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ブログ やさしい雨が降る

国籍は天にあります。

 14日の早朝、苦しかった呼吸苦から解放されて、主人が天の故郷に帰りました。

けれども、私たちの国籍は天にあります。
そこから主イエス・キリストが救い主として
おいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。 
     ピリピ 3-20

思い出深い患者さん
 訪問診療の先生は主人の死に顔を見て「ほんとに寝ているようですね。きれいですね。」とおっしゃってくださいました。そして「思い出深い患者さんです。」とも。
「恐い夢を見ますか?」とお聞きになって、「見ます。」と答えた主人に「その患者さんへの答えを持っていないんです。」と正直に答えてくださった先生。
死亡診断書を書いてお帰りになってから、郵送でいい書類をわざわざご自分が持ってきてくださり、「もう一度見せてください。」主人の顔を見て帰られました。
 5月2日、主人の病名が急性骨髄性白血病と判明。この病気は急変が特徴的で、今日にも、明日にも、あるいは一週間後か、ということがあると思ってくださいと医師から言われました。
重い肺気腫、肝機能低下、喘息等の持病がある主人の身体は本格的な抗がん剤治療に耐えられないそうです。主人は自宅療養を希望し、家族も了承して、自宅療養が始まりました。療養の様子はこれまで何度となく書いてきていますので、重複はしませんが、自分の状態がわかった日から数日経った頃、主人が財布からお札を取り、私に手渡しながらこんなことを言いました。「俺は20日に間に合わないかも知れないから、誕生日に何かやってくれ。」と。20日は次女の誕生日です。

 3ヶ月半の自宅療養は本人にとっても家族にとっても中々楽な戦いではありませんでした。何度かの急変があり、その都度家族総掛かりで対応して乗り切ってきました。訪問診療の先生は定期診察の金曜日に、その都度「よく乗り切りましたねえ。正直なところ、週明けにお会いできるとは思ってなかったんですよ。」と、おっしゃいました。

最後の戦い
 8月12日の夜は最後の急変でした。呼吸を楽にする即効性のあるオプソ内服液を飲ませ、更に私が背中をさすり、長女が右の足、次女が左の足をさすっていました。ふくらはぎは第2の心臓と言われますが、さすり上げるとほんとに呼吸が楽になるようでした。
13日午前1時頃、「悪いなあ。」と言い、30分ほど経って「もう行ってもいいんだけどなあ。」と言いました。呼吸が落ち着いてきてしばらく寝ました。30分ほどして急に飛び起き、目を見開いてキョロキョロしています。「お父さん、どうしたの?」と呼びかけ、目を合せると「まだ生きているのか。」と言いました。「生きてるわよ。」と返して笑ってしまいました。
 「ココア飲めそう?」と聞いたら「うん。」の返事。ストローでの吸う力が弱くなっていましたが、何とか少し飲めました。お握りも食べ始めましたが、半分食べて寝落ち、お握りが床に落ちました。それからも、少しの時間を寝たり起きたりが続き、4時半頃「ごめんな。」と言いました。それが言葉としては最後でした。
 「苦しいね。座薬入れようか。」と言ったら首を縦に振りました。段々薬の効きが悪くなって、6時頃横になれないので、歩行器に身体を預けて立たせ、座薬が入れられました。やっとウトウトと休み始めたと思ったのも束の間、8時30分頃にまた呼吸苦の発作が起き、訪問医に連絡しました。前日から追加された貼り薬を追加するように、との指示でした。10時頃に訪問看護師が来てくださり、血圧等を測り「では帰ります」となったときに主人がスッと起き上がりました。この状態で起き上がったのを見た看護師さんがびっくりしました。普通そんなことはないようです。主人はそれからも2~3回起き上がりました。どうも尿意を感じてのようです。
何といえばいいのでしょう。自分でやろうとする力はこの時なってもありました。それからまる一日経った頃、娘の声掛けに反応するかのように唇を動かし、スッと息が止まりました。「お父さん、お父さん。」と呼びかけながら心臓マッサージをするとパルスオキシメーターの針が動きますが手を離すと止まってしまいます。数分、くり返し、駄目なので訪問看護に電話をしたら、クリニックには連絡しましたか?と言われ、連絡と訪問をお願いしました。


