DVで別れた元夫は、4歳の娘をなぜ道連れにしたのか 面会交流中の殺人、悲劇を無視して進む「親権」議論の危うさ
2023/12/30 10:30
(47NEWS)
夫婦が離婚した後、子どもの親権を「共同親権」とする制度が導入される方向で、法制審議会(法相の諮問機関)の議論が進んでいる。離婚後も父母双方が子育てに関われるといった理由から法制化を求める声が強いが、ドメスティックバイオレンス(DV)の被害者らは「子どもの安全が守れない」と大きな危惧を示している。
共同親権の導入は「世界の潮流」と表現されることも多いが、必ずしもそう言い切れない。面会交流中に子どもが殺害される事件があったオーストラリアでは最近、
子どもの安全を重視し、同居親の判断を重視する法改正がなされた。
同様の事件は日本でも起きている。2017年、兵庫県伊丹市で、妻へのDVが原因で離婚した元夫が、面会交流中に娘を殺害し、自らも命を絶った。共同親権が日本で導入されれば「同様の事件が起きるのでは」と懸念する声が上がるが、法制審議会では「特殊な個別事例」としてこの事件のことは議論されていない。
遺族である母は願う。「同じ思いを、絶対に誰にもしてほしくない」(共同通信親権問題取材班)
▽日常的なDV、ガラス片から必死に守った娘
殺害されたのは松本侑莉ちゃん=当時(4)。母絵美さん=仮名=が夫と結婚して3年後、つらい不妊治療の末にできた子だった。「奇跡的に1度目の体外受精で授かった。『私の所に来てくれたんや…』って思った」。喜びは今も鮮明だ。
ただ、結婚の数カ月後から夫のDVは続いていた。殴る・蹴るといった直接的な暴力はなかったものの、ささいなことで日常的に怒って暴れ、物を投げた。部屋は夫がぐちゃぐちゃにした物で散乱し、壁には穴が開いた。借金癖もあった。
「自分の思い通りにならないとキレる。外面は良く穏やかなのに、どうして一番身近な私にこんなに攻撃するんだろうと思っていた。私なら許してくれると思っていたのかな」
DVは次第にエスカレート。暴れて割った食器棚のガラス片が、侑莉ちゃんに降り注ぎそうになり、絵美さんが必死に抱きかかえて守ったこともある。
「侑莉が生まれてくれて唯一の味方ができたと思った。でも、早く離婚しないとDVの場面が記憶に残ってしまう」
離婚を決意したが、夫に頼むと離婚届を破られた。ようやく離婚できたのは、侑莉ちゃんが3歳の頃だ。
▽増える要求、家裁が面会交流決定
絵美さんが親権者となり、侑莉ちゃんと一緒に実家で生活を始めた。その後、元夫から「娘に会わせてほしい」とメールが来た。
共通の友人に仲介してもらって数回会わせると、要求はその後、増えていった。「毎週会いたい」「お泊まりもしたい」
幼稚園の予定などもある中、絵美さんの精神的な疲労は積もっていった。仲介してくれていた友人からも「元夫から要求の電話が毎日何時間もある」と連絡があった。これでは友人に迷惑がかかり、すべての要求に応じるのは難しいと判断し、侑莉ちゃんを元夫に会わせるのをいったん中断した。
すると、元夫は家庭裁判所に面会交流調停を申し立てた。調停を経て、面会は月に1回と決まった。
事件はその直後、初回の面会交流の日に起きた。
▽ずっと繰り返した「ごめんね」
2017年4月23日。「パパが遊びに連れて行ってくれるよ」。侑莉ちゃんと元夫はその日、映画を見る約束になっていた。「また夕方迎えに来るからね」「バイバイ」
それが最後になるなんて、考えてもみなかった。
約束の時間になっても、元夫から連絡が来ない。電話もLINEもつながらない。思い当たる場所を探しても姿が見えない。夜になり、警察にも捜索を依頼した。
警察は元夫の家に向かった。かつて家族3人で住んでいた場所。ベランダのガラスを割って室内に入ると、侑莉ちゃんは床に倒れ、元夫は首をつっていた。
連絡を受けた絵美さんは翌日、警察署で遺体を確認した。首を絞められた侑莉ちゃんは、うっ血して変わり果てた顔になっていた。
「ごめんねっていう言葉しか出てこなかった。ごめんね、ごめんねって、ずっと謝っていた」
思い出すと、今も涙があふれる。
▽愛情たっぷり、自慢の娘
侑莉ちゃんは、明るく元気な子だった。
幼稚園はほぼ皆勤賞で、表彰されたこともある。友達も多く、誰にでも「どうぞ」とおもちゃを譲る優しさを持っていた。絵が上手で、色とりどりの服を着た女の子の絵をたくさん描いた。自分で「お勉強がしたい」と言い出し、塾に通った。自分から宿題もした。聞き分けがよく、絵美さんが「お絵描きは9時半までだよ」と言うと、時間になれば「おやすみなさい」と自分から寝に行った。
幼稚園の先生に「どうやったらこんな風に育つんですか?」と聞かれたこともあるほどだ。「3歳ながら、すごくいい子。私が愛情たっぷりに育てたからかな」
絵美さんは今も、侑莉ちゃんが亡くなった年齢と同じ3〜4歳くらいの子を見ると、生前の姿を思い出す。外出先で「ママ」と呼ぶ声が聞こえると、自然と反応してしまう。
生きていれば今、10歳になる。
▽消えない「なぜ」
絵美さんが面会交流に応じたのは「娘はパパが好きな状態で別れたから、会わせることが悪いとは思えなかった」からだ。
