世界に評価されていた安倍元首相 国葬はやって良かった
これが、国内における国葬の議論に影響したと考えられる。7月に安倍元首相が暗殺されて以降、「平和主義」を支持する人々は、国葬に反対するキャンペーンを全力で張った。例えば、統一教会の問題は、実際には与党だけでなく野党も関係を持っていたのに、国葬反対キャンペーンの人々は与党との関係だけを取り上げて反対した。 国葬への費用が高いという批判も同じだ。実際には、国葬ではなく、別の葬儀形態をとったとしても、費用が一定程度かかることは、あまり議論されなかったようにみえる。つまり、国葬に反対していた人々にとっては、統一教会との関係や、かかる予算は、それほど重要ではなかったのである。国葬反対派にとって重要なのは、安倍元首相の「平和主義」を転換させようという構想そのものを、つぶすことだったとみられる。 7月の暗殺から9月の国葬まで2カ月半あったことは、国葬反対キャンペーンに十分な時間を与えた。こういった議論と関係したくない人々から見れば、こういった争いそのものに巻き込まれるのに嫌気がさした。それで、多額の費用をかけてまで、国葬をやるべきなのか、疑問視し始めたのである。
初めて世界史を変えた日本人
このように、日本で国葬の是非が分かれたとしても、実際には、安倍元首相の上げた業績は、明らかに国葬に値する。それを理解するには、日本の歴史について考えなくてはならない。 そもそも、過去2000年の間、日本人で、世界の歴史を変えた人がいるだろうか。科学技術分野では、素晴らしい成果もあるかもしれない。しかし、世界政治を動かしたといえる日本人はほとんどいない。源頼朝であろうと、徳川家康であろうと、その成果は島の中にとどまり、世界政治を動かしたとは言えないのである。 戦後、国葬に値する政治家として、吉田茂の名前が挙がる。たしかに吉田茂は偉大な政治家で、第2次世界大戦で破壊された日本の基盤を再建した点で、大変重要な政治家である。しかし、それは日本にとって、だろう。 吉田茂は、世界の歴史を変えた人物というべきだろうか。吉田茂が、米国の軍事戦略に使われる戦略概念をつくり、それに基づいて、大国である中国と世界の覇権を争うに至ったのだろうか。そうではないだろう。日本にとっては国葬に値する大変重要な人物だが、世界の歴史を動かしたとまでは言えない。
このようにしてみると、過去2000年に、日本から世界はこうあるべきだという戦略概念を紹介し、実際に受け入れさせた日本人はいない。日本発を実際に体現した初めての政治家は、安倍元首相である。それは「インド太平洋」「クアッド」を提唱し、各国を説得することでなされた。 米中対立がエスカレートする中、安倍元首相の世界史への貢献は、より重視されていくだろう。だとすれば、安倍元首相を、日本人の手で、国葬にするのは当然だ。
課題はこれから
ただ、問題はこれからである。今後、安倍元首相なしに「インド太平洋」「クアッド」を継続し、発展させていかなければならない。そこに大きな不安がある。 今回の国葬の各国からの出席者を見てみると、ある傾向が見て取れる。主要7カ国(G7)をはじめ、ヨーロッパ諸国の出席者は、高位ではあるが、トップランクではない(例外はEUのミシェル大統領)。安倍元首相のスピーチライターだった谷口智彦氏は、Boei Cafeのインタビューの中で、ヨーロッパ諸国にインド太平洋を理解させるのに、時間がかかったことを指摘している。地理的に離れたヨーロッパは、インド太平洋に対する関心がやはり低めである。 一方で、インド太平洋各国からは、トップランクの高官が来ている。豪州やインド以外にも、ベトナム、シンガポール、インドネシア、フィリピン、カンボジア、モンゴル、スリランカ、パプアニューギニア、パラオ、トンガ、バーレーン、ヨルダン、カタール 、タンザニア、コモロ諸島などは、トップランクの高官を派遣してきた。つまり、安倍元首相の功績は、どちらかといえば、ヨーロッパよりは、インド太平洋諸国から評価されている。 今、ロシアのウクライナ侵攻によって、日本は、G7諸国、特にヨーロッパ諸国と歩調を合わせている。そのことそのものは、いい政策だ。だが、もし日本が、インド太平洋各国への配慮を欠けば、安倍元首相の成果は、無くなっていくだろう。 国葬をめぐって各社の報道を見ていても、G7諸国からの出席者について報じられる一方で、他の国からの出席者への関心が低いように見える。安倍元首相の功績を活かしていくには、日本は、「地球儀を俯瞰」し、もっとインド太平洋に目を向けるべきなのである。
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