自分の美しさの追求を忘れ、ただただ仕事に追われる毎日と、家族と親の幸せを願い彼らに尽くす毎日を過ごしています。それ以外、何もしていない、とハッキリ断言出来るほど、自分の内面の為に裂く時間がない。だから、唯一自分と向き合えるこのブログを思い出しました、、、
何しろ、独自に作りあげた理論から7年経ってようやく、今世の中の流行という波に乗れてきたところで、出版とか取材とか執筆とか講演とか、信じられないほど増えてきて、毎日自分の仕事とそれらのオプションの仕事をこなすことで必死です。
きっと世の中で同じ仕事はしている人は一人もいないと思うと、ナニが何でも世の中のために、そして後継者を作る為にも、血を吐いてでもがんばらなければならぬ!という闘志に燃えるのですが、気がつくと朝から晩まで、仕事のことしか頭にない、、
夢の中でも、文章を考えていたりして、ヤバい感じ~
しかし、息子も小学校最後の学年になり、非常に大切な時期で手を抜けない。
母も少しづつ痴呆症が進行していて、ここも手を抜けない、という状況。
夫は仕事やら趣味やらで、ほとんど家庭にはいず、、、
ハッキリ言って、ほんの時々!?ではありますが、切れそうにもなります。
そんな中で、私を癒してくれるのは、その手を焼かせる、息子と両親であります。
彼らとの他愛のない会話と、触れ合いの中で、面倒見る立場でありながらも、甘えている自分がいます。
疲れたよ~、とか、こんなに嬉しいことがあったのよ~、とか、どんなことでも、家族は、受け入れてくれる。
ありがたい。
愛に感謝。
最近、ときおり、自律神経が乱れている感じがある。
しかたありません。だってもうすぐ、45になるのですもの、、、
ココ最近、こんな状況で、仕事に一心不乱だったので、ジムもお休みしていました.
今週から、開始し、お陰で、全身筋肉痛でございますが、
これが、非常に、メンタル的に良いのです。
夜眠るのも、朝起きるのも、大得意だったわたくしが、この数ヶ月、あまりにも辛い。
しかし今週は、深い睡眠と、爽快な朝を迎えています。
やはり、からだを動かすということは、今更ながら大切だと実感しています。
そして、最近、究極に自分を追いつめて行くと、自分の殻が壊される、ということを今更ながら、深く感じています。
壊されないと、生まれないものがあるんですね。
全ての固定観念とか思い込みとか、ぐしゃぐしゃにしてしまうと、いっとき苦しいけれど、その後、アキラメと、一方で、自分の中のフレッシュな息吹を感じる。これが爽快すぎる!
今日は、自分で自分を褒めてあげたいと思います。(こんな私をお許し下さいマセ~)
●よく頑張った!
●ヤメたくなっても、負けずに、あきらめずにやってきたね。
●継続は力になった。
●弱気もあったけれど、何しろ寝る時間も惜しみ、限界まで頑張った毎日。
●めまいが何度も起こったけれど、薬を飲み、その場も耐えました。
●決して逃げなかった。
●いらないものを捨てる勇気を持ち、そして捨てた。
●ダメな自分を含め、ありのままの自分を大好きになった!(こんな私、いまさら、しょうがないじゃん!とも言える、、)
●日々の努力が、不安なことが確信に変わった。
●シワが増えてしまった自分の顔を許せるようになったし、愛せるようになった!?(マジです)
●自分の力を信じられるようになりつつある。
●どんなにピンチを感じても乗り越える自信を持てるようになった。
●原稿等の締め切りギリギリになっても、もの凄い集中力によって、必ず間に合うことがわかった。
●自分の意識より、自分の脳が先を読んでいることを確信した。
●急がば回れ、ということも大事だということを実感した。
●上手い話があれば、ついついひきよせられそうになるが、その反対の行動をした方が、長い目で見れば、身のためになることも知った。
●りのままの自分以上を見せることは、必ずその不足分が自分に戻ってくることを知った。
●今、ここに生きている自分をこれでいいんじゃん!と90%位受容出来るようになった。(残り10%は、自分の常の課題としてストイックに残しておきたいため~)
●何が大切なのか、よーーくわかった!
