Belle Epoque

美しい空間と、美しい時間

暗号を含んだ香道。「志野流香席」

2010-05-16 | parfum... kaori
『松栄堂』、といったら、仁和寺や智積院など、京都の名だたるお寺が御用達とする香老舗です。
本店は烏丸御池にあり、また『lisn』などモダンな香店もこちらのプロデュース下にあります。
生活のあらゆる部分に、かゆい所に手が届く!ような細やかさで使える、香のお店。
以前にも書きましたが、わがやはこちらの「堀川」がお気に入りです。

5月15日。
葵祭の日、京都もきれいに晴れました。この日、松栄堂本店での本格「聞き香」入門編の席を予約でき、行ってまいりました。
京都の口さがない人々は、この日に雨が降ったりすると、
「誰かの日ごろの行ないかなあ・・・」
と囁き合ったりするそうで、その年の斎王代の身内の方など、当日までハラハラするそうです。
しかも今年は六波羅蜜寺のお嬢様、、、雨は、面目に関わりますね!
幸い、抜けるような青空と甘い風。ともあれ一安心かしら。
京都はこうした小さなスリルがいっぱいです☆


『松栄堂』店内。ちなみにこの子供はマネキン



さて、香席。
朝一番の席にお邪魔しましたが、靴を脱いで席に入る前、松栄堂社長の畑さまより組香の説明を受けました。
さらにその前に・・・、
香炉には火が入っているので、取り扱いには十分注意くださいとのこと。
そして、香りの聞き方の基本作法など。

今回の香席は、志野流の「小草香」。

**********************
季節の草花を一つ選び、その名の「ひらがな」一字ずつにそれぞれ香をあて、
香りを聞き、異同を判じます。
選んだ草花名の字数により、香数は変わります。
同字は同じ香を意味します。
**********************

というルール。

今回は、葵祭の日ですので、お題は【あふひ】。
あ・ふ・ひ それぞれに本香がたかれるのですが、それぞれの字であらかじめ香が2種用意されているそうで、計・6種類の中から、直前に本香が選ばれます。
「亭主」でなく、直接たく「香元」しか、あ・ふ・ひの3種類の正体を知りません。
各香50%の確率で、選んだ人も答えを違える可能性がある、このスリル。
答えが書かれた若草色の紙は、畳んで紙さしにちょんとはさまれ置かれ、不正がないように。
これは「うぐいす」と呼ばれるそうです。


お店の前。これが葵の葉。お店の香は「堀川」でした


香道、華道、茶道が日本三芸道といわれ、お互いに深い関係を持っているそうですが、わたしは香道がいちばん複雑で楽しそう!と思いました。
香道をひとことで説明すると、

「一定の作法のもとに香木をたき、たちのぼる香気の異同によって
古典的な詩歌や故事・情景を鑑賞する、文学性・精神性の高い芸道」


だそうです。
源氏物語を最低ラインとして、万葉集などの歌がするんと出てこないと楽しく遊べないわけですが(理由は後述します)、
さらに、硯と筆と水入れとが個々人に回り、名前と答えを書けという。Oh、筆跡も見られてしまうというわけです。
なんと雅だがハードルが高いの!


と、数々カルチャーショックを受けたところへさらに、
この日は、葵祭にちなんで、ということで、先代が見つけられたというレア香木、「あおいぐさ(1948年採取)」を、香席の前に聞かせて(嗅がせて)戴けることに。
なんだかもう、よく解らないままにひれ伏してしまいそうです。

貴重な香木は、青磁の香炉で焚くそうです。
青磁は、香炉として位がいちばん上であるとのこと。
そして、香木本体は、まず筍の皮で包んでから紙で包むと、傷みがなくなるとのことでした。

「あおいぐさ」
と、お隣の方へ伝言ゲームをしながら、香炉が回ってきます。
掌で器の正面を外へ回して引き寄せ、左手でしっかり支え、右手掌で煙突を作って、炭団に熱された香木を聞く。