天国行きの準備完了
 9時過ぎに訪問看護師さんが来てくださり、身体を拭いて着替えさせてくれました。とても穏やかできれいな顔をしています。看護師さんに「顔のお化粧は葬儀屋さんに頼んでいます。」と言ったら、看護師さんが「では最低限にしておきましょうね。」言いました。その時、気づいたのですが、主人は数日前に自分で爪切りをし、電気シェーバーでひげ剃りをしていました。看護師さんは剃り残した髭を剃ってくれたあと、爪を見ました。左手はきれいに切られています。右手は左手の力が弱っていたせいでしょう。右手ほどきれいではありませんでしたが、看護師さんは「せっかく自分で切ったんですから、これはこのままにしておきましょうね」と言ってくれました。
 そしてお化粧ですが、葬儀屋さんが主人の顔を見て、とてもきれいなので化粧の必要はないと言ってくれたのです。
何ということでしょう。主人は全部自分で準備を済ませていたのです。

 ほんとにアップしたいくらいきれいな顔ですが、そこは止めておきましょう。
その代わりにお花と、主人の棺の番をしているいちごをアップします。

 

 沢山のお花を入れて、斎場に向かいました。主人のお姉ちゃん親子と私の妹、姪が駆けつけてくれて女性に囲まれていました。

火葬の時間には主人の兄たちも数珠を持って東京に向かって祈ってくれていたそうです。

主人の気遣い
 主人の田舎は福井の山間にある村ですが、村に天台宗のお寺があり、村全体が檀家さんのような土地柄です。
信仰を持って数年経った頃、義父が亡くなりました。葬儀に向かう電車の中(中央線から新幹線、北陸本線と乗り換えていきます)で、私は心臓が高鳴って行くのが押さえられず、新幹線の中で主人に言いました。「私は自分の思いでは焼香しないけど、私の行動はみんなあなたに掛かってきます。だから、私がどうするかはあなたが決めてください。」と。主人は「焼香しなくてもいい。」と言いました。
 葬儀の場所で私の行動は村の方から指摘を受けました。主人のお姉ちゃんは「光江さん、私の友人にもクリスチャンがいるけど、その人はお花料と書かれた袋から、こっちに合わせて仏袋に変えてくれたわよ。あなたにはそんな気持ちがないの。」と言いました。「お姉さん、私は他のことなら何でも合わせます。でも、これだけは私はほんとに信じてお姉さんたちのことも祈っているので、責められてもこれだけは合わせることができないんです。」と言いました。お姉さんは「誰もあなたを責めないわよ。」と言ってくれました。
 主人の母が危なくなった時、主人は長女を連れて顔を見に行きました。葬儀は次女を連れて行きました。私には「お前は仕事が大変だから行かなくていい。」の一言でした。確かにケアマネをやっていて忙しかったけど、一人仲間はずれにされたような淋しい気持ちもありました。
 

主人の信仰
 私が信仰を持ったきっかけは主人がもらってきた一冊の本です。クリスチャンの証し集でした。

 当時主人が勤めていた鉄工所の隣りに一軒のクリスチャンホームがあって、時々集いが有り、鉄工所の奥さんも集っていました。沖縄出身の女性も集っていて、その人から主人がもらって来たのです。初めは読みませんでした。1ヶ月ほど経って、2冊目が来ました。主人の顔もあるしと思って、読み始めました。読んでいて本物だと思いました。腑に落ちたんです。そして、私はクリスチャンになりました。
 主人は頑固で言葉は少ないけど、自分の考えはしっかり持っています。でも、それを人に言うことはあまりありません。思い出すことがあります。主人はそのクリスチャンホームの集いへ一緒に行ったことが何度かあります。そのホームのご主人から「ひろしきょうだい」と呼ばれて主人は照れてでも嬉しそうでした。口には出せないけど、彼は私に反対せず、止めませんでした。今回、お姉さんにそのことを話しました。「私を隠れ蓑にしたけど、心は違っていたんですよ。」と。お姉さんは「よかった。夫婦が同じ考えだったのね。」と喜んでくれました。もう一つ、嬉しかったことは、「あなたは合わせることができないの?」と言ったお姉さんが「御花料」と書かれた封筒をくださいました。主人も喜んでいると思います。
主人が昇天した時、彼に代わってお祈りしました。

愛する主逸す様
私のわがままのために、代わりに罰せられ死なれたことを感謝いたします。
あなたの流された血によって、すべてのあやまちが赦され忘れられていることも感謝いたします。
あなたを信じますから死んでからさばかれることがないことも感謝いたします。
あなたを信じる者は、死んでも生きると約束されていることも感謝いたします。
死ぬことは終わりではありません。あなたと一緒になることです。
私の国籍は天にありますから感謝いたします。
今からのこと、すべてあなたにお任せいたします。
あなたの御名によってお祈りいたします。
 アーメン