●覚悟が出来た
2007年10月13日現在、自分をほめてあげたいことをリストしてみました。
しかし、まだまだ、でございます。
血を吐くまで、この人生を全うしたいと思います。
たぶん、私の人生のテーマは、修行と施す愛、なのではないかと思います。
一人でいて、幸せを感じることは滅多にないのだなあ~。
誰かの為に何かをしていることが、心から幸せを感じること。
なぜだか、今だにわかりませんが。私が、というより、魂がそう感じている。
しかし、疲れた。
寝よっ。
明日は一日、原稿を考えなければなりません。
夢の中でひらめいたりする今日この頃。
枕の下にメモ帳が置いてあります。
夢でアイデアがひらめいたら、どんなに寝てても書いてしまうのです、、、
ちょっと病んでるかもなあ~、、
何しろ、独自に作りあげた理論から7年経ってようやく、今世の中の流行という波に乗れてきたところで、出版とか取材とか執筆とか講演とか、信じられないほど増えてきて、毎日自分の仕事とそれらのオプションの仕事をこなすことで必死です。
きっと世の中で同じ仕事はしている人は一人もいないと思うと、ナニが何でも世の中のために、そして後継者を作る為にも、血を吐いてでもがんばらなければならぬ!という闘志に燃えるのですが、気がつくと朝から晩まで、仕事のことしか頭にない、、
夢の中でも、文章を考えていたりして、ヤバい感じ~
しかし、息子も小学校最後の学年になり、非常に大切な時期で手を抜けない。
母も少しづつ痴呆症が進行していて、ここも手を抜けない、という状況。
夫は仕事やら趣味やらで、ほとんど家庭にはいず、、、
ハッキリ言って、ほんの時々!?ではありますが、切れそうにもなります。
そんな中で、私を癒してくれるのは、その手を焼かせる、息子と両親であります。
彼らとの他愛のない会話と、触れ合いの中で、面倒見る立場でありながらも、甘えている自分がいます。
疲れたよ~、とか、こんなに嬉しいことがあったのよ~、とか、どんなことでも、家族は、受け入れてくれる。
ありがたい。
愛に感謝。
最近、ときおり、自律神経が乱れている感じがある。
しかたありません。だってもうすぐ、45になるのですもの、、、
ココ最近、こんな状況で、仕事に一心不乱だったので、ジムもお休みしていました.
今週から、開始し、お陰で、全身筋肉痛でございますが、
これが、非常に、メンタル的に良いのです。
夜眠るのも、朝起きるのも、大得意だったわたくしが、この数ヶ月、あまりにも辛い。
しかし今週は、深い睡眠と、爽快な朝を迎えています。
やはり、からだを動かすということは、今更ながら大切だと実感しています。
そして、最近、究極に自分を追いつめて行くと、自分の殻が壊される、ということを今更ながら、深く感じています。
壊されないと、生まれないものがあるんですね。
全ての固定観念とか思い込みとか、ぐしゃぐしゃにしてしまうと、いっとき苦しいけれど、その後、アキラメと、一方で、自分の中のフレッシュな息吹を感じる。これが爽快すぎる!
今日は、自分で自分を褒めてあげたいと思います。(こんな私をお許し下さいマセ~)
●よく頑張った!
●ヤメたくなっても、負けずに、あきらめずにやってきたね。
●継続は力になった。
●弱気もあったけれど、何しろ寝る時間も惜しみ、限界まで頑張った毎日。
●めまいが何度も起こったけれど、薬を飲み、その場も耐えました。
●決して逃げなかった。
●いらないものを捨てる勇気を持ち、そして捨てた。
●ダメな自分を含め、ありのままの自分を大好きになった!(こんな私、いまさら、しょうがないじゃん!とも言える、、)
●日々の努力が、不安なことが確信に変わった。
●シワが増えてしまった自分の顔を許せるようになったし、愛せるようになった!?(マジです)
●自分の力を信じられるようになりつつある。
●どんなにピンチを感じても乗り越える自信を持てるようになった。
●原稿等の締め切りギリギリになっても、もの凄い集中力によって、必ず間に合うことがわかった。
●自分の意識より、自分の脳が先を読んでいることを確信した。
●急がば回れ、ということも大事だということを実感した。
●上手い話があれば、ついついひきよせられそうになるが、その反対の行動をした方が、長い目で見れば、身のためになることも知った。
●りのままの自分以上を見せることは、必ずその不足分が自分に戻ってくることを知った。
●今、ここに生きている自分をこれでいいんじゃん!と90%位受容出来るようになった。(残り10%は、自分の常の課題としてストイックに残しておきたいため~)
●何が大切なのか、よーーくわかった!
●覚悟が出来た
2007年10月13日現在、自分をほめてあげたいことをリストしてみました。
しかし、まだまだ、でございます。
血を吐くまで、この人生を全うしたいと思います。
たぶん、私の人生のテーマは、修行と施す愛、なのではないかと思います。
一人でいて、幸せを感じることは滅多にないのだなあ~。
誰かの為に何かをしていることが、心から幸せを感じること。
なぜだか、今だにわかりませんが。私が、というより、魂がそう感じている。
しかし、疲れた。
寝よっ。
明日は一日、原稿を考えなければなりません。
夢の中でひらめいたりする今日この頃。
枕の下にメモ帳が置いてあります。
夢でアイデアがひらめいたら、どんなに寝てても書いてしまうのです、、、
ちょっと病んでるかもなあ~、、