音信

小池純代の手帖から

日々の微々 240424

2024-04-24 | 歌帖
・芒種三首・


    螳螂生*かまきりしやうず

  ヴィーナスのやうに泡から生まれ出て果てはサロメのやうにMantis


    腐草為蛍*ふさうほたるとなる

  水草が朽ちて蛍になるのなら星は流れて雪となりなむ

  水草:みづくさ


    梅子黄*うめのみきばむ

  青梅の微量の毒をなつかしみ惜しみ羨しみ黄熟の梅
                    羨:とも






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日々の微々 240418

2024-04-18 | 歌帖

     春夏  


 くもりなき塗りのお重に容るるものなく「然らば」と光が籠もる

                        然:しか


 わがままな人用の椅子ひとつあり誰彼我が席をあらそふ
                   誰彼我:だれかれわれ


 肝試し的な夢にて脅されつ騙されつして試されてをり


 春よ春花たてまつる夏よ夏鳥たてまつる風ことごとに








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日々の微々 240416

2024-04-16 | 歌帖
・小満三首・


    蚕起食桑*かひこおきてくはをはむ

  桑を食む絹にならうがなるまいが良い音立てて食む虫我は


    紅花栄*べにばなさかふ

  紅花の緋色黄色をこきまぜて久礼乃阿井とふ染め色あはれ

                  久礼乃阿井:くれのあゐ



    麦秋至*むぎのときいたる

  ほんたうは夏なのですが麦なので秋の金色いちめんの波







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日々の微々 240407

2024-04-07 | 歌帖
  
     亡人花
  

 亡き人はただ花ぐもり花ぐもり咲いて白濁散つてだくだく


 六塵はことごとく文字花も文字亡き人も文字亡き人は花


 亡き人は夢のなかにて自在なりふたたび生きてふたたび死にき

 
 咲き咲き咲いて花の始めに白く散り散り散つて花の終りに明かし


    *六塵悉文字(『声字実相義』)
    *生れ生れ生れて生の始めに暗く(『秘蔵宝鑰』)









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雑談60

2024-04-03 | 雑談


 あたらしき墓立つは家建つよりもはれやかにわがこころの夏至
                  塚本邦雄「幼帝」『緑色研究』


最近、この歌がとても現実的に感じられる。
数十年前にはシニカルでアイロニカルで毒のある歌だと思っていた。
いまはむしろ心象および事象を写実的に表現している歌だと思う。
所謂「魂のリアリズム」って、もしや、これか、とさえ思う。

あたらしい墓とはほんとうに、あたらしい家のことなのだ。
墓石に「なになに家」とあるのは伊達ではない。
はれやかなのも嘘ではない。深い安息と清々しさがある。
そんなことを思う年頃になった。

あたらしい住処を星や月や heavenly bodyに見立てるのも、
また晴れやか。

 天體は新墓のごと輝くを星とし言へり月とし言へり 
    にひはか           葛原妙子「薄暮靑天」『鷹の井戸』







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雑談59

2024-03-15 | 雑談

土岐善麿『京極為兼』を眺めていて目にとまった一節。

── 草木を風吹きて枝をならすも、柯は哥也とて、それまでも歌なるよし、
  撲揚大師も釈せられて候ふとかや     (「為兼卿和哥抄注」)


撲揚大師(唐の僧、智周)が説いたことばを引いたもの。
こんな意味のようだ。

 草木を風が吹いて枝を鳴らすのだって歌ですよ。
 枝つまり柯。木偏に可。可を重ねれば哥、すなわち歌。

それで思い出したのがこの一節。

── 歌人とは、名も無く、位も無い人だとわたしは思います。
  一本の樅の木が、ただ空に向って突っ立っているようなものだ。
  そこを風が渡れば、それがすなわち歌なのです。  
           (玉城徹「歌人と歌と」『短歌実作の部屋』)


「草木を風吹きて枝をならすも、柯は哥也」
「そこを風が渡れば、それがすなわち歌」

よく似ているもの同士がうなずきあっているようだ。
ここから思い出すのが次の一節。

── 最終的に、自身にもはかり知れざる、ある力がはたらいて
  一首が完成する。     
    (「酢牡蠣一つ」玉城徹『わが歌の秘密』村永大和編)


風が吹く感じはちょっと薄れるけれども、
風に吹かれる草木の身になれば斯くの如きか。

この文言は『村木道彦歌集』(現代歌人文庫)の「ある日の日記」に
引用されていたのを見たのが最初。
(そこでは「はたらいていて」とあったが原本では「はたらいて」)。   


