急にあることを思いつき「氷壁」を今また読み返してみた。最初に読んだのは確か10代だったのではないだろうか。たまたま母の書棚にあったのを読んだ記憶がある。後年主人と井上靖について話していた時彼は、この「氷壁」について私の思いを尋ねた。
「本当に、ザイルは切れたと思う?」
私は即座にザイルは確かに切れたと、まるで見ていたかのように自信をもって答えた。その理由として、もちろん作者の筆の力もあるが、個人的な経験でも世の中には本当にこういったことは日常茶飯事なのだ。メーカーに「絶対にうちの商品に限ってそんなことありません。」と念を押されてもダメな商品はいっぱいあって発売までにさんざんテストを繰り返したり、優秀なはずの頭脳を結集しておきながらも欠陥商品のなんと多いことか。そして、最近になってその顛末を知って「やっぱりザイルは切れたんだって。」と主人に教えてあげることができた。これで、私達の長年の疑問はかたずいたわけだ。そして愛読者としてはどうしてもザイルが切れたのでなければ納得ができない。
人と作品で福田氏が「氷壁」の美那子も若く美しい叔母の化身と言っておられるが、私はこれまた母の書棚から取り出した「あすなろ物語」の登場人物が、美那子と重なってしまうのである。それは作者の美しい繊細な表現力から同じ絵を描いてしまう私の勝手な想像力かも知れないが。