第一酔った坂下の言葉をそのまま信用していいか分からない、「心配してくれて有難いが俺たちの問題だ。明日戻るから、それから相談すると伝えてくれ」と電話を切っても卓は眠りに就けなかった。
「坂下はもっとノーマルなやつだったが、コロナで脳までやられたのか?」
と呟いても、腹の虫が治らなかった。
もっと不安だったのは愛の深刻な容態よりも、これほど愛と坂下が昔から親しい間柄だった事実である。
要するに、「お前なんかより俺の方が、心底愛さんを愛してる」と言う事だ。
夫の気持ちを思いやって自分の病気を隠す妻の健気さなんてどうでもいいのだ、いくら幼馴染だろうが、自分以外の男に洗いざらい心の中を曝け出す女って、何なのだろうか?
卓の手前勝手な怒りは翌日帰宅してからも続いた。
「お父さんお帰りなさい❣️お疲れ様」
「お父さんお帰りなさい❣️お疲れ様」
愛と翠はニコニコして卓を迎えた。
テーブルには卓の好物が並んでいる。ただし一人分だけである。先に二人で食事を済ませているのだろう。
いつも見慣れた光景が彼にはやけに嘘っぽく思えた。
それでも作り笑顔で
「おお、ありがと、翠、大阪のお土産だよ」
と土産の包みを置く。
「なあに?あら又『あわおこし』じゃん。いつもおんなじねえ」
ちょっと唇をとんがらせて翠は言う。
「お仕事で忙しくて選ぶ暇が無かったのよ」
愛は翠の身体を包み込むようにして子供部屋に連れていった。
さっさと食事をかき込むと、卓は愛に向かった。
「あなた、あんまり早く食べると身体に悪いよ」
あまりの早さに呆れる妻に向かって卓はイラついた気持ちをぶっつけた。
「昨晩俺が電話したの知ってるよな」
「はい。ごめんなさいね、手が離せなくて出られなくて」
愛は確かに窶れたているが、珍しく綺麗に化粧して女っぽい。
その申し訳なさそうな妻の顔を殴りつけてやりたい衝動が卓を襲った。
「お前、そんな事で俺が怒ってると思ってるのか?」
「体調よくないのに疲れてるんだと思う。何か気に障る事あるの?」
「あのさ、あんな遅い時間に他の男を家に引き入れて良いと思ってんの?」
「坂下さん?あの人私たち二人の友達でしょう。第一お酒に酔って大変そうだったみたいなのよ」
「昨晩何電話してたのか、お前知ってるのか」
「昔話してたんでしょ。坂下さんが言ってたから」
「聞こうと思えば聞けただろう?」
「それって失礼でしょう。久しぶりの男同士の会話だから」
、、、
卓は湧き上がる怒りを抑えるつもりが、バカバカし過ぎて吹き出してしまった。
「自分の妻がこれほどバッカとは知らなかった」