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バックミラーに映る泣きそうな女の顔を見た時から、相沢大輔の悪い虫が目を醒ました。
相沢大輔50歳、個人タクシーの運転手である。
始めた頃はまだ世の中ゆとりがあって、利用客も多かったが最近はサッパリである。
堅気の仕事は割りが合わないとぼやく毎日である。
夜更けの新宿駅の近くでやっと客がついた。
「運転手さん、助けて!」
細身の女が息を切らして乗り込んできた。
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よくある話だ。
男に追いかけられた女、必死でタクシーに乗り込んで逃げる。
心得顏で大輔はドアを閉め、
「お客さん、何処まで?」
と聞いた。
ところが、その女は震えるばかりだ。
「こりゃバカか?」
と女の顔を確認したのだ。
一言で言えば可愛い女だった。
世間知らずのお嬢様によくあるタイプで、お嬢様というには年を食っている。
大輔の豊富な体験から言えば、いざという時に肝心な事が言えない、こういう甘ちゃんが一番騙しやすい女だ。
金を獲れるかも知れないと大輔は思った。