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書には時代の嗜好が表れる ~国宝になった空海の手紙

2016年11月26日 | 美術館・展覧会
私は正直「書」という芸術作品には関心が薄かった。なので寺や美術展で展示されていてもじっくりと見つめたことはなかった。

ある時、大阪市立美術館「書聖たちの傑作、大阪に集結! 王義之から空海へ-日中の名筆 漢字とかなの競演」という展覧会のニュースを目がとまった。なぜか惹かれたのでじっくり見てみると、出品作には歌人や僧など名筆家で著名な名前がずらり、国宝も連発だった。

これだけの作品を集められるのは、主催者の努力の賜物と作品を貸してもらえる信用と権威があってのことだ。書は展示耐久性が弱く公開される機会は少ないこともあり、これは見に行く価値があると感じた。

展覧会場は、西洋画よりも照明を落とすことが多い日本画よりもさらに暗く、主催者の繊細な配慮を感じた。今回の出品作の中でも一番人気と予想していた空海の最高傑作と言われる出品の前は、予想通り人だかりが多かった。

東寺所蔵の国宝「風信帖(ふうしんじょう)」は空海が最澄に送った手紙で、最澄が比叡山に登るよう誘ったことへの返答である。神護寺所蔵の国宝「灌頂歴名(かんじょうれきめい)」は、空海が高雄山寺(=今の神護寺)で灌頂を授けた人のリストである。

平安時代初期、空海は嵯峨天皇・橘逸勢と共に「三筆」といわれ字が上手い能書家として知られている。さぞかし流ちょうな文字を書いているのかと思いきや、第一印象は全く異なった。

字が上手いというより下手、各文字は斜めに歪んで書かれており、縦にまっすぐ揃っていない。字の大きさもばらばら。酷評していることになるが、よく見ると各文字が太くて力強いことに気づいた。

日本の書は漢字でも仮名でも文字の線が細いのが通常であるため「細い線がきれい」という思い込みかもしれないと感じた。

会場内で王義之に代表される中国の書家の作品を見ると、日本の書家より線が太く、しっかりと書かれたものが多い。また日本の書家の作品は縦にまっすぐに揃えて文字が書かれているが、中国は違う。空海と同じく文字が斜めに歪んでおり、縦にまっすぐでなく、文字の大きさもバラバラ。

空海は当時の日本人にとって憧れだった中国風をストレートに表現し、読み手をあっと驚かせたのではなかろうか。中国では常識だった書聖・王義之の書風を忠実に再現しているそうで、非常に力強くすごみを感じさせる。最新流行の中国文化を体験して知っているほんのわずかのスーパースターだからこそ表現できた書風なのであろう。



空海が唐に留学した頃は、唐の国力はすでに衰えていた。ヨーロッパは西欧をほぼ統一したカール大帝の治世だが安定は長く続かなかった。

アラブではイスラム帝国の首都バグダッドが東西交易の中継地として空前の繁栄期を迎えていた。アラビア数字や十進法、ゼロの概念といった現代科学の最も基本的な世界共通ルールが芽生え、説話集「アラビアン・ナイト」が成立した時代であり、まさに世界文化の中心であった。

ヨーロッパは大航海時代を迎えるまでイスラム文化に従属することになり、イスラム文化は長らく世界最先端を保ったのである。

日本では、空海から時代を下ると、遣唐使が途絶えることもあって国風文化の時代となり、いわゆる「まっすぐに書かれた細い線がきれい」という時代になる。

小野道風(おののみちかぜ)・藤原行成(ふじわらのゆきなり)・紀貫之(きのつらゆき)といった著名な能書家・歌人の作品は空海の作品とは全く印象が違う。漢字がなく仮名がほとんどという文字そのものの違いがあるが、仮名という日本人が独自に作った文字で日本人の心を表現しようとしたのだろう。

日本と中国、文化の違いの面白さを「書」という未知の芸術を通じて明確に感じることができた展覧会だった。書は公開の機会が少ないため、展覧会情報をキャッチした時はぜひ会いに行ってください。

日本や世界には数多くの
「唯一無二」の名作がある。

「そこにしかない」名作に
ぜひ会ってみてください。


展覧会は2016年4~5月に開催されたものです。展示作品は会期中6通りにわたって入れ替えられています。本執筆は2回の鑑賞をまとめたものです。
公式サイト http://www.osaka-art-museum.jp/sp_evt/ogishi-kukai

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