 

今のご時世ですから、家族葬にしましたが、集会の葬儀では下の「やがて天にて」を出棺の時にみんなで合唱しました。

聖歌638番「やがて天にて」

1、御国に住まいを 備え給える  
  主イェスの恵みを 誉めよ讃えよ
    やがて天にて 喜び楽しまん
   君にまみえて 勝ち歌を歌わん

2、浮世のさすらい やがて終えなば
  輝く常世の 御国に移らん
  やがて天にて 喜び楽しまん
  君にまみえて 勝ち歌を歌わん

3、 諸共もろともいそしみ 励み戦かえ  
  栄えの主イェスに まみゆる日まで
  やがて天にて 喜び楽しまん
  君にまみえて 勝ち歌を歌わん

4、目標めあてに向かいて せ場を走り  
 輝く冠を 御殿みとのにて受けん
 やがて天にて 喜び楽しまん
 君にまみえて 勝ち歌を歌わん

 

お出でいただき、ありがとうございます。

読んでいただいた方、もっとありがとうございます。

 

追記
お墓は奥多摩霊園にペットも一緒に入れる墓を娘が買ってあります。


うちにはうさぎの「チャー」と猫の「マチルダ」のお骨があります。

主人です。

全部撮るとこうなります。

納骨は桜の咲く時期にチャーとマチルダも一緒にします。

淋しん坊の主人には丁度いいかと思います。

コメント一覧

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くぁんみぃ♡さん こんばんは。

主人は希望通り、家から出発することができました。
よかったと思っています。
お気遣いありがとうございます。
少しづつ更新を初めて行きたいと思います。
コメント ありがとうございました。
4321mtmt
おばさんさん こんばんは。

ゆっくり休ませてもらってお返事が遅くなりました。
主人は希望通り、最後まで家で過ごせてよかったと思います。
私の手が本調子ではないので、ゆっくりと更新していきたいと思います。
コメントありがとうございました。
くぁんみぃ♡
光江さま

私がダウンしている間に、ご主人様は主のもとへ戻られていたのですね。
気付くのが遅くなり、申し訳ありませんでした。

この国書の中、光江さんも、娘さんも、本当にご苦労様でございました。
今は、ただただ、ゆっくり休んでくださいませね。
おばさん
光江様
すこしは落ち着きましたか?
優しいご家族に看取られきっと
ご主人様も満足され旅立ったと思います。

お疲れが出ませんように。
まだまだ 暑い日が続きそうです。
ご自愛くださいね。
4321mtmt
てっちゃんさん こんばんは。

最後の3ヶ月半は何年にも匹敵するような期間でした。

>イエスキリストの平安と慰めがあるようにお祈りします。

ありがとうございます。
少し休んで、また歩き出したいと思います。
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山小屋さん こんばんは。

ありがとうございます。
娘共々、少し疲れました。
少し休んで、また歩きたいと思っております。
てっちゃん
久しぶりにブログを再開して、読ませていただきました。
とても素晴らしいご家族に囲まれ、幸せな人生でしたね^ ^
イエスキリストの平安と慰めがあるようにお祈りします。
山小屋
今日、久しぶりに訪問してびっくりしました。
よく看病されたと思います。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

まだまだ暑い日が続くようです。
健康に気をつけてお過ごしください。
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風の色さん こんばんは。

ほんとにいろんな導かれかたがありますね。
私は主人がきっかけだったんですよ。
あのカード、準備したわけではないけど、出てきました。
不思議ですね。

>このblogにも豊かな祝福を感じます。感謝いたします。
(うまく言えなくてすみません)

ありがとうございます。
主人も私も家族は遠方に住んでいるので、今回ほどブログをやっていてよかったと思ったことはありません。
私の方はきょうだいラインがあきょうだいたちにきょうだいたちにも主人の姪が知らせてくれた、みんなが一致して主人のことを祈ってくれました。
主人もことを幸せだったと思うと言っていただけて、感謝です。
必要な時に主はちゃんと働いてくださるんですね。

お祈り、ありがとうございます。
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hana018さん こんばんは。

はい、「ごめんな。」が最後の言葉になるとな思っていませんでした。
おっしゃるように病気がわかったときはびっくりしましたが、本人と家族が一丸となって戦ってきたので、遣りきった感があります。
主人も呼吸苦から解放されて、今は天で憩っていると「思います。
お祈りありがとうございました。
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ameさん こんばんは。

