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読書の森

誰が生活費を稼ぐか? その1

実は、私の父親は借金を返してくれない人でした。
お金を借りると言うと、銀行や消費者金融などを想像される方が多いでしょうが、父が依頼するのは周りの人ばかり、お金を出すのが、伯母達、正社員になってから妻(母)と娘(私)でございます。

一見して父は恰幅もよく人相も尋常で、そんな人に見えませんし、お金を出す側も身内の事で口外しません。
周りの誰も知らない事でした。


父は非常に情けない人でありましたが、働かない人ではなかったのです。
オシャレが好きで、主に婦人服を売る仕事をしておりました。問屋から卸して直接販売する形なので安い値段で販売出来るのですね。
景気が良い時は非常に儲けは多いですが、その時に品物を買い込んで、結構ロスが出たりしました。
躁鬱傾向がかなりあって、景気が良くなると機嫌がとっても良く大きな事を言うし、景気が悪くなると布団をかぶってゴロゴロで「ダメだダメだ」と宣う。

全くお恥ずかしい話ですが事実です。一人っ子の自分、母方より父方によっぽど似てるんですね。母と私が喧嘩すると「そう言うとこお父さんそっくりだ」と憎々しげに母が言うので、そこでエスカレートしちゃう事がよくありました。


悪い遊びに走る人はよくいますが、父は全然遊びを知らない。お酒が飲めないし、女遊び一切無し、ましてや博打なんて大嫌いだった。
父がお坊ちゃまだった学校時代に祖父が事業を始めた甥の保証人となり、その事業が見事大失敗で、借金全部ウチにかかってきたのです(お話みたいですが事実です)。

そこで借金を逃れて実家から持参した財産を守るために、祖母は祖父と戸籍上離婚します。しかし子供は全員祖父の籍で、子どもを借金から逃す為、未婚の姉妹は戦前の朝鮮、父は戦前の台湾に奉公に出されたのです。

現地の人はそれぞれ不幸な成り行きには同情してくれましたが、預け先の祖父の商売相手は内心迷惑だったかも知れません。
父は奉公が嫌で嫌で当時神戸や西宮に嫁いだ姉達の下に逃げたのです。皆、貿易関係の仕事で成功した家で厄介者ですけど父を置いてくれました。

その理由の一つは、父親がその割と由緒ある実家の跡継ぎだったからでございます。
父の青春は神戸の街にあったらしいです。
戦前の異国情緒たっぷりの神戸のムードを父親はたっぷりと味わったと思いますよ。
ただし全然女遊びをしなかったらしい。

何故なら身体に決定的な傷があったからで、家事子育てをお手伝いさんに任せてた祖母の手違いでそこに(男子のシンボル)見せられない傷があったから、なのです。


中退、父と母の姓が異なる、だけでない、父親の持つ劣等感の本が男として屈辱的なその見かけだった。
故に同性と一緒にお風呂に入るのも嫌、女性を抱くのも見られると恥ずかしい、と言う性格になってしまった。
のです。

父親よりよっぽど積極性に富む女兄弟はこのデリケートな性格に全く気づかなかったらしい。
あろう事か、一目で好きになり経歴全て嘘ついてgetした妻、つまり私の母はこれを全然理解できない。

両親とも女系家族で育って、まあ昔で言うその県の家柄ですわね、そこで結婚した訳なんです。
が大変な事になっちゃったのです。

追記:
このようなお恥ずかしい話をフィクションでも母の話としても過去に出しました。この度恥を又晒すのは関係者は全て故人になっているからです。

もっと大きな理由は私の昔の友人の何人かの方が拙文を読んでくださってるのに気づいたからです。

ごめんなさい🙏

読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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