東京都の社会保険労務士のデイリーブログ 

東京都港区の社労士ブログ!人事労務から様々、ワンポイントレッスン

衣類への執着

2024-05-25 21:13:47 | メンタルヘルスの情報
こんにちは。東京都の社会保険労務士という専門家の細木(頼木)優子〔Yuko Hosoki(Yoriki)〕です。

本日は、「衣類への執着」について、書きたいと思います。

私の楽しみの一つに、衣類への執着、があります。時に夏用のトップスなら時に数百円?などの安価で、誰も購入しないような売れ残り、だけど欲しいけどもサイズが合わない、

そんな商品を見つけたことは、皆さんありませんか?そんな時、このぐらいの金額なら自分に寄付で、私は購入し箪笥の肥やしにします。

今現在LLサイズならMサイズを、現在MサイズならLかLLサイズを、私の場合は物色し購入する傾向にあります。
▲ボタンノーズ(鼻)って知ってます?だんごっ鼻(訳)?A photo directed by photoAC.

もちろん流行性や現在の風潮でもおかしくないものを、先を見越して購入するのですから、シーズンを問わずで、もちろん時に流行ハズレや終わりかけのものもあります。

そして、時の経過と共に、努力したり(⇒痩せる)、逆に楽をし過ぎたり(⇒肥える)、次第にその体形になり、ある時箪笥の肥やしと対面するわけです。

「あら、こんなのあったんだ、そうそう数百円?だったんやん、今シンデレラフィット‼」みたいな、その時の感動がドエライスゴイ!分かります?この心の騒ぎ!(笑)

時の経過を重ねて生まれたシンデレラフィット感の心ざわめく躍動感が(しかも安価で!)、その衣類を着用する度、その衣類を洗濯し乾燥させてたたむ度に、自らに舞い込むのです。

2サイクル目の肥えた時期から、痩せてきて、1サイクル目に痩せ時を狙って成功した細めの購入した衣類を、今着用してもそのジーンズ(ユニクロで格安でゲット)にはそれまでの私の歴史が既にあるわけです。

それはそれでまた感慨深いのです。もちろん、このように予定通りに行かない場合もあります。

そんな時はだいたい私の家庭の場合では、祖母がそれを欲しがったり、娘が欲しがったりもするので、これもまたリユース感の満足感が一塩なのです。

そんな楽しみのご紹介でした~。

以上、東京都の社労士(社会保険労務士)「細木(頼木)優子(Yuko Hosoki(Yoriki))」でした。




自らの希求

2024-05-25 15:23:12 | メンタルヘルスの情報
こんにちは。東京都の社会保険労務士という専門家の細木(頼木)優子〔Yuko Hosoki(Yoriki)〕です。

本日は、「自らの希求(ききゅう)」について、書きたいと思います。

私思うんです。国同士の諍(いさか)いや、対人関係のこじれでも、相手に報復したい同じ痛みを味合わせたい、と思うことも人間同士時にあるかもしれません。

しかし、本当の報復とは何か、を考える時を迎えていると思うのです。私が思う相手への本当の報復とは、「自らが幸福でいる」ことです。

健康で、穏やかに、罪を犯さず、公明正大に、相手をも大切に生きて行く生き方だと思います。
▲ナナホシテントウムシ A photo directed by photoAC.

時に、相手から不意に不用意なふっかけられるような物事や、言動、強い言葉もある時もあるかもしれません。そんな時大事なことは、

自暴自棄や卑屈にならず、己をまず大切に、自らを愛おしみ尊ぶ姿勢が人生を切り開く大事な要素だと信じています。

罪を犯したり、自らを捨て身にすれば、一層尚相手の思うつぼで、相手にほくそ微笑む所以(ゆえん)を真っ先に与えます。この「ほくそ微笑む」は否めない人間の喜怒哀楽の一つだと、50年人生生きて来て確信します。

相手がほくそ微笑む、それだけは悔しい。そんな負けは嫌だ、だからこそ、益々健康に留意し、自らの本当の幸福を希求するように、日々を送ることこそが、先祖への供養だとも考えています。

以上、東京都の社労士(社会保険労務士)「細木(頼木)優子(Yuko Hosoki(Yoriki))」でした。

総じての和

2024-05-03 11:14:05 | 社会保険労務士の日記
こんにちは。東京都の社会保険労務士という専門家の細木(頼木)優子〔Yuko Hosoki(Yoriki)〕です。

本日は、憲法記念日特集と銘打って、「総じての和」を書きたいと思います。

素人加減の個人の意見ですが、例えば憲法9条や夫婦別姓がどうあるか、について様々な立派な方の議論があるわけです。本日もありました。討論番組を見て思うことは、どの条文を突出してどうするか、

等だけではなく、憲法の条文内全てを通してでの均衡性をも重んじた、政策や施策だったり、条文議論や解釈だったり、が必要なのではないか、と考えます。

「総じての和」という意味で、条文全てを通して、何かがたゆんでもいけないし、何かが突出して発展形だけでもいけない気も致します。
▲ゴールデンウィーク!掃除片付けし時だワッショイ!A photo directed by photoAC.

解釈については、様々な学者の方が既に念頭に置いて考えておられるわけですから、それをも踏まえて学者の方の中でもどの学者の説が一番、条文全体からみて均衡性のある解釈で、それによって何が今現在足りていないのか、

いや寧(むし)ろ、全体の均衡から見て、何かを突出させなければならないとしたら、それはどのような根拠でどのような例外として、今後はどうある予想が成り立つのか、その成り立ちに確証はあるのか、

既に充足し過ぎることはないのか、をそもそも議題として過去を基に特に未来について、議論する必要もあるのではないか、と思います。ある国民が、今現在、こう思っているから、こう困っているから…、も大事ではあるのですが、

全体を総じて、過去の経験から踏まえる故人からの大切な戒めや教え、憲法をいかにどう扱うのか、ということは私達日本人の歴史をどう扱うのか、ということに等しく?、

何より誰しもの納得感のある憲法に基づいた、もちろん時代的背景の異なりも踏まえての、温故知新的な議論が先人からの私達へ手渡されているバトンなのではないでしょうか。

既にしたり顔の方多い?(笑)ー誰がどう危機感を感じて、この政策が良い、という直感だけではなく、過去から現在に存在する「総じての和」をも根拠に、大切にしたいですよね。

以上、東京都の社労士(社会保険労務士)「細木(頼木)優子(Yuko Hosoki(Yoriki))」でした。