読書の森

三浦朱門 『老いれば自由に死ねばいいのだ』



三浦朱門は作家曽野綾子の夫君であり、自らも学者兼作家として著名で、順調な道を歩んだ人である。
私は、かの田園調布に邸宅を構え、三浦半島に別荘を持った二人が、かなり優雅な夫婦と思っていた。

しかし、夫妻の老親を自宅で最期まで看取った経験を基にこの本を書いた事を知り、認識を新たにしたのである。

ちょっと乱暴な題名『老いれば自由に死ねばいい』というのは三浦朱門自身に向けた言葉なのかもしれない。
人工的な延命措置をして、家族の手を煩わせず、自分らしく死にたいという願望のようである。
中味の濃い人生とは、たとえ短くとも充実していればそれで良いではないかという意味だろう。

どちらにしても、同居する高齢の両親(若しくは配偶者)を最期まで看取るという老々介護は相当に厳しい。
同じ人間とは思えない程、頭も肉体も老い衰えた親(配偶者)に、おしめを当て食事をさせる、親のこの姿が自分の老いた姿と二重写しになる、それは実感した者でないと分からない苦痛だ、と思う。
その反動でこの本を書かせたと思わせる。

母の介護(乱暴な介護で苦い後悔しきりだが)を高齢の障害者一人でした私(69歳で90歳の母の介護が始まる)にとって興味ある中味だった。かなり贅沢に思われた事は確かである。

家族の事、宗教の事、文学仲間の事、死生観、介護の苦労とは全く縁遠い話が、学者らしく論じられていて、ちょっと拍子抜けした。

スプーン人さじの食事を老親の口許に運んだなどというエピソードを期待してた私にとって、「まあ、学者ってやっぱり生活感のないのね」という印象だった。
ただ、現実には妻と共に親身な介護をしたのだろう。


妻の曽野綾子は本当に強靭な人で、過酷な介護を終えても、家庭の妻兼作家の傍ら様々な肩書を持ち、その上世界の飢餓に苦しむ地域で実際にボランティア活動に従事した。
三浦朱門はこの妻の細やかな介護を受け、2017年91歳でこの世を去った。
どうも自由には死ねなかったようである。



さて、この本の中で思わず「嘘!」と言いたくなる章がある。

「この世の未練はもう少し人に愛されたかった」ですって。
お金は今程度でいい(その収入からして当たり前だろうと思うが)、人の愛情が欲しいのだと言われる。

妻も子供も友人も、かなり恵まれていると思うのだが。
親の愛に飢えていたのかと思えば、さにあらず。

「私を愛してくれた人はというと、母親だけだったという気がする。
私が柱にぶつかったら、そんなところに立ってる柱が悪いので、今度大工さんが来たら切ってもらおう、と私と一緒に怒ってくれました」
という箇所で私は思わずため息をついてしまった。

「この母が亡くなった今、私には無条件に味方になってくれる人がいません。
私の妻は曽野綾子ですから、母のように私を甘やかしてくれません。
出来れば、美しく優しい女性に抱かれて慰めてほしいのですが、、、、」
これって、冗談交じりにしても、高齢者の仲間入りをした地位も名誉もある男性の言葉なのである。

温和な人で、鋭敏な曽野綾子を包み込むようにしていた大人の男性という、私の三浦朱門像は脆くも崩れてしまった。

それにしても、男性(人によるだろうが)の甘え願望というものは論理を超えていると痛感してしまった。
でも、女の甘えも論理の外かも知れない。
三浦朱門という人はとても正直な人なのだろう。

こんな事を堂々と書ける三浦朱門は家族からとても愛された人ではないかと思う。
心から羨ましい。




読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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