読書の森

幻の河原町

 


大阪で暮らしていたころの話です。

気持ちの良い秋の日、私は阪急淡路駅の時刻表をじっと見つめていました。

淡路駅は初めて降りた駅で、昭和の雰囲気を漂わせています。

実は私、所要を済ませた後帰る方向を間違えていたのに気付き、慌ててここで降りたのでございます。

ところが、反対側のホームに着く電車の行く先は見知らぬ駅名。

秋らしいさわやかな気候だというのに汗が吹き出しそうで目もくらみます。

 



見知らぬ土地、見知らぬ駅、見知らぬ人々、殆ど異邦人の心地がした時、私の目に入ったのが京都「河原町」行の電車です。

目が覚める思いです。

昔何度も旅行した京都の懐かしい駅名です。

このまま乗っていけば京都に着くのだ、隣同士だもの。

夫婦連れがのんびりとした様子で乗っていきます。

私の脳裏にさらさら流れる鴨川の風景が浮かびます。

あの川も、周りの建物もずっと変わらないのだ、この電車に乗って鴨川に夕日が沈むのを見たい。

何度か行った祇園の雅な街を歩いてみたい、そこから八坂神社へお参りして、甘いものどこで食べよう。

ご時世も、自分の置かれた状況もすべて忘れて、短い夢を見ました。

現実に帰れば、痛む脚は京都の町歩きには無理だし、帰途又迷わないとも限りません。

ここまで来て徘徊老人に間違えられたら目も当てられません。

河原町行の電車はゆっくりゆっくり動き出して、だんだん遠く小さくなっていきました。

 



しおしおと首をうなだれた私は、それからしばらく待って千里行の電車で帰途についたのです。

淡路駅は、珍しいことに阪急千里線と阪急京都線が時間差を作って同じホームで発着しています。

千里線は北千里から始まり、大阪地下鉄堺筋線につながって天下茶屋まで行けます。

京都線は十三駅から京都河原町まで行きます。

京都へ行くにはJR、近鉄も勿論利用できますが、京都の真ん中河原町に出るには阪急が便利です。

淡路駅ではこの阪急京都線が、平面交差をしているのです。

そこで、又それぞれの線で終点が異なる電車が入るために分かりにくかった訳です。

尚、今、立体交差の工事をしています。

近い将来、淡路駅は近代的な姿に生まれ変わることでしょう。

その時の淡路駅は目立たない小さな駅ですが、古都にいざなう駅でもありました。

あの時、ひどく憎らしく思えたその駅が二度と行けない幻の駅に思えるのです。


読んでいただき心から感謝いたします。

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