戻り眠る事にした。目が覚めたあと、全身に異常は見当たらないし、腫れもない。

 

 スワミもババの要望に応えるのが苦しかったのか、ババの指示か知らないが、ババの僕になり、その後、ババの教えが継承されるシンボルの建設資金を集める働きバチにさせられたのです。これが出来る可能性がある私に的を絞っていたのでしょう。それを全うできるエネルギーが注入されたのでしょう。また素直を認めて頂けたのでしょう。神は見返りは求めないと言うが、見返りを期待されたのかも知れません。 


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