東大寺・南大門と若草山が借景に
依水園(いすいえん)は、奈良の真ん中にあって、大名庭園のような趣が美しい。水辺近くで石組みや花を楽しんだ直後に、がらりと変わって東大寺・南大門と若草山の雄大な借景が楽しめる。とても贅沢でここにしかない空間である。
奈良の街は江戸時代初期、清須美源四郎が確立した麻布で作る晒(さらし)の製法をもとに、高級品としての「奈良晒」の製造が隆盛を始めていた。源四郎の孫・道清は1673(寛文12)年に別邸として「三秀亭(さんしゅうてい)」を移築し、茶を楽しむようになった。これが依水園の始まりである。江戸時代の依水園は現状の西半分「前園」だけで、東半分の「後園」は1899(明治32)年に依水園を買い取った奈良の豪商・関藤次郎が拡張したものである。
園内は外部の喧騒から隔絶されており、「こんなところがあったのか」という印象を与える。最初に回遊する前園は、借景よりも石組みや灯篭、水辺の四季の花など、近距離のオブジェを楽しめる。SNS映えする写真がたくさん撮れるだろう。
三秀亭と前園を楽しむ外国人観光客
依水園の原点となった三秀亭は前園に現存している。庭と建物が作り出す空間は江戸時代の趣を感じさせるとともに、奈良晒で繁栄していた時代の栄華を今に伝える。そんな歴史を積み重ねた三秀亭で、食事やカフェも楽しめる。優雅な時間を過ごすことができる。
園路を進んで後園に入ると雰囲気は一変する。正面の築山(つきやま、鑑賞用に作った人口の小高い丘)の上に若草山の遠景が目に飛び込んでくる。奈良らしい大きな空間を楽しませるわざだが、もう一つ仕掛けがある。築山の上に東大寺・南大門の屋根だけを心憎いほどに絶妙に見せているのだ。この見事な借景をキープするために、木々の高さを調整する庭の管理がさぞかし大変だろうと思ってしまう
築山は芝生でおおわれており、同じく芝生でおおわれた若草山に続く空間の奥行を演出している。築山の手前の池は、南大門の屋根と若草山の遠景が湖面に写るように作られており、空間美をさらに増している。遠距離のオブジェである借景の見せ方が本当に見事だ。
依水園は戦前に再び主人を変えることになる。1939(昭和14)年に現在の庭園を運営する財団の設立者で、神戸の海運業で財を成した中村準策が、依水園を買い取って収集していた美術品を公開する美術館を建設しようとした。しかし戦争の暗雲で建設はできなかった。
第二次大戦後は米軍将校の住宅として接収され、築山でゴルフをしているような悲しむべき時期もあったという。返還後に財団は、放置され荒れ放題になっていた庭園を少しずつ蘇らせていった。美術品の公開を1958(昭和33)年から始め、美術館も1969(昭和44)年に開館に至った。これが園内にある寧楽(ねいらく)美術館だ。
中国の青銅器や、中国・朝鮮半島・日本の陶磁器を順次公開しており、中でも深みのあるブルーが神秘的な高麗青磁が美しい。春秋に催される特別展では、重要文化財の田能村竹田「亦復一楽帖」が公開される。庭園に入るチケットで美術館も鑑賞できる。ぜひ訪れてほしい。
前園と後園で、雰囲気は一変するが、静寂さに変わりはない。同一の敷地で見事に雰囲気がスイッチする空間を味わえる庭園はなかなかない。とても個性的な庭園である。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさんある。ぜひ会いに行こう。
写真家・上田安彦による見事な撮影アングルがたっぷり
依水園・寧楽美術館
原則休館日:火曜日、年末年始
※展示作品は、展示期間が限られているものがあります。
※内部に入れない建物もあります。