読書の森

岩瀬彰『月給百円サラリーマン』




昭和初期、いわゆる戦前の時代が弾圧が強くて、貧しい暗い時代だと思い描くのは間違いだと著者はいう。

母の思い出話を聞いて、私もとてもそうだとは思えない。

政治情勢は別として、昭和一ケタの庶民の暮らしはそれなりに長閑で平和だったようである。

サラリーマンの月給が平均百円(ボーナス込み)位だったのは、昭和9年から11年、最も経済が安定した時期だ。

その時の物価は今の約二千分の一、給与は今の五千分の一だそうである。

ちなみに盛りそばやコーヒー一杯は十銭、200円程度だ。
四人家族で衣服の経費は平均10円、家賃が13円だって。
当時は一般家庭に車も無いし、家電が少ないから光熱費も安い、携帯電話代も勿論かからないから、ごくシンプルに暮らせた。

さらに、当時の所得税金額は非常に低かった。
基礎控除が年600円でそれを引いて6パーセントの税率である。
年間1200円の月収で妻子がいれば、年間36円だ。
社会保険は整備されてないから控除されない。

中等以上の教育を受けた男性サラリーマン一家の月収100円だったら楽に暮らせそうだ。


上の絵は当時の兜町である。

この辺りと、下層階級の人々の生活は全くダンチだった。
今よりずっと格差の大きい時代だったようである。

社会保険は完備されてないから、失業したら、文字通り明日をも知れぬ運命になると私は心配してしまうが。

ただ、本著を読むと制度の違いと関係なく、人の意識の変わらなさに驚く。

「今の世の中に人情はなくなってしまった」と昭和5年の文芸春秋の座談会で、街の店主が嘆いている。

昭和2年頃、識者は当時の学生を評して
「人物が下落している。
色々の事をよく知ってるくせに、仕事に当たって熱意と誠意がない」
とこき下ろしている。

どこかで似たようなセリフを聞いた気がする。

この本は昭和一ケタの生活状況満載の面白い本だ。

これを読むと、いつの時代が良くていつの時代が悪いなんて軽々に言えない気がする。

その人が青春を過ごした時代が一番思い出深い時代だと思う。

昭和16年になるまで、大方の庶民の意識はお気楽だった。
私の母も「結婚して子供が生まれたら、可愛い服着せたい」とかその程度の夢をもっていたそうだ。
そこに、突然(と当時の若者に思える)戦争が勃発した。

つまり、肝心の情報が全然届いてなかったのだ。

いつの時代も、青春の夢を無惨に壊す戦争だけは起きないでほしいと思う。


読んでいただきありがとうございました。

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