ご病気がちな朱雀院には、御子のなかで姫宮が4人おられた。
なかでも女三の宮の母は藤壺の宮の妹であったが、強力な後ろ盾もないのでご案じなされていた。
私はこの姫は12-3才の成人式である裳着の式(もぎ)での大役・腰結いをおおせつかった。院にとっても私にも、現役さいごの大仕事であった。
そのとき私は46歳で、当時としては中年を過ぎた領域であった。
左大臣と最高の位であったが特にすることもなく、役所でボケーーとしているのみ。そうそう、皆様方の時代で大問題になっている、天下り・名前だけの位で、まったくの税金の無駄使いの筆頭でした。
時代も私たちの子供の時代に移行しなくてはならぬときずいた私は、出所もしなくなっていった。
なかでも女三の宮の母は藤壺の宮の妹であったが、強力な後ろ盾もないのでご案じなされていた。
私はこの姫は12-3才の成人式である裳着の式(もぎ)での大役・腰結いをおおせつかった。院にとっても私にも、現役さいごの大仕事であった。
そのとき私は46歳で、当時としては中年を過ぎた領域であった。
左大臣と最高の位であったが特にすることもなく、役所でボケーーとしているのみ。そうそう、皆様方の時代で大問題になっている、天下り・名前だけの位で、まったくの税金の無駄使いの筆頭でした。
時代も私たちの子供の時代に移行しなくてはならぬときずいた私は、出所もしなくなっていった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます