地下鉄蹴上駅から南禅寺に至るトンネル
京都の中でも特に個性があるサクラを、南禅寺でまもなく楽しめます。東山のなだらかな山麓にある境内は木々の密度に余裕があります。そのため心地よい程度に光が地面に届き、苔のみずみずしさを楽しめます。また緑の色と水の流れの音との調和がとても美しく、中世以来京都随一の別荘地としての上質な空間を保っています。
そんな中に明治に造られたレンガ造りの水路が通っていますが、これが実に明るい木々の緑とマッチしています。南禅寺のサクラはそんな絶妙の組み合わせに、一層花を添えます。600年以上の時差がある風景を借景に花見ができるのはここだけです。
南禅寺は鎌倉時代の1291(正応4)年、亀山法皇が父・御嵯峨天皇が造営した別荘を寺に改めたのが始まりです。室町時代には足利義満によって全国の禅寺の最高格付けである「五山の上」に位置づけられますが、戦国時代には戦乱で伽藍のほとんどを失います。
しかし江戸時代初期に以心崇伝(いしんすうでん)、すなわち金地院崇伝の名で知られる実力者が登場すると、寺の復興は一気に進みます。彼は家康~家光と三代に渡って将軍のブレーンを務め、武家諸法度などの重要政策を立案した“黒衣の宰相”として知られます。南禅寺は江戸時代を通じてすべての禅宗寺院の管理権を幕府から与えられ、知恩院・金戒光明寺と並んで京都における徳川の権力の象徴のような存在でした。
しかし明治になると徳川との近しい間柄があだとなります。廃仏毀釈もあって新政府から厳しい目を向けられます。蹴上から鹿ケ谷あたりまで広がる広大な土地はすべて南禅寺の境内でしたが、半ば強制的に召し上げられました。
工場地帯になる予定だったその土地は計画変更され、住宅地として民間に払い下げられます。そこには琵琶湖疎水が完成し豊富な水がありました。中世以来の別荘地の伝統があったように、自然と調和した風光明媚さに価値を見出す人も少なくありませんでした。
そのため富裕層向けの別荘地となり、明治の名作庭家・七代目小川治兵衛が多くの庭を手掛けました。現在も、現役で使用されているため普段はめったに公開されない最高級別荘として、とても静かな時をきざんでいます。
南禅寺三門は額縁のようにサクラを演出する
南禅寺は、歴史の荒波にもまれながらも自然と調和した風光明媚さを保ってきました。そんな境内にさりげなくサクラが植えられています。決して密度は濃くありません。逆に空間があることで苔や新緑の緑ととても調和します。なだらかな山麓に点在するため、高低差を活かしてサクラが立体的に見えます。とても優雅で気品のある花見が楽しめます。中世の王朝文化がまさに今に続いていると感じられます。
そんなピンクと緑の調和が美しい空間の中に、歴史を感じさせる煉瓦造りのアーチが見えます。テレビドラマのロケ地でも著名な「水路閣」です。琵琶湖疎水を市内北部に分流させるために建設されたバイパスです。分流の先はかの有名な「哲学の道」の小川です。
建設時には景観を乱すと物議をかもしました。しかし結局建設されたのは、当時南禅寺の立場がまだまだ弱かったためだと思えてなりません。聖域のような場所に人工建造物を作るのは、当時の寺の関係者にとっては断腸の思いだったでしょう。
しかし時間の経過は景観や人間の価値観を変化させます。100年以上たった現在、水路閣を見て違和感を抱く人はまずいません。それどころか集客の目玉となり、南禅寺の観光収入に絶大な貢献をしていると考えられます。水路閣の煉瓦にもサクラの花の色はとても調和しています。近代化にまい進した明治の京都市民の熱い思いを今に伝えています。
南禅寺に隣接する琵琶湖疎水インクラインもサクラの高低差が見事
南禅寺は境内や参道が広く、さほど混雑を感じさせません。近隣のインクラインや岡崎疎水と合わせて楽しむと、一層記憶に残る花見となるでしょう。京都でしかできない花見です。
こんなところがあったのか。
日本にも世界にも、唯一無二の「美」はたくさん。
南禅寺
http://www.nanzen.net/
サクラ開花状況(ウェザーニュース)南禅寺
https://weathernews.jp/s/sakura/spot/6107/
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