gooニュース
https://news.goo.ne.jp/article/dailyshincho/nation/dailyshincho-618054
根底にあるのは
自己中御都合主義の主体思想ですから。
感性は、日本人と異なるものです。
既に手遅れ、重篤化し、トリアージしかないでしょう。
歴史上も、戦前から日本国民を煽り、混乱を招き、
国の破壊活動をし続け
常に時流に便乗し
時の勢力に媚びて、言論を手のひら返しし
世論誘導を謀ってきた「プロパガンダ機関」の末路。
かつてアカ日のエラい人が
「安倍の葬式はウチで出す」
などと暴言を吐きましたが
もはや
「アカ日新聞の葬式は日本国民が出す」
のブーメランになってしまった模様。
哀れです。
以下引用>
朝日新聞、SNSで謝罪つづく “とりあえず謝る”の自己矛盾
朝日新聞は日ごろ、社会には多様性が必要、表現のあり方も多様であるべきだと声高に説くが、自らのふるまいはそれを見事に否定しているのだから世話はない。
まず3月13日。小滝ちひろ編集委員がツイッターに「超大国の大統領が恐れ慄く。新コロナウイルスは、ある意味で痛快な存在かもしれない」と投稿し、強い批判に晒された。すると朝日は15日の朝刊で「『痛快』という表現は著しく不適切」と全面的に謝罪した。
「あれには(渡辺雅隆)社長も“ウイルスを痛快とは何ごとだ”とおかんむり。直後の取締役会でも話題になったほどでした」
とは朝日関係者。権力者を高みから嘲弄する、いかにも朝日らしい物言いだが、事実関係の誤りならまだしも、論評に対するネットでの反発に“とりあえず謝っとけ”的な姿勢は結果、悪しき前例となった。
次は18日に台湾を訪れた吉岡桂子編集委員が、現地で事実上の隔離対象となった際、「台湾映画の舞台にもなった街の再訪も考えた」旨を朝日のフェイスブックに投稿。これが「ピクニック気分か」と非難されるや、朝日はすぐさま「配慮に欠けた表現がありました」とまたも“即謝罪”に及んだ。
ちょっと待て、取材地での滞在先について思案する過程を記したところで一体、ナニが悪いのか。傷ついた、不愉快な思いをさせられたと楯突く手合いに、面倒だから頭を下げておくというのでは、言論機関の看板が泣きますぞ、朝日さん。
元「週刊朝日」編集長の川村二郎氏が呆れる。
「なべて多様性が大事だと主張する一方で、自らは言論や表現を封殺する。事なかれ主義が肥大化し、自己矛盾にも気づけない……」
病根は深そうだ。
<引用終わり
何もアカ日新聞に限った事ではなく
テロ朝等、「アカ日系列」全般に言える事です。
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