雑談32
2021-12-24 | 雑談
「奉和聖製江上落花詞」 有智子内親王
本自空伝武陵渓 地体幽深来者迷
今見河陽一縣花 花落紛紛接烟霞
孤嶼芳菲薄晩暉 夾岸飄颻後前飛
歴覧江村花猶故 経過民舎人復稀
対落花 落花猶未歇 桃花李花一段発
倏忽帯風左右渡 須臾攀折日将暮
歴乱香風吹不止 湖裏彩浪無数起
看落花 落花作雪満空裡 空裡飛散投江水
可憐漁翁花中廻 可憐水鳥蘆裡哀
唯有釣船鏡中度 還疑査客与天来
有智子内親王:うちこないしんのう(807~847)
女流漢詩人。嵯峨天皇の皇女。初代賀茂斎院。
この詩は嵯峨天皇の行幸に同行した折、
淀川のほとりの落花を詠んだ十三、四歳の頃の作
とされる。
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〈翻案歌〉
和して詠める十首
これやこのむかしがたりの果て知らぬゆめまたゆめの谷をたづねて
いちめんの花につぐ花いちめんの水のけむりも春のかすみも
ゆふかげの花は孤島を 川岸にかがよふ花はひとりをつつむ 孤島:こじま
みづの辺を花はめぐりぬわたくしは人に会ふまで花をめぐりぬ
ももの花すももの花の咲き満ちて満ちてののちをなほ咲きさかる
咲きわたり吹きわたりつと澄みわたり花手折るとき昏れわたりたり
はるかにて風みだれつつみづうみにささ波のたつ尽くるなくたつ
おほぞらに身も世もあらぬ花の雪みなもに捨つるうつつうつしみ
みづどりもすなどりびともあはれなれ花にまみれて花にまよひて
波たたぬみなもはかがみこのままにそのままにただ空のかがみに
††
在世当時、漢詩文は女性にふさわしくないものではまだなかった。
和歌よりも漢詩文が全盛の時代。
日本の詩歌史にとって明る過ぎたのか、翳りが深過ぎたのか。
「もし和歌に手を染められていたら、かならずや
小町以上の作品を残されたにちがいない」(小西甚一『日本文藝史』)。
有智子内親王の後、江戸時代に女流漢詩人が登場するまで
千年ほど時間が経った。
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(菊池容斎 著『前賢故実』より)
有智子内親王が御簾の奥、几帳の奥でうつむいておられる図。