「空気を読む」のは、あたりまえに必要とされる資質。
公正であろうとする人間がここに特にすぐれていた場合、その人物はたいへん思慮深いキャラとして認識される。
単に状況を把握するだけに終わらず、的確な次の行動へと移れるからだ。
ときによって、「空気を読む」のは難しい。
それはどんな場合かというと、自分とはまったく考え方の基盤が違う人たちの中にいるとき。
前提とする考え方が違うと、よほどの想像力を働かせなくてはその場の動きが見えず、下手に行動に出ると (我を通そうとすると)、時として、心ならずも失笑を買ってしまうことだってある・・・。
トラブルが起きるときというのは、概してこれにあたるような気がする。
トラブルは、回避も大事だけれど、いったん巻き込まれてしまったら、そこから何かを学ばなくてはムダになってしまうもの。きっと、繰り返す。
なぜなら、自分自身が巻き起こしたものだという事実から目をそらしてしまっては、何の進歩もないからだ。
きっと状況がこうこうだったからだ、相手がこうだったからだ、と、自分側を肯定するのも、精神を落ち着けるために大切なことではあるけれど、トラブルが起きた場合の自己肯定は、危険。
それこそ、空気が読めていないことの証だ。
何度も同じことを繰り返してしまう場合、そこに共通するキーワードは、しっかり自分で拾い出さなければならない。
私自身も、もちろん人のことなど偉そうに言えた立場ではなく、失敗は数知れない。
そして、恥ずかしながら、それで少しは賢くなったかというと、全然そうでもなく、「あ、またやっちゃった・・・」と、気付いて後悔することも度々。(もっと悪いのは、気付けてもいない場合)
でも後悔だけでは、前には進まない。
”またやっちゃった”
これこそが自分の負のパターンで、これは自然に出てくるものだから、よほど理性をもって自分を見つめていないと、なかなか回避できない。ただでさえ、後の祭り、を何度も繰り返してしまうのが人というものだし。。
でもそのパターンの回避をこころがけるのも大事だけれど、自然に出てきてしまうものなら、むしろそのパターンについて、自身しっかりつかみ、考察を深め、上手に付き合おうとする方が得策のような気がする。
”どうしてこうなっちゃうの”
の後、「ま、いっか。相手が悪かった」と片付けてしまうのは簡単。もう関わらなければいいから、ま、いーや。と。
でもここで、想像力を駆使して、相手の普段の行動をよおく見 (似たような人は今までも今後も、きっとたくさんいるはず) 、相手を知ろうとする気持ちがあって、なおかつ、自分をよおく振り返り、省みて、自分は今まで同じようなことを人から指摘されはしなかったか?と、自分ワールドから一歩離れて俯瞰する姿勢があると、同じ失敗を繰り返しそうになった時に、少なくとも、
「あ、なんかまずいことになりそうな雰囲気。状況を静観しよう、行動に出る前に」
または、
「気をつけよう、これはどうやら人を刺激する自分の欠点らしい」
と、本能にインプットされた危機管理システムが働いてくれる、自爆の前に、制御装置が作動してくれる。
人は変えられない、でも自分は変えられる。
・・・さて、それで何が言いたいかというわけでもなく、思うことを、ちょっと書いてみました。
自戒の念も込めて。
公正であろうとする人間がここに特にすぐれていた場合、その人物はたいへん思慮深いキャラとして認識される。
単に状況を把握するだけに終わらず、的確な次の行動へと移れるからだ。
ときによって、「空気を読む」のは難しい。
それはどんな場合かというと、自分とはまったく考え方の基盤が違う人たちの中にいるとき。
前提とする考え方が違うと、よほどの想像力を働かせなくてはその場の動きが見えず、下手に行動に出ると (我を通そうとすると)、時として、心ならずも失笑を買ってしまうことだってある・・・。
トラブルが起きるときというのは、概してこれにあたるような気がする。
トラブルは、回避も大事だけれど、いったん巻き込まれてしまったら、そこから何かを学ばなくてはムダになってしまうもの。きっと、繰り返す。
なぜなら、自分自身が巻き起こしたものだという事実から目をそらしてしまっては、何の進歩もないからだ。
きっと状況がこうこうだったからだ、相手がこうだったからだ、と、自分側を肯定するのも、精神を落ち着けるために大切なことではあるけれど、トラブルが起きた場合の自己肯定は、危険。
