名城百選の八王子城跡にガイダンスセンターなる施設が出来たというので見に行ってみた。
余談であるが筆者が卒業した某Z校は八王子城跡にあった。城の遺跡があるため増築が許されず、結果、橋本に移転したのは筆者が卒業してからすぐ。それも今は昔、ロングロングタイムアゴーである。

バス停はアスファルトを貼り直してはあるが、某Z校の遺構をそのまま流用してある。

かつて食堂があった所にガイダンス施設はあった。某Z校と同じコンクリ打ちっぱなしの建物ながら、しゃれた意匠が施してあり、ナウい感じがする。中はまだ新築のかほり。電子科学の粋をいかした展示がされていた。休憩コーナーは光が溢れ開放感がある。だがそれだけである。関連本とかアナログな資料も揃えるべきだろう。その点はボランティアのガイドさんも少し残念がっていた。

ガイダンス施設の裏。かつては某Z校本館の堂々たる威容を見ることが出来たが今は強者どもの夢のあと。古戦場の風情をかもしている(城跡だけに)。コンクリ片が少し散らかっているだけで礎石のような遺構は見つからなかった。
かつて某Z校本館はこの谷をまたいで建っており、中心は吹き抜けであった。建物が小さいので吹き抜けもスケール感に欠け、失敗だろう、と思ったものだ。当時学生達の間で「吹き抜けに霊が集まる」という噂が語られ心霊体験を吹聴する者も多かったのである。

バス停方面から本館跡地を望む。昭和風な石垣から当時を偲ぶことができる。この時筆者が立っている位置に開学の先生の像があったと記憶している。

アトリエ郡があったところ。彫刻アトリエ跡はベンチのある広場に、絵画アトリエ跡は駐車場になっている。
あとで続きかきます。ではのちほど・・・
続き。以下何枚かおもひでに浸るための俺得な写真である。


グラウンド跡。2010年に来たときはポツンと立体地形図があるだけだったが、屋根がついていた。
奥に石彫場跡が見える。

石彫場跡。当時は色々とゆるくて、学生達が徹夜で制作に励んでいた。と、いっても火を囲んで語り合っている時間のほうが長かった。今、おっさんになった俺が警備員さんだったなら、「はやく帰れよ」と言いたくなるだろう。

鉄ノミに焼入れをする燃料のコークス。よく火の周りに集まった。かたや木彫場では木っ端を燃やして学生が集まる。毎日どこかでキャンプファイアー。今、おっさんになった俺が警備員さんだったなら、「ちょ、焚き火はやめて!焚き火は!んもう、はやく帰って!」と半泣きで懇願するところだろう。

夜は真っ暗になる。城跡だけに心霊スポット的な人気(?)があり、肝だめしの若者が乗用車でやってきていた。一斗缶で火を焚いているホームレス村のような俺らを見て、さぞ気持ち悪かったのではないだろうか?
またあとで続き書きます。









余談であるが筆者が卒業した某Z校は八王子城跡にあった。城の遺跡があるため増築が許されず、結果、橋本に移転したのは筆者が卒業してからすぐ。それも今は昔、ロングロングタイムアゴーである。

バス停はアスファルトを貼り直してはあるが、某Z校の遺構をそのまま流用してある。

かつて食堂があった所にガイダンス施設はあった。某Z校と同じコンクリ打ちっぱなしの建物ながら、しゃれた意匠が施してあり、ナウい感じがする。中はまだ新築のかほり。電子科学の粋をいかした展示がされていた。休憩コーナーは光が溢れ開放感がある。だがそれだけである。関連本とかアナログな資料も揃えるべきだろう。その点はボランティアのガイドさんも少し残念がっていた。

ガイダンス施設の裏。かつては某Z校本館の堂々たる威容を見ることが出来たが今は強者どもの夢のあと。古戦場の風情をかもしている(城跡だけに)。コンクリ片が少し散らかっているだけで礎石のような遺構は見つからなかった。
かつて某Z校本館はこの谷をまたいで建っており、中心は吹き抜けであった。建物が小さいので吹き抜けもスケール感に欠け、失敗だろう、と思ったものだ。当時学生達の間で「吹き抜けに霊が集まる」という噂が語られ心霊体験を吹聴する者も多かったのである。

バス停方面から本館跡地を望む。昭和風な石垣から当時を偲ぶことができる。この時筆者が立っている位置に開学の先生の像があったと記憶している。

アトリエ郡があったところ。彫刻アトリエ跡はベンチのある広場に、絵画アトリエ跡は駐車場になっている。
あとで続きかきます。ではのちほど・・・
続き。以下何枚かおもひでに浸るための俺得な写真である。


グラウンド跡。2010年に来たときはポツンと立体地形図があるだけだったが、屋根がついていた。
奥に石彫場跡が見える。

石彫場跡。当時は色々とゆるくて、学生達が徹夜で制作に励んでいた。と、いっても火を囲んで語り合っている時間のほうが長かった。今、おっさんになった俺が警備員さんだったなら、「はやく帰れよ」と言いたくなるだろう。

鉄ノミに焼入れをする燃料のコークス。よく火の周りに集まった。かたや木彫場では木っ端を燃やして学生が集まる。毎日どこかでキャンプファイアー。今、おっさんになった俺が警備員さんだったなら、「ちょ、焚き火はやめて!焚き火は!んもう、はやく帰って!」と半泣きで懇願するところだろう。

夜は真っ暗になる。城跡だけに心霊スポット的な人気(?)があり、肝だめしの若者が乗用車でやってきていた。一斗缶で火を焚いているホームレス村のような俺らを見て、さぞ気持ち悪かったのではないだろうか?
またあとで続き書きます。









