2016年の春と秋、京都と東京のそれぞれの国立博物館で、禅宗美術の最大級の展覧会が開かれた。
水墨画など、作品保護のために公開されることが少ない傑作が目白押しで、室町時代の日本美術に大きな影響を与えた「禅」が表現する「かたち」には、時間がたつのを忘れて見つめ続けてしまう。
日本人なら老若男女、誰でも親しみを持つ「達磨(だるま)」の由来が何であるかは、案外知られていないと思う。
今から約1,500年前の中国、隋が統一する前の南北朝時代にインドから中国に禅宗を伝えた高僧で、中国禅宗の開祖である。日本の禅宗寺院でも玄関に達磨の絵が飾られていることが多いように、禅宗にとっては最も尊敬すべき開祖なのである。
この達磨を描いた作品も多数、出品されている。室町時代の水墨画のスーパースター雪舟による国宝「慧可断臂図(えかだんぴず)」は、なかなか入門を認めてもらえなかった慧可(えか)、開祖に次ぐ二祖となる、が自らの腕を切り落として決意を示し入門を求めたシーンを描いたもの。
壁に向かって座禅する達磨の表情は微動だにせず、背中で慧可の決意を受け止めている。慧可の表情は、腕を切り落とした苦痛というよりも、入門を嘆願するゆるぎない決意を感じる。強い決意がぶつかり合う絶妙の一瞬が表現されており、その強い緊迫感に目を奪われる。
雪舟でよく知られる作の多くは風景画であり、人物を大きく描いた作は多くないからか、なおさら張り詰めた雰囲気に息をのむ。
次に一休さんの逸話でよく知られる禅問答を描いた作品を紹介したい。妙心寺退蔵院が所蔵する国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」だ。室町時代前期の画僧如拙(じょせつ)の代表作で、現存する最古級の水墨画である。
室町幕府4代将軍足利義持は「丸くつるつるすべる瓢箪(ひょうたん)で、ぬるぬるの鯰(なまず)を押さえるにはどうすればよいか」という禅問答を描かせた。絵には瓢箪を持つみすぼらしい男と鯰が描かれているだけで、絵から禅問答の答えはわからない。
絵の上半分にある当時のトップクラスの高僧30名による「賛=絵に対する一筆コメント」の中に各僧の答えが述べられている。しかしこの絵を見る者に「お前ならどうする?」と問いかけているオーラを感じる。
作品の経緯を知らずに初めて見た場合は、何を表現した絵なのかはさっぱりわからない。これこそが禅の世界を表現したものであろうが、当時の「知的な遊び」を表現したようにも見える。実に不思議な絵であり、禅宗美術の奥の深さをあらわす代表例だろう。
瓢鮎図が描かれた1410年ごろは、室町幕府の権威はまだ保たれており、安定した時代であった。中国では明がもっとも繁栄した三代永楽帝の治世で、現代でも広く知られる「三国志」「水滸伝」「西遊記」といった小説が成立した頃である。日本とは勘合貿易が始まり、日本からの中国文化への憧れが非常に強い時代であった。
日本の禅宗美術はある意味、中国文化への憧れを形にしたものであろう。今から600年前の最先端アートが「禅」だった。
日本や世界には数多くの
「唯一無二」の名作がある。
「そこにしかない」名作に
ぜひ会ってみてください。
休館日 月曜(例外が発生する可能性もあるので訪問前にご確認ください)
公式サイト http://zen.exhn.jp/