初香道が、こんなお宝なんて。

と、ありがたく思ったのもつかの間、

?・・・・・・思ったより、ぜんぜん「それらしい」香りがしない・・・。

じんわりと暖かみのある、とても微かな、苦みがほんのり走る香。
もしかしたら、自分の掌の匂い聞いて(嗅いで)いるのでは?と思うくらい、仄かなのです。

これが、本格香席なのか!
この後の香当てゲームの難易度が、この瞬間に心配になり始めました。


案の定、「あおい草」のあとにどんどん回ってくる「あ」「ふ」「ひ」の香炉を聞いた人は一様に腑に落ちない顔。
自分に回ってきて、納得。
「シナモンのような」という憶え方をしようとしたのはまずかった、と、「あ」の次の「ふ」を聞いて思う。
「あ」の香も、「ふ」の香も、「ひ」の香も、どれも似ているの。
薫り立ちと苦みの散り方が、ほんのり違うだけ。


そして、「出香」。
さあ、あ・ふ・ひの香たちが、順不同で回ってきます。この順番を、手元の和紙に、名前付きで書いて提出しなければいけないのです。
座は軽い緊張に包まれます。
「ごあんざ」、つまり膝をくずして下さい、との言葉にも、多くが反応しないまま。

ちなみに、答えを紙へしたためる時は、
あ → 一、
ふ → 二、
ひ → 三、
と漢数字に置き換えるのだそうです。
たとえば、この日のわたしの答えは、二 三 一。
入れ替わる字の偶然の組み合わせによって、人名や下品な言葉になってしまうのを予防するとのこと。

ちなみに、記載に濁点は一切使わず、女性の名前の「子」は記載しません。(例:「じゅんこ」→「しゅん」)
そして、女性の名はひらかなで、男性は漢字で記名するのだとのこと。
いちいち優雅です。


さて、打ち混ぜられた(順不同に出てきた)香りを聞き終わり、それぞれが答えを係の方へ提出します。
答えが発表されます。
あ、わたしは意外と全問正解でした。嬉しい
結果は、A3くらいの和紙にふくよかな筆字で大書きされ、香の名前と共に回覧されます。
当てた人の名前の下には「叶」と書かれていました。


それから、お菓子とお抹茶が出てきます。
お菓子の名は「からころも」。
んん?・・・気を抜くなかれ、まだ試練は終わっていないのです、
ここで、在原業平の歌が口をついて出てこなければいけないのです。


唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ


これは「かきつはた」の折句の歌。
折句とはなんぞや?は、こちらをご参照戴きたいのですが、

つまり、葵祭の頃、大田神社に咲き誇るカキツバタの花が、「からころも」のお菓子から粋に連想され、
さらに、それについて当意即妙の歌なりセリフなりが出ないとならないのでした。

どうです、この文化度・・・・・・・。
国文科卒業生として、これくらいスラリスラリと出来なければいけないのですが、
もう一度、大学時代をおさらいしなければならなそうです。
さらに、掛け軸、香炉、香を包む紙の色、全てに催事にかかわる意味が込めてあり、そこに座主のもてなしの心を読むことで、お互い和やかな空気を共有したりします。


この日、気がついたことがあります。

万葉集、
古今和歌集、
源氏物語、
などなど、古典を読むのは学校で必須教養とされてきましたが、それは古来の男女の恋愛話や親子の情に感情移入するためではありません。

これらは京都というテーマパークひいては日本文化のキーワードなのです。
ディズニーランドに行くのに、ディズニー映画が感動の伏線になっているように。

京都の季節折々のイベントは、ぜんぶの習わしが、これら古典の小道具を伏線として作られています。
最低限源氏物語を押さえ、それから万葉集、他諸々で知識があると、京都がきっと楽しくてたまらないのでは。
そうそう、香席では「源氏香」という数学的なルールのものがあるそうで、54帖の源氏物語をベースにしているものらしい。
これらは当たり外れよりも、香から詠んだ歌などが評価されたりするそうです。
いつか、全ての組香に挑戦してみたいものです。

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