横浜・本牧(ほんもく)にある三溪園(さんけいえん)は、庭園と古建築が調和した風景を四季折々に楽しめる名園として、首都圏ではすっかりおなじみです。明治時代に横浜の生糸貿易で財を成した原三溪の邸宅の跡で、荒廃や取り壊しの危機にあった12棟もの重要文化財の古建築が全国から移築されています。
原は三井家の大番頭・益田孝と並んで明治を代表する美術コレクターでもありました。原は三溪園に美術館を造る構想を練っていましたが実現せず、戦後に美術品の多くを手放すことになります。三溪園は原の愛した美術品や空間の中で唯一、往時のままにほぼのこされたものです。
紅葉期には古建築の一部を間近で鑑賞できるようになります。秋の木々の鮮やかな色使いと古建築のシックな趣は、実に贅沢に調和しています。日本を代表する名園の一つです。
三溪は原の茶人としての号で本名は富太郎です。1868(慶応4)年に岐阜で生まれ、横浜の生糸の豪商だった原家の入り婿となります。原家の事業を近代化して大きく拡大し、現在の横浜銀行の初代頭取になるなど、横浜の財界を代表する名経営者となっていきます。
原は事業家としても蒐集家としても”公共の利益”を重視した人物でした。横浜銀行は経営破綻した銀行を立て直すために設立されており、関東大震災の際にも私財を投げ打って横浜の復興を進めていました。
自らのコレクションや庭園を一般公開するという発想はほぼ皆無だった1906(明治39)年に、庭園を一般に無料公開しています。小林古径や前田青邨ら若手画家の支援も行っており、同時代のアメリカの大コレクターのようなフィランソロピーの考え方を持っていました。
【三溪園公式サイトの画像】 鶴翔閣
原は1902(明治35)年に鶴翔閣(かくしょうかく)を建て、野毛山から本宅を移します。野毛山の本宅跡地は現在の野毛山公園の一部になっています。鶴翔閣は、多くの芸術家が集って原と語り合い、原の収集品を鑑賞するサロンでもありました。また若手画家の制作の場ともなり。日本の近代美術の発展の上でとても意義のある空間でした。
三溪記念館と内苑への入口
三溪園は大きく内苑と外苑に分かれており、内苑がプライベートなエリアで、外苑は一般公開していたエリアでした。茶道を楽しめるような美的価値のある古建築の多くは内苑にあります。
内苑の入口には1989年に造られた三溪記念館があります。三溪の活躍の足跡や三溪園にのこされた蒐集美術品の展示を行っています。三溪の器の大きさがよくわかる展示がなされています。
【三溪園公式サイトの画像】 臨春閣
臨春閣(りんしゅんかく)は、三溪園の美しさを代表する建築です。和歌山にあった紀州徳川家の別荘で、重要文化財です。桂離宮を思わせるような静かで凛とした数寄屋風の外観を随所から見ることができます。
【三溪園公式サイトの画像】 聴秋閣
2018年紅葉期に公開されている聴秋閣(ちょうしゅうかく)の美しさは、臨春閣と並んで三溪園の双璧と言えるでしょう。家光が二条城内に造らせた茶室で、軽妙な楼閣のデザインがとても印象的です。重要文化財です。
ゆっくり見て回ると半日は過ぎてしまうほど広大な庭園は、山・谷・川・池とあらゆる大地の造形を活かし、とても多様な表情を見せてくれます。一つの庭園でこれだけ多様な表情を楽しめるところは日本で随一と言えます。
園内には17棟の建物があり、内14棟が移築されたものです。重要文化財も12棟にのぼります。そのすべてが完璧なまでに庭と調和しています。移築した建物をどこに配置するか、建物に合わせて庭の雰囲気をどう変えるか、原の美意識の高さには驚愕します。
三溪園で惜しむらくは、原の存命中は園から海が見えたことです。戦後に埠頭として埋め立てられたため、現在は人工物が見えないよう植生で目隠しをしています。第二次大戦の空襲では庭園は大きな被害を受けましたが、古建築は多くが難を免れました。
日本の木造建築は分解できるため移築は珍しくありません。茶室のように小さい建物はなおさら頻繁で、例えば国宝の茶室・如庵は3回も移築されています。原のような”白馬の天使”が登場してこそ、場所は変わっても建物の美しさは延命されます。原のように見事に庭と調和させてもらえれば、元あった場所よりさらに美しくなっているかもしれません。
三溪園は、原が目指した美の理想郷を今に伝える稀有な空間なのです。
こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。
三溪園に移築された建物をきちんと理解する
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三溪園
紅葉の古建築公開 ―重要文化財2棟 聴秋閣と春草廬、遊歩道の公開
【三溪園による公開案内】
会期:2018年11月17日(土)~12月9日(日)
原則休館日:公開期間中無休
入館(拝観)受付時間:9:00~16:30
※古建築の公開は毎年、ゴールデンウジークと秋(紅葉期)に、公開対象を入れ替えながら行われています。
室内には立ち入れませんが、襖や障子が開けられ、間近から室内を鑑賞することができます。
※古建築の内、鶴翔閣は毎年正月と盆に室内が公開されています。
三溪園
【公式サイト】 https://www.sankeien.or.jp/
原則休館日:12/29-31
入館(拝観)受付時間:9:00~16:30
※立入禁止エリア以外にある古建築は常時、少し離れた位置から外観を見学することができます。
◆おすすめ交通機関◆
横浜駅東口2番のりばから横浜市営バス8/148系統で「三溪園入口」下車、徒歩5分
JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所目安:1時間20分
東京駅→JR東海道線→横浜駅→東口2番のりば→横浜市営バス8/148系統→三溪園入口
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には有料の駐車場があります。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。
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