透明に近いスカイブルーの青空をキャンパスにし、色鮮やかな桜がそのスカイブルーをピンク色に染めていく。
今年もこの季節がやってきた。

「ねぇ・・どうして?私より夢の方が大事なの?どうして別れようなんて言うの?どうして待っててくれって言ってくれないの?」
あの頃のボクは若かった・・・いや・・・幼すぎた。
何が一番大切なのか気付かなかった。気付こうともしなかった。自分の夢だけしか・・・東京で野球をすることだけしか考えられなかった。
別れて初めて・・・・無くして初めて存在の大きさに気付いたダメな男だった。
その大きな穴を塞ごうと必死に頑張った。必死に東京にしがみついていた。
その別れた日、別れた場所で彼女と交わした約束・・・「毎年この桜の下で会おう。二人が終わったこの日に・・ふたりの桜の下で会おう。このサクラの木はふたり桜って名前にしよう。」
翌年から『ふたりサクラ』を見続けた。
ある年はまだ三分咲きの笑顔・・・
ある年は満開の笑顔で迎えてくれた
またある年はその花びらを散らし始めてた時も・・・ひとりで『ふたりサクラ』を眺めていた。
何度目の桜が咲いた時だっただろう・・・商談で偶然訪れたホテルでキミを見つけた。
あの頃と同じ笑顔のキミだった。
違ったのはキミの笑顔を作ってくれてる人がボクの知らない誰かで・・・
キミの着ている服が純白のウエディングドレスだって事だった。
ボクは精一杯の作り笑顔で「結婚するんだね。おめでとう。すごく綺麗だし似合ってるよ!絶対幸せになれよ!」
彼女は純白のドレス、ボクは見栄と虚勢と強がりを身にまとい別れ際にボソッと呟いた・・・「あの約束・・・まだ覚えてる?」
その言葉が彼女に届いたのかどうかは分からない。
彼女は「うん」と頷いたようにも見えたし「ん?」って聞き返したようにも見えた。
その翌年からも・・・ボクはひとりで『ふたりサクラ』を見続けた。
風の便りに聞く彼女の噂はあまりいい噂ではなかった。
確かめようと何度も連絡しようとした。だけど出来なかった。彼女の辛そうな声を聞きたくなかったから・・・。
あれから何度目の『ふたりサクラ』だろう・・・
今日がその日だった。
いつもと同じようにひとりで『ふたりサクラ』を眺めた。
帰り際、「今年も綺麗な桜を見せてくれてありがとう。今年も彼女への想いを思い出させてくれてありがとう」そう呟き桜に背を向けて歩き出した。
ボクの足が止まった・・・いるはずのない・・・来るはずのない彼女が・・・そこに立っていた。
しばらく立ちすくんだ後、一歩づつ彼女への想いを描きながら・・・距離を縮めていった。
手を伸ばせば届く距離まで近づいた。彼女にかける言葉を探す・・・色んな言葉が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
永遠を感じるような沈黙・・・彼女の言葉がその永遠を破った。
「ごめん」・・・「うん」二人が交わした言葉はその5文字だけ。でもそれで充分だった。
彼女の「ごめん」と云う言葉には幾重の意味が込められてるのは理解できたし、ボクが応えた「うん」に込めた幾重の意味を彼女もわかってくれただろう。
沈黙が・・・再び二人を包みこんだ。
今度の沈黙を破ったのは言葉ではなく、彼女の目からとめどなく流れ落ちた『雫』だった。
ハンカチをそっと差し出しながら・・・ボクは迷っていた。抱きしめるべきなのか・・・
でも・・・気付いたらボクはキミを抱きしめていた。
今度はボクが言葉をかけた・・・「ごめんな」
・・・・「うん」キミは応えた。
これ以上なにも出来なかった。彼女になにもしてやれない自分の無力さが悔しかった。
「ごめん・・・ココ・・・濡らしちゃった」ボクのスーツの肩口は彼女の涙で濡れていた。
「大丈夫だよ・・・・でも・・・もう行かなきゃ。まだ仕事が残ってるんだ。」
それ以上彼女は何も聞いて来なかった。ボクの今の生活、ボクの仕事の事・・・それからボクの夢の結末も。
ボクも彼女に何も聞けなかった。何も聞いてはいけない気がしたから・・・。
「辛くなるから私はここで見送るね。」そんな言葉と彼女と『ふたりサクラ』を背に再び歩き出した。
少し歩き・・・やっぱり我慢できずに振り返った。
そこにはあの時と・・・・あの頃と同じ笑顔の彼女が手を振ってくれていた。
ボクも涙が溢れてきた。彼女に涙を見せたくない最後の強がり・・・また前を見て歩き出した。
来年も・・・この『ふたりサクラ』の樹の下で・・・・会いたいような会いたくないような・・・

今まで探してた春はこんな春だったのかも・・・
【完】
皆さんにどうしても・・・どうしても伝えたいことがある。
今、脳の血糖値を上げるためスニッカーズをかじりながら書いている。
4月からの診療報酬改定、薬価改定による償還価格の引き下げの資料を必死になり脳みそフル回転で作成中だ。
その休憩時間にこの物語を12分で作り上げてしまう自分の才能に自画自賛。
エイプリールフールの前倒しだと思いお勘弁ください。