循環無端~cycle endless~

土を耕し野菜を栽培する。栽培した野菜を発酵作用等で加工し、食す生活を夢見ています。

一期一会

2018年01月12日 07時24分14秒 | 徒然なるままに(日記)
1月12日(金)-5℃/1℃ 晴れ

 九州など大雪に見舞われている反面、青森・弘前の積雪はほとんど30cm~50cmで、この数日は
アスファルトが見えている。

 一昨日は大学時代の同期で、同じサークルに所属したN君、そして昨日は長崎のT君と 電話で話した。

西村君は年金生活で、毎日散歩だという。前立腺がんの手術をしたらしい。今年は一度再会しておきたいという話になった。
 長崎の谷口君は米販売店で、近頃は配達の仕事が少しある程度という。灯油なども販売しているとか・・・
今回の大雪で、10センチいじょの積雪があったらしい。長崎も坂の町で、配達も大変なことがあるらしいが、
何とか頑張って続けているという。彼も今年年金生活がスタートする。

 声だけ聴いて居れば、昔の若いころを彷彿させられる。
 そういえば麻雀仲間だった同じサークルの中島君が昨年逝去したという。私が知っているサークルの仲間で逝去者が結構いる。
1年先輩では吉葉さん、冨山さん(新潟)、同期では土屋君(東京)、後輩では佐藤君(山形)などである。

 また会おうと言って別れても、会えなくなることが多くなった昨今である。会える時にはあっておくべきだとまた思うことだ。


創作・短歌

2018年01月10日 17時40分39秒 | ETUDE
・手弁当妻は好みを知りており我の気に入るおかずぎっしり

・矢のごとき棘ある言葉裡にあり放てる人は忘れおりしも

・親友の懐かしき声電話にて聞きつつ昔よみがえりおる

・失敗と悔恨を着て成長すそろそろ脱皮を決行するか

・幼少の己が裡に住みておる変わらぬ自分を栄養にして

・この次の生まれ変わりは蓑虫だ風に揺られて右に左に

・あるようで無いものばかり人の世は生まれてこの方夢のよな日々

・愛憎は紙一重とかいうけれど目覚めた末の枯れ尾花

・昔より地球は丸いとわかってて自国以外は見えない怖さ

・酸味ある漬物だとかマッコリは飲みやすきかな飲みすぎ注意


・便利さの裏に潜むはパソコンの半日分が一瞬でパー

・雪室のリンゴのごとく我もまた雪に埋もれて甘みを増すや

・ちくちくと時折とげを刺す妻は心の内にマグマありせば

・誕生日酸化速度が速まった六十六才我早生まれ

・亡き父に嘘つきは泥棒の始まりと言われ直らずにまだ

・散髪で妻の持つ手にバリカンがたった五分よ髪の少なき

創作・詩「借りたら返す」Part2

2018年01月10日 07時28分19秒 | ETUDE
啓作さん(82歳)農業
一人暮らしの老人
足が不自由になって
民生委員さんが
ヘルパーを紹介した
啓作さんは
今まで自分で
できることは何でもやった
米を作り
野菜を作り
そして
包丁を砥ぎ
藁を編んで
山菜取りの時に使うバッグを作った
藁のスリッパや
ご飯が冷めにくいようにと
お櫃(ひつ)のカバーも藁で編んだ
近所の神社の草刈りも
頼まれなくてもやったし
しめ縄も
村の人がやらないので
自分で作って飾った
啓作さんの自慢は
登山囃子の太鼓を叩くこと
町の企画でフランスにも行ってきたと
アルバムを見せてくれた
その彼が続けたことは
ヘルパーさんに世話になるからと
いつもヘルパーさんの帰り際には
白菜やほうれんそうジャガイモなどの野菜を
お礼にと手渡した
「人から借りたら返すのが礼儀だ」
そう啓作さんはつぶやいた
借りるということは
自分のマイナス
気持ちが重たくなる
その重たさを軽くするために
自分のできることで返す
啓作さんの思想だ
立ち位置だ
もし人の親切を受けて
借りっぱなしだったら
貸した人は借りた人を
どう思うだろうか
あんなにしてやったのに
何にもお返しが
来ないと思うだろうか
困ったらお互いさまが
昔は隣組同士
結いというつながりもあったのだ
返せない人は
どう思うだろうか
申し訳ないと
思わない人はいないだろう
何にも返せない人は
何を返したらよいのだろうか
感謝という気持ちの表明だけで
良いのだろうか



創作・詩 「借りたら返す」

2018年01月09日 17時46分16秒 | ETUDE

日本人は形にこだわりがある。
年賀状が一番その代表だ
相手とこちらの貸し借りという気分
いただいたら返すのが当たり前
でも
そろそろあの方とは終わりにしたい
そういう思いもある方が混じってくる
相手が書いていただいたから
我が家のだれだれが死んだら
我が家のだれだれが結婚した時
我が家が隣の火事に合った時
お見舞いいただいた
香典いただいた
ご祝儀いただいた
それが借りた気分になる
借りたものは返すのが日本人の道徳観
どっかで
終わりたい慣習

仕事始め

2018年01月09日 07時01分31秒 | 徒然なるままに(日記)
1月9日(月)雨~雪

 昨日からようやく出勤し、それなりにたまっている決裁書類に理事長印を押す。
理事長印は理事長室の金庫の中にあるのだから、よほどのことがない限りは、理事長が出し入れすることになる。

 理事会で決まった事項や、契約事項、職員採用に伴う雇用関係書類などがほとんど。
 それが終了すれば、経営会議にかける案件の整理。現在は理事の退任による補充案件。
そして理事会や評議員会の日程調整。

 AM9:00~PM4:00が私の勤務時間である。

 日曜日と月曜日は娘が帰宅することもあって、
その送り迎えも私の仕事。きょうは娘たちはあうんに通所し、その後はグループホームに戻ることになる。
 次女は介助で何とか歩いてくれるが、長女は体重がけっこうあり(53Kg)、最近は背負うのも一苦労。
いつまでオンブできるのだろうか?と思っている。

 正月のような長期の休みがあると、腰痛ベルトなしにはケアできない。移動の介助、入浴介助、トイレ・・・。
今回は1日と2日が獅子の活動日だったこともあって、その余波はカミさんの腰に来てしまった。

 今年の誕生日で二人の娘は42歳と40歳になる。親も老いるわけである。
 帰宅した翌日の朝はヘルパーが来て介護してくれるので、かろうじて保っているというのが本音かもしれない。

 義母(88歳)は、この孫たちが戻らない週があると寂しいのか盛んにカミさんに「きょう〇〇は戻るのか?」と
何度も聞いている。そんなに切望しても我々の体力気力も限界があるのだから、ねこっ可愛がりのような気が
している。

 きょうはそういうわけで、事業所へ娘たちを送れば、その後の心理面と身体面の解放となるのであるが・・・。