はい、主人がこの病気を得て、医療関係の方々といろんな出会いができました。医療関係が入ったことでシャイな主人の本音がわかったこともあります。
最後まで迷惑を掛けまいと頑張っていました。
そのせいでかえってこっちが大変になったこともありましたけどね。
今は安らかに天の御国で憩っていると思います。

感謝な3ヶ月半でした。
お祈りありがとうございます。
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笑美子さん こんばんは。

まあ、笑美子さんも第2集でしたか。私は染野兄姉だったんですが、古田兄姉とご縁があったんですね。
そうですか。兄姉は闘病中ですか。
あれから随分時間が流れて、段々といろいろあるんですね。
それでも天国の確信があるのは感謝ですね。
主人を見ていてもそういう思いを確認しました。

お祈りありがとうございます。
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mcnjさん こんばんは。

はい、駄目でした。
でも最後の3ヶ月半は何年にも匹敵するような濃密な時間でした。
主人も私たちも幸せな気持ちで過ごしました。
でも身体はお互いボロボロになって、ギリギリのところで主人を引き上げてくださいました。
今はただホッとしています。

お祈り、ありがとうございます。
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なおさん こんばんは。

主人が入院しても抗がん剤治療は難しいと医師から言われたとき、主人は家で、と言いました。
大変でもありましたが、密着して過ごした日々は宝物です。

お祈り、ありがとうございます。
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ピエリナさん こんばんは。

病気を突然言い渡されて時はびっくりしました。
主人はももっと大変だったと思います。
でも主は主人がちゃんと受け止められる時間をくださり、その間に家族、親族を近づけてくださいました。
ほんとに平安に御国に帰って行きました。

お祈り、ありがとうございます。
4321mtmt
なおともさん こんばんは。

はい、主人は天の御国に凱旋いたしました。

>私はキリスト教徒でないため、正しい言葉でお伝えする事が出来ずに本当に申し訳ありません。

いいえ、とてもよく分かりますよ。
私たちの気持ちを優しく受け止めてくださってありがとうございます。大変でしたが、幸せな日々でもありました。不思議な時間でした。

お祈り、ありがとうございます。
4321mtmt
水仙さん こんばんは。

はい、大変日々ではありましたが、主人も私たちもほんとに穏やかにいつものような日々を過ごすことができました。

お祈り、ありがとうございます。
4321mtmt
ムベさん こんばんは。

そうでしたか。9年になるんですね。

>天の御国に帰ったことで、苦しみから解放された平安があるのですが、
>やはり、じわじわと寂しさや心許なさが寄せてくる時があります。

わかる気がします。
今はまだ、実感が湧かないですが、これからなんでしょうね。

お祈りありがとうございます。
ムベさんのためにもお祈りさせていただきます。
4321mtmt
まんじゅう顔さん こんばんは。

主人が急性骨髄性白血病と診断されからの3ヶ月半、本人にとっても家族にとっても大変な日々ではありました。
けれども、主人がこの病気になたことで、主人の家族も私の家族もみんながドンと距離が近くなった気がする日々でもありました。
すべてが主の御手のうちだと感じることができました。
とても大変ですが感謝の日々でもありました。
最後の密着した日々が今も続いているようで、娘も私も主人に話しかけながら過ごしております。つい、お握りを買ってきます。
お祈り、ありがとうございます。
まだ、淋しさを感じるところではありませんが、これから何でしょうねえ。これからもよろしくお願いいたします。
風のいろ
遅い時間にお邪魔いたします。
光江姉妹 丁寧な分かりやすい文を書いてくださり
ありがとうございました。
信仰に導かれたきっかけになった 証の本を
ご主人がもらってきていたのですね。
ひとりひとり イエス様に導かれる道筋は色々ですが
いずれも不思議で しかも後から分かったりしますね。

一枚目の画像を見た時 「あれ?」と思いました。
最後にアップで載せてくださり やっぱり!
集会に集い始めた頃戴いたカードでした。
初めの愛を思い出す事ができました。

主の慰め、励まし、祝福がご家族様や皆様に
豊かに注がれますように。
このblogにも豊かな祝福を感じます。感謝いたします。
(うまく言えなくてすみません)
hana018
こんばんは
病気がわかった時にはとても驚きましたが
こんなに急に逝かれるとは思いませんでした
最後に言われた「ごめんな」という言葉で優しさが伝わってきます
大変な毎日だったと思いますが
ご自宅で家族に囲まれて一緒に病気と向き合えたことは
心強くて幸せなことだったと思います

