スピリチュアル~☆~確実に幸せに成る為の学び・・権威欲(権力欲)と生命欲
◎ 五欲・・・それは、食欲・色欲(愛欲・性欲)・物欲(金銭欲)・権威・権力欲・生命欲に分かれるが、それら5つの欲は、大いに絡み合う紐の様なもので、絡んだ紐は寄り合わさり大きな一本の渇欲の綱と成っている。
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権威・権力欲は呼んで字の如くである。人の上に立ち、私はあなた達よりも賢い偉い優れた者で有るから崇め敬い従いなさい・・・と言う事で、心身を縛ると目されるが、それに留まらず心魂(心・魂)をも従えそうとする横暴きわまりない行為である。
以前に、書き記したけれど、神や御仏は、人と共に有り、共に繁栄し共に幸せを目指すもので、決して心魂を従わせる・・・などと言った事は無い。人(他人・・ここでは自分以外を指す)の心身や心・魂を占領し従わせる・・・そう言ったものは、悪・悪魔・魔神・おろち・・・言い方はそれぞれ違うが、悪しきものの仕業で有り意とする所である。
小さく言えば、分って欲しい認めて欲しい・・・それらも、相手に認めさせようとする・・それすら権威欲に属する・・。
誰もが持っている・・・ささやかな欲とも言える。例えば、恋人に私の思いを分って欲しい・・友達に分って欲しい・・・親に分って欲しい・・私の仕事ぶりを分って認めて欲しい・・・。それらの事を指す。
分ってもらえない・・認めてもらえない・・・から、苦悩し腹が立つ・・トラブルが起きる・・。自己主張・・は、相手の心魂に入り込み相手の心魂を従わせようとする事で、決して叶わない事である。
生きる上では、双方の理解が必要では有るが、それが例え血が繋がろうが何だろうが、心魂はそれぞれ固有のもので、決して入り込めない領域で有る事を肝に銘じておかなければならない・・。入り込めなくとも当方の愛が有れば必要な理解は出来る・・互いに幸せを維持し合える。付かず離れずが丁度良い感覚だろう。
それを念頭に置いていれば、冷静に安穏としていられる。仕事を頑張っていて、認められようが認められまいが関係なしに人の喜ぶ姿や状態が良くなる(助けになる)事に喜びと幸せを感じる事が出来る。
大いなる権威・権力欲を持つものは、五欲の太い綱を持っている。欲深い所には、悪が生まれそして魔が存在する。様は悪魔・・魔神・・と言った存在で有る。そこには、心の平安は無い・・。
歴史は、人間が社会が歩んで来た過去で有る。過去を振り返る・・・それは、同じ過ちを繰り返さない為とこの先、より良い社会を築き上げる為の経験である。
歴史上の人物で誰が好きかと聞かれたら、上杉謙信・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康・・などの戦国時代の武将の名が良く上げられる。権力者達で有る。
が・・・。どうだろうか?誰もが、天下を自分のものとし思う様に采配を振るいたかった・・。その為に、どれだけの人々の血が流され、悲しみと生活苦で難儀をした家族の数を入れると相当の数の不幸を招いた事だろう。
彼らは言うだろう・・。そう言う世の中だから仕方が無い・・。自分が天下を取った暁には、世の中を平和に人々を幸せにする・・・その為ならば多くを犠牲とし自分は毒を食らってでものし上がる・・と。
毒の栄養で育ち立派な実を実らしても、そんな林檎は毒林檎にしか他ならず食べられない・・・。時間の問題で腐ってしまう。
権力欲者は、美味しい物を食し、多くの異性を侍らかせ人を思うように押さえ付け、溢れる物と立派な城を構え、己の永遠の繁栄と最終の願いは永遠の命を欲したがる・・。
時の最後を栄えた状態で終わっても、死後、天に上り色々と有って(省略)やがて、自分の子孫を見守る事と成る。得たものは失って行くのも相対性の法則であるから、必ず失ってしまう。失って行く滅び行く様子を、もの言えず不安と苦悩の中、心魂の安らぐ事無く死後も見守って行く。何と辛いことか・・・。
何も無いものは、幸いである。
遠くエジプトが栄えた時代、王は死後も尚、蘇る永遠の命を願い財と一緒に葬られた・・・が、今は、みんなのさらし者で展示されている。権力者・・最終の欲は、生命欲・・それは叶わない欲である。
織田信長は、時の終わりに夢・幻と言い残し、歩んだ人生を失った。豊臣秀吉は、子供の行く末を暗示しながら亡くなりその後、子供の代に全てを焼かれ失った。徳川家康は、日光で今も江戸城に向って子孫繁栄を願って立ち続けているが、見つめる方向には皇居しか今は無い・。立ったままでは、心も休まる事は無かろう・・。権威欲・・・それは、必ず滅ぶものである。そして心安らかでは居られない・・・。
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