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春日若宮おん祭 ものがたり|美の五色 ~日本の古典芸能が凝縮

2018年12月03日 | 美の殿堂ものがたり

師走の奈良には、これが終わらないと年の瀬気分になれない一大イベントがあります。春日若宮おん祭(かすがわかみやおんまつり)です。

  • 華やかな行列だけでなく、舞楽や田楽と言った日本の古典芸能の趣を色濃く味わえる
  • 900年間途絶えることなく続けられており、京都の祭り以上に古式を伝える
  • 祭の主役の神の姿を徹底的に表さない、日本の原始の宗教観が色濃くのこる
  • 芸能の披露は「芝居」の語源になった


春日大社の摂社・若宮神社の祭礼で、毎年12月17日に中心神事であるお渡り式(おわたりしき)とお旅所祭(おたびしょさい)が行われます。お旅所に鎮座する若宮様に芸能を奉納するために行われるという日本の神社の祭礼では稀有な特徴があります。

お渡り式は、芸能集団や祭礼に参加する貴族・巫女・大名があでやかな古式にのっとった衣装をまとい行列します。行列の途中には競馬や流鏑馬も行われます。お旅所祭はお渡り式終了後に若宮様の前で古典芸能を奉納します。目にすることができる古典芸能は、今に伝わる最古の姿と考えられています。

悠久の古都・奈良が積み重ねた時間が凝縮された祭について、探求してみたいと思います。


お渡り式行列の先頭

春日大社で最も重要な例祭(れいさい)は若宮おん祭ではなく、毎年3月13日に行われる春日祭(かすがさい)です。天皇の使者が派遣されて行われる勅祭(ちょくさい)の中でも最高格式の三勅祭の一つとして、賀茂神社の葵祭と石清水八幡宮の石清水祭とともに数えられています。しかし春日祭はほとんどが非公開であるため、多くの見物客を集める若宮おん祭の方が春日大社では最も著名な祭りになっています。

若宮は、江戸時代までは現在の春日大社本殿と同格の社でした。本殿が”親”、若宮が”子”という位置づけです。こうした経緯から、春日大社を代表する祭礼として若宮おん祭が認識されることに違和感をおぼえる人はいません。

若宮おん祭は、平安時代末期1136(保延2)年に藤原氏によって始められて以降、一度も途絶えることなく続けられていることに、かけがえのない価値があります。葵祭・石清水祭は応仁の乱の後、約200年間の中断を余儀なくされています。そのため現在見ることができる姿は、復興した元禄時代に入手することができた情報に依存していることが現状です。

だからと言って葵祭・石清水祭の文化的価値を否定するものではないですが、継続している若宮おん祭にはやはり格別なものを感じます。葵祭の行列に比べ、さらに古式を感じさせるのはこうした背景があるように思えます。


お渡り式行列の主役・日使(ひのつかい)

若宮おん祭の行事は厳密には7月から始まりますが、奈良の街に祭りムードが盛り上がるのは12月15日の大宿所祭(おおしゅくしょさい)からです。近鉄奈良駅から続くもちいどの商店街の中にある大宿所で、祭を信仰する大和士(やまとざむらい)らの身を清める儀式です。大宿所には祭の装束や行列で披露される太刀などが展示され、参拝者にはのっぺ汁がふるまわれます。

翌16日には翌日の祭典の無事を祈る神事・宵宮祭(よいみやさい)が行われますが、京都・祇園祭のように夜に多くの人手はありません。

中心神事の行われる17日は日付が変わった直後の0:00から若宮様をお旅所にお連れする遷幸の儀(せんこうのぎ)が行われます。若宮様はお渡り式とお旅所祭を見届けた後、17日の23:00に御旅所を発って本宮に戻る還幸の儀(かんこうのぎ)が行われます。日付をまたいではならないのが若宮おん祭のルールです。

若宮おん祭は、お旅所への神の遷幸/還幸を披露しない点が大きく異なります。お旅所への神の遷幸/還幸は、深夜に一切の灯りを許さない中で行われます。神の姿を徹底的に表さないという日本古来の価値観が忠実に継続されています。

遷幸の儀の直後の午前1:00から、神に食事を供える暁祭(あかつきさい)が行われます。奉納される神楽の音色が闇夜に響く光景はとても幻想的です。



お旅所祭・田楽

神社の祭りは一般的に、神が短期間だけ”現世に近いお旅所に降臨する”する行為を華やげます。神輿(みこし)は、お旅所に降臨する神をのせた乗り物を披露するものです。祇園祭のような山鉾は、お旅所への降臨の前に道中を清める意味があります。

若宮おん祭はこうした一般的な性格とは異なります。”お渡り”とは一般的に神をお旅所にお連れする行為を指しますが、若宮おん祭では祭りの参加者がお旅所に社参する行為をさします。若宮おん祭は、神の降臨そのものを華やげることが主目的ではないことも、一般的な祭りとは異なります。降臨してきた神に芸能を奉納することが主目的なのです。

お旅所祭では、お渡り式が終わった後14:30頃から22:30頃まで延々と古典的な芸能が若宮様に奉納されます。師走の寒空の中、最初から最後まで通しで見物する客はまずいないと思えるほどの長さですが、昔はこの長さは普通でした。江戸時代の歌舞伎も朝から夜まで鑑賞していました。

春日大社への表参道に面するお旅所は、普段は何もない空き地にしか見えず、誰も気づきません。そこに若宮おん祭の時だけ祭殿が築かれます。見物客が芝生に座って芸能を鑑賞したことが「芝居」の語源と考えられています。

お旅所祭はまさに日本の古典芸能のオンパレードです。長時間にわたりますが一度に鑑賞できる機会はここにしかありません。椅子席は有料ですが、立見なら無料です。

還幸の儀を終えた翌日が若宮おん祭の最終日です。若宮様がいなくなったお旅所で13:00から相撲、14:00から能と狂言による後宴能が奉納され、全日程を終了します。


お渡り式。稚児の流鏑馬

若宮おん祭は、日本の古典芸能が凝縮されていることが最大の魅力です。庶民が長期に渡って支えた祭礼ではなく、貴族階級が格式を最重視して続けてきた祭礼です。政治権力の変遷があったにもかかわらず、一度も絶えることなく続けられてきたことは、まさに奈良らしさを感じます。

奈良は平安遷都以降、政治の舞台から遠ざかり、戦乱に巻き込まれることなく現在に至ります。そのため平城宮跡ないにしえの姿が温存されたのです。応仁の乱を境にいにしえの文化財の多くが失われた京都とは、決定的に持続性が異なります。

奈良の奥深さの象徴が、若宮おん祭なのです。



日本の古典芸能はおん祭に集約されている

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春日大社
若宮おん祭 お渡り式
【神社による祭公式サイト】

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