安らかに眠られますようお祈りいたします
ame
光江さま

ご主人さま
本当に殘念でなりません

様々なご縁や出会いがおありでしたね
献身的なご家族の愛は素晴らしく大きな力にと感じました
二人のお嬢様も左右の足を擦られた
場面にも。。
自分を持っていらっしゃるとても
お優しいご主人さま
最後まで迷惑をかけまいとご用意なさっていたんですね
光江さまとご一緒になりお幸せだったと感じます

天国で安らかに憩われますよう
心よりお祈り申し上げます

光江さまも
お身体大事になさって下さい☘️
笑美子
光江さん、
懐かしい本です、
教会のクリスマス会で牧師のお母様から
この第二集を頂いて、集会へ導かれ
私の国籍は天にある、召されたら即イエス様にお会いすると
確信を持てました。感謝ですね。
古田ご兄姉も闘病中ですよ
イエス様から慰めと励ましが沢山ありますように!!
goomcnj
お早うございます。

いけませんでしたか。

謹んでお悔やみ申し上げます。
ご主人様のご冥福をお祈り申し上げます。
なお
ご自宅で過ごすことを願われたご主人様と
それを支えていかれたご家族の様子をずっと読ませて頂いて
なんて素敵なご家族なんだろうと陰ながら応援していました。
ご主人様、お幸せだったと思います。
お寂しくなられたと思いますが
どうぞお疲れが出ませんようお体大切にして下さいね。
ご主人様のご冥福をお祈りいたします。
ピエリナ
光江さん

あまりにも 急な発病。
ご家族の皆さんの力を合わせられてのご看病の日々。
こんなに早く 急に逝ってしまわれたことにびっくりしています。

ご主人様は心から感謝しておられると思います。
そして、今はもう苦しむこともなく 御元で安らかに過ごしていらっしゃることと思います。

光江さん、本当にお疲れ様でした。
お辛いことと思います。
どうかご自分を労りゆっくりなさって下さいね。

心からお祈りしております。
なおとも
ご主人様 天の御国に帰られ、お幸せに静かに平和な時を送られておられる事と思います。

ご家族皆様の心のこもった手篤いご看病に、いつも頭が下がっておりました。ご主人様はお幸せな人生を過ごされたと思います。

今はお気持ちが張っておられると思いますが、お疲れが出ませんように、くれぐれもご自愛下さいませ。

私はキリスト教徒でないため、正しい言葉でお伝えする事が出来ずに本当に申し訳ありません。
ただ、いつも看病をしながらもお料理に励まれ、前向きに生きて居られるお姿を尊敬し、応援していましたので、僭越とは思いましたが書かせて頂きました。
ご家族皆様のご健康お祈りしています。
1948219suisen
光江さん、詳しく書いて読ませてくださり、ありがとうございました。

ご主人も光江さんも本当に頑張られましたね。

安らかにお亡くなりになれたことが何よりだったと思います。

ご冥福をお祈りさせていただきます。

水仙拝
ムベ
初めまして、しみじみと読ませていただきました。
私も主人が80歳で天に召されて、9年になります。

天の御国に帰ったことで、苦しみから解放された平安があるのですが、
やはり、じわじわと寂しさや心許なさが寄せてくる時があります。
イエスさまがいつも近く居て御慰めくださいますように、お祈りいたします。
まんじゅう顔
ご主人の最期の日々と光江さんの思いを読ませていただき、
ご主人や光江さん、ご親族に向けられた主の温かい眼差しを感じました。
ご主人様、病気になられてからは想像を絶する辛い日々だったと思います。
よく耐えてこられましたね。
きっと光江さんをはじめとするご家族がそばに居られたからこそ。
でも、辛い思いをしている愛する人をそばで見るのは、さらに辛いこと。
光江さんとご家族のことを思うと、ただただ主からのますますの慰めと癒しがありますようにと祈ります。
神様の御もとに帰られたご主人様ですが、そばにいらっしゃらなくなった寂しさは強いことと思います。
少しずつ少しずつその寂しさを、主が良い思い出に変えてくださいますように。
うまく今の気持ちを伝えられずもどかしい思いでいっぱいですが、
ご遺族を包んでくださる主にお委ねし、祈りを捧げます。
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