 わがこころまずしかるべしコロンバンのチョコレートや春やにおやかなれど  
                       村木道彦「逆光の春」









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雑談58

2024-02-23 | 雑談


2023年12月31日分の文字部分を手違いで
消してしまいました。
画像に少々の説明を付けて再掲します。失礼しました。


 安藤礼二『死者たちへの捧げもの』


中扉一面の黒が小口では細縞模様に。




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日々の微々 240215

2024-02-15 | 歌帖
  240215


    如月三首
 
 如月の階段寒寒暖寒暖ときにあわゆきときにいかづち


 さみしさaiiaかなしさaaiaきさらぎiaaiささやきaaai


 理不尽な貴婦人に理の光の矢令和六年きさらぎの月









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日々の微々 240203

2024-02-03 | 歌帖

  240203





  ・立夏三首・


     蛙始鳴*かはづはじめてなく

  朗々と蛙は唄ふ遠き日の御玉杓子の頃の譜面を

      蛙:かはづ



     蚯蚓出*みみずいづる

  皮肉が刺さらぬこともあるわいな匍匐輾転忸怩のミミズ
  皮肉:サタイア



     竹笋生*たけのこしやうず

  雨ののち筍出づるそのやうに屈原出でよ高きにさやげ
       筍:たかんな









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日々の微々 240116

2024-01-16 | 歌帖
  240116



  ・穀雨三首・


     葭始生*あしはじめてしやうず

  おほつちに雨が刺さつたその痕を葦は鋭く空を突き刺す


     霜止出苗*しもやんでなへいづ

  あの白い霜の布団がなつかしく愚図愚図と苗代の苗

                   愚図愚図:ぐづらぐづら



     牡丹華*ぼたんはなさく

  咲いてみて初めて分かるかんむりの無闇な重さ花の王さま









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日々の微々 240110

2024-01-11 | 歌帖
  240110



  ・清明三首・

     玄鳥至*つばめきたる

  つばくらめ春をかぞへて泣くさうなふたはるみはるよはるいつはる

     鴻雁北*がんきたへかへる

  かりがねは空の氷が好き過ぎて春を逃れて急ぎにいそぐ

     虹始見*にじはじめてあらはる

  虹といふものたちあがり去りにけりまぼろしよりもやや遅に消ゆ








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日々の微々 231226

2023-12-26 | 歌帖
  231226



  ・春分三首・

     雀始巣*すずめはじめてすくふ

  小すずめが巣屋へはこぶひとつづつ小枝の屑や春花の屑や
         巣屋:すうや       小枝:さえだ 春花:はるはな


     桜始開*さくらはじめてひらく

  いざ桜いざいざさくら哥はれよかの子のりなが西行こまち
            哥:うた

     雷乃発声*かみなりすなはちこゑをはつす

  花の色匂ひのいろの迅さかな春の夜空のいかづちのこゑ


   
  渡辺省亭「雀啣落花」部分






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日々の微々 231222

2023-12-22 | 歌帖
  231222



  ・啓蟄三首・

     蟄虫啓戸*すごもりむしとをひらく

  ザムザ氏のおのづからなるふるまひを咎むるなかれ寧ろよろこべ

     桃始笑*ももはじめてさく

  桃の花はちさき貌ちさき唇喃語の如くうつろふゆらぎ
            貌:かんばせ 唇:くち


     菜虫化蝶*なむしてふとなる

  あれとこれむすびつかねどその間にさなぎの日々のカオスありけり
                   間:あひ












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日々の微々 231214

2023-12-14 | 歌帖
  231214



  ・雨水三首・

     土脉潤起*つちのしやううるほひおこる

  ほのぼのと明くるおほぞらみづみづとゆるぶおほつち相和して春
                               相和:あひわ


     霞始靆*かすみはじめてたなびく

  春の朝をうつとりうつそりたゆたへるあれはかすみといふ果無者
                                 果無者:はかなもの


     草木萌動*さうもくめばえいづる

  草も木も凡夫も終には仏なり草木悉皆手をたづさへて
           終:つひ   草木悉皆:さうもくしっかい











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日々の微々 231128

2023-11-28 | 歌帖
  231128



  ・立春三首・

     東風解凍*はるかぜこほりをとく

  いいことがやがて来ますと風は告ぐここでしばらく待たうとおもふ


     黄鶯睍睆*うぐひすなく

  梅の花うぐひすのこゑゆるい風なんのちからももたない同士


     魚上氷*うをこほりをいづる

  うすごほり浮き名うたかた魚の影なつかしびとの噂幾許
                             幾許:いくばく












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