それこそ、空気が読めていないことの証だ。
何度も同じことを繰り返してしまう場合、そこに共通するキーワードは、しっかり自分で拾い出さなければならない。
私自身も、もちろん人のことなど偉そうに言えた立場ではなく、失敗は数知れない。
そして、恥ずかしながら、それで少しは賢くなったかというと、全然そうでもなく、「あ、またやっちゃった・・・」と、気付いて後悔することも度々。(もっと悪いのは、気付けてもいない場合)
でも後悔だけでは、前には進まない。
”またやっちゃった”
これこそが自分の負のパターンで、これは自然に出てくるものだから、よほど理性をもって自分を見つめていないと、なかなか回避できない。ただでさえ、後の祭り、を何度も繰り返してしまうのが人というものだし。。
でもそのパターンの回避をこころがけるのも大事だけれど、自然に出てきてしまうものなら、むしろそのパターンについて、自身しっかりつかみ、考察を深め、上手に付き合おうとする方が得策のような気がする。
”どうしてこうなっちゃうの”
の後、「ま、いっか。相手が悪かった」と片付けてしまうのは簡単。もう関わらなければいいから、ま、いーや。と。
でもここで、想像力を駆使して、相手の普段の行動をよおく見 (似たような人は今までも今後も、きっとたくさんいるはず) 、相手を知ろうとする気持ちがあって、なおかつ、自分をよおく振り返り、省みて、自分は今まで同じようなことを人から指摘されはしなかったか?と、自分ワールドから一歩離れて俯瞰する姿勢があると、同じ失敗を繰り返しそうになった時に、少なくとも、
「あ、なんかまずいことになりそうな雰囲気。状況を静観しよう、行動に出る前に」
または、
「気をつけよう、これはどうやら人を刺激する自分の欠点らしい」
と、本能にインプットされた危機管理システムが働いてくれる、自爆の前に、制御装置が作動してくれる。
人は変えられない、でも自分は変えられる。
・・・さて、それで何が言いたいかというわけでもなく、思うことを、ちょっと書いてみました。
自戒の念も込めて。
とーっても素敵なブログですね!!!
ここには言葉の良心みたいなものを感じます(*^_^*)
内容、表現ともに高いレベルを保っていらっしゃって、
心から尊敬しております!!
空気を読むというのは、無意識には誰でも行っていること
だと思いますが、大抵は保身のために働く力かなと思います。miさんは保身よりももっと大きな視野で捉えているのですね~ほんと素敵!!!
又遊びにきますね!ブログの更新楽しみにしてます(^o^)丿
そして、お褒め頂き恐縮です・・・そんなごたいそうなものではないので、してしまいます
今後とも、どうぞよろしくお願い致します
もお、私ファンですもので、これが対面だったら上へ下へのおもてなし状態になっているかと!
とってもうれしかったです・・・と書きながら、今気付きました。
←ギャー!ブックマークしていただいている!!
もう興奮です。ありがとうございます。
こちらからもリンクさせていただいて宜しいでしょうか?みんなに紹介したいです。
私は、今までとことん「気付くことすらできなかった」ようで、
思い返しては赤面。
でも、ホントに空気を読むのは難しい!
これが出来れば宮中晩餐会だって行けちゃう!なんて思ったりも。(笑)
「気付いたから一歩前進!次はきっとOK!GOGO!」
という勢いの私は、miさんのお話を拝見して、そろそろ次の段階に入った方がいいような気がしてきました・・・
BOOK MARKに加えていただいているなんて!
ありがとうございます。
うれしい…
私もリンクさせてくださいね。
「人は変えられない、でも、自分は変えられる。」
ズシッと響きました。
お二人のページ、かっこよくって素敵で、ほんとに大好き。
リンクさせていただけるの、こちらこそ光栄です!!
ココさま
いやいや、ココさま、こちらこそ、恐れ多い・・・いつも目が離せない感じで拝見しています。気遣いとは何か、というのを、お邪魔するたびに勉強させて頂いております。バランスの良さを、ぜひこれからも見習いたいです!
february_piscesさま
目の付け所がいつもお洒落で、読んでいるだけで、センスアップ出来ちゃったような気になり、おかげさまで気分が盛り上がります((o(^∇^)o))わくわくをありがとうございます