「離婚できてほっとした。顔色をうかがう生活ではなく、侑莉だけを守って暮らしていこうと思えた。でも、自分の気持ちじゃなくて侑莉の気持ちが一番。あの子が素直に笑顔で育ってほしかったからこそ、パパに対しても嫌なイメージを与えず育てたかった。だから、会いたいなら会わせてあげたいと思った。娘の気持ちを一番に考えての選択だったので、そこに関しては今も間違っていたとは思えない。だからこそぶつける場所もなく、余計に悔しくて、悲しい」
元夫は当時、仕事がなく、酒を浴びるように飲んでいたことを、後になって知った。
「当時それが分かっていれば、あのタイミングでは会わせていなかった」
一方でこうも思う。もし面会交流を拒否していたら「逆上して家に突撃したり、近隣で待ち伏せしたり、何かされた可能性があったと思う。会わせなかったら大丈夫だった、という話でもないと思う」。
元夫はなぜ、娘の命を奪ったのだろうか。今も疑問だ。
「計画的にその日に殺そうと思っていたのではないと思う。侑莉と遊んでいて、悲しさなのか私への憎しみなのか、何かは分からないけれど、何かの感情が一気に出たのか…」
真相は分からないが、絵美さんはこうも思う。
「私から大切な侑莉を奪うことで、私を支配し続けたかったのかもしれない。本当に娘に会いたくて面会交流を要求していたのではなく、私と連絡を取るツールだったのではないか。侑莉の名前を出せば私が応じると思ったのではないか」
面会交流には、公的な第三者による立ち会いや見守りのもとで実施する「エフピック」という仕組みもある。絵美さんも利用を検討したが、高額で無理だと思った。離婚して逃げた身であり、家計にゆとりがない。元夫にも相談してみたが「なんで監視されないといけないんだ。俺はそんなんじゃない」と逆上された。
どうすればよかったのか、何が正解だったのか、今も分からない。
▽憎しみで奪われた娘、決めた「強く生きる」
事件から6年。絵美さんは「強く生きよう」と心に決めてきた。「私が落ち込んでいたら、両親も友達も心配してしまう。だけど、誰もそんなことは望んでいない。侑莉の分まで2倍、精いっぱい生きよう」。自分に言い聞かせてきた。
そう思うには理由がある。元夫が、絵美さんへの憎しみを理由に侑莉ちゃんを殺害したのなら、自分はそれに絶対に屈したくないからだ。
「あいつの一番大事なものを奪ってやろう、これで一生苦しむだろうと思ってやったのなら、私は絶対にそうはならない」
侑莉ちゃんが亡くなった今も、友人が花を贈ってくれる。たくさんの人から愛情を受け続けている。侑莉ちゃんが夢に出て来たことを友人に話すと「ちゃんとあなたの中で侑莉ちゃんは生きているね」と言ってくれる。
夢に出てくる侑莉ちゃんはいつも笑っていて、楽しそうだ。「ママに心配をかけないために笑ってくれてるのかな」
「侑莉まで連れていかず、一人で逝ってくれたらよかった」。何度、そう考えただろう。
元夫が生きていれば、どれだけ住む場所を変えても探し出され、おびえて生活していたかもしれない。さまざまな思いが巡る中、後になってこう思うようになった。
「侑莉が私を守ってくれたのかな。私や私の両親が安心して暮らせるように、侑莉が身代わりになってくれたのかもしれない。もし私が殺されていたら、侑莉はずっと寂しい想いをしただろう。4歳の子には耐えられないはず。
『これが一番いい』と侑莉が私を守ってくれたのかもしれない」
「もしそうなら、私は侑莉の分まで元気に楽しく生きることが供養になると思う。あの人が今この世にいないことで、なんとか私は安心して暮らせているのだから」
▽触れられない事件
共同親権を巡っては「離婚後も父母双方が子育てに関われるべきだ」「親権争いによる『連れ去り』を避けられる」といった理由から支持する声が上がる。現在、法制審議会の案には、父母が合意できた場合だけでなく、合意できなくても家裁が共同親権を決定することができる内容も盛り込まれている。
絵美さんはこの案に疑問を感じるという。「円滑に話し合える関係ならいいかもしれないが、私の場合は『離婚するなら共同親権にしろ』と迫られ、都合のいい所だけ親権を盾に口を出されたと思う」
絵美さんはそれを「脅迫のような共同親権」と表現した。
既に共同親権や類似の制度を導入した国で、面会交流中に子どもが殺害された事件は少なくない。別居親の関与を推進したオーストラリアでも同種の事件が起きた。それを契機に子どもの安全を重視する見直しが進み、今年10月にはさらに、同居する親の判断をより重視する方向での法改正が行われた。離婚事件に詳しい実務家は、これを「共同親権の揺り戻し」と表現。海外でのこうした事例を無視して進む日本の議論をこう批判している。
「世界の失敗から学ばず、周回遅れの議論しかしていない」
冒頭でも述べた通り、共同親権導入にかじを切ろうとする法制審の議論では、侑莉ちゃんの事件については触れられていない。「特殊な個別事例」(法務省幹部)という。
絵美さんは強く願う。
「こういう事件が起きたことを忘れてほしくない。同じ思いを、絶対に誰にもしてほしくない」