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100万石大名が生き残る英知 ~石川県立美術館

2017年01月14日 | 美術館・展覧会

石川県立美術館


金沢という街に対して「和」のイメージを持たれる方が多いと思う。加賀100万石のお膝元で代々の藩主が文化の振興に努力し続けた結果、形成されたイメージであり、石川県にとって豊かな観光収入の石津江となっている。

前田家は外様大名であるが、関ヶ原の戦いで中立を保ったことで豊臣政権下の領地を安堵され、徳川御三家よりはるかに石高が多い最大の大名となった。前田藩が文化に力を入れ続けたのは、この巨大な藩ができた歴史と関係が深い。

徳川幕府の初期、徳川本家は400万石あったが、やはり100万石の財力を持ち、豊臣恩顧の大名である前田家を常に警戒していた。それがゆえに婚姻関係を結ぶことによって相互に安全保障を担保しようとしたのだろう、前田利家の四男で加賀藩2代藩主となった利常(としつね)は、2代将軍秀忠の娘を正室に迎えた。4代藩主の綱紀(つなのり)も、3代将軍家光の重鎮であった会津の保科正之の娘を正室に迎えている。

2代利常と4代綱紀は、徳川家に謀反の意思はないことを示し、信頼関係を構築するため「文化」に力を入れた。財政に余裕があるときは文化に金を使う“散財”を行い、謀反に備えた蓄財はしていないと示して徳川の警戒心を和らげたのである。この江戸時代初期の藩主による方向性の確立が代々受け継がれ、金沢の美しい街並みと金箔や九谷焼、漆器といったかけがえのない「和」の文化を残すことになった。

兼六園の近くにある石川県立美術館には、前田家が収集した美術工芸品の専用展示スペース「前田育徳会尊経閣文庫分館」が設けられており、展示替えをしながら収集品を公開している。

前田家伝来品ではないが、野々村仁清作のキジを表現した焼物の国宝「色絵雉香炉」は、石川県立美術館の目玉展示だ。焼物なので公開制限はなく、原則いつでも鑑賞することができる。毛並みの質感や毛色の美しさが見事に表現されており、一級の美術品としての存在感を感じさせる。


石川県立美術館 国宝・色絵雉香炉


前田育徳会は、前田家の収集した文化財を管理する財団で、関東大震災で文化財を保管していた前田家の屋敷の土蔵が危うく焼失しかけたことに危機感を持った16代当主の利為(としなり)が1926年に設立した。日本において、個人が所有していた文化財を永続的に管理していくために公益法人化したはしりである。

同じ頃に公益法人化した尾張徳川家の尾張徳川黎明会とともに、第二次大戦直後に財閥解体のため課された財産税支払いのための美術品売却により生じるコレクション散逸を回避したことが、今となっては大きな意味がある。コレクションはまとまって管理されているほど、公開しやすく(=鑑賞しやすく)なるからだ。

2代利常の正室・珠姫は、後水尾天皇の中宮(=天皇の正室)で、都のファッション・リーダーとして尾形光琳の実家の呉服商・雁金屋を取り立てた和子(まさこ)の姉である。利常の娘・富姫は、八条宮智仁(としひと)親王から継続して桂離宮を造営した智忠(としただ)親王の妃となった。利常は当時の日本の最先端である都の文化を潤沢に吸収できる立場にあったのだ。

こうした立場にあったからか、茶道の裏千家の祖・千宗室が利常に仕官することになり、前田家の茶道のリーダー役となった。俵屋宗達の後継者とされる俵屋宗雪を金沢に招聘し、前田家の御用絵師にもしている。まさに最先端文化を吸収する環境を整えた藩主であった。

在位期間が78年に及んだ4代綱紀は、兼六園を造営した。また日本の中世史の記録として一級品の価値がある京都の当時に伝わる「百合(ひゃくごう)文書」の整理・保管に資金提供したように、古文書や古典籍の収集に尽力した。国宝指定されている日本書紀や万葉集、土佐日記の写本は、現代の日本史の一級資料になっている。岡山藩の池田光政とともに、江戸時代前期の名君として名高い。

東京大学の本郷キャンパスは、加賀藩上屋敷の跡地であることはご存知の方も多いだろう。早稲田や慶應・三田、京大・吉田キャンパスと比べても、東大・本郷キャンパスはその巨大さに驚く。大名屋敷としてはトップクラスの大きさで、その巨体を維持管理できる財力があったことがわかる。ちなみに加賀藩筆頭家老本多氏は5万石の禄があり、1万石で「大名」と言われた時代に、スケールの違いが分かる。

文化財・芸術品は、潤沢な資金を提供できる“パトロン”がいないと、なかなかできてこない。前田家は持てる経営資源の中から文化へのパトロン力を重視し、家を継続させようとした。400年前の経営判断が現代でも評価される稀有な歴史の事実だと思う。

4代綱紀と在位期間がほぼ同じで、国の最盛期を作り上げ、文化的な功績を残した名君が、この時代には多い。中国・清の康熙帝、インド・ムガール帝国のアウランゼーブ、ロシアのピョートル大帝、フランスのルイ14世、現代に残る素晴らしい文化財で彼らの時代にできたものは少なくない。


日本や世界には、数多く「ここにしかない」名作がある。
「ここにしかない」名作に会いに行こう。







直木賞作家が利常から綱紀までの前田家三代の生き様を描く

(文春文庫)上中下3巻




石川県立美術館
休館日 展示替え期間、年末年始(例外が発生する可能性もあるので訪問前にご確認ください)
公式サイト http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/

 

 


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