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日本歴史紀行

現代語訳 徳川実紀 33  桶狭間の戦い〜再会、母よ


松平竹千代 像
愛知県岡崎市康生町 岡崎公園


父祖代々の地、岡崎で軍勢をまとめた元康君は、早々に出立なされた。

出立間もなく、元康君の使いを終えた早馬とうち合った。

〜元康様、上々にございました。〜

〜そうか…〜

〜不幸にも、敵対と相成り申したが、母子の情は別儀、女房も心待ちに致しておる故、遠慮なく立ち寄られよ。とお返事を賜わりました。〜

元康君は、出立に先立ち、母〜於大の再嫁先。
今は織田方に味方している阿久比(あぐい)城主の久松佐渡守俊勝へ、もはや今生の別れかも知れぬ御役目の前に、ひと目 母上にご対面したき候〜と丁重に文を出され、久松佐渡は快諾してくれた。

阿久比は城とは名ばかりの小城、幸い遠征してくる今川の進路からは離れていて、信長の援軍が期待出来ない上に、今川勢の大軍が進路を変えて殺到したら、ひとたまりもない。

久松佐渡にしても、今川麾下の元康に恩を売っておけば、蹂躙される不幸を回避できるかも知れないと打算し、妻の残してきた子の訪問は、渡りに舟なのだ。

はやる気持ちを抑え、元康君は阿久比城の門前に到着した。

番卒の後ろに人の良さそうな主人が立っている〜久松佐渡守である。

〜三河の松平家当主、松平元康でございます。この度はお招き下さり、誠に感謝致します。〜


元康君は土豪身分の久松佐渡に慇懃(いんぎん)に挨拶を述べ、大小の太刀を差し出した。

〜これは、何ともご丁寧に。
阿久比の主、久松佐渡守俊勝にございます。
ささ、こちらでございます。〜

〜妻は渡り廊下の奥に控えておりますゆえ、ごゆるりと。〜

家中の案内もそこそこに久松佐渡は去った。

母は父、松平広忠から離縁された後も岡崎に残してきた竹千代君の身の上を案じ続け、織田家に囚われた際は家臣二人を度々 織田信秀の元に使いを送り、了解を得た上で季節の衣類や菓子などを差し入れて竹千代君を慰め続けた。

公には十六年振りの対面である。
実は、織田と今川とで人質交換が成立した際に於大は百姓に紛れて竹千代君の姿を見届けに行っていた。

長年の差し入れと使いの家臣二人を召して礼を述べ、ささやかな品々を持ち込んだ。

互いの年来の想いの丈を語り合い、笑い、涙して半刻あまりが過ぎた。

最後に母、於大の傍らに控える三人の童に声をかける。

〜この子達は母上のお子ですね。
異父弟でござるな、某が達者のうちは全力で御守り致すが、もしやのことがあれば、母上をお助け下され。ゆくゆくは松平元康のお仲間でごさる。〜

〜どうか、生き延びて下されや…〜


母、於大は馬上の元康君を見えなくなるまで見送り続けた。





久松佐渡守俊
織田信長、水野信元麾下の土豪
元康の母、於大が再嫁した。
清洲同盟の後に信長の配慮で家康に与する。
三人の男児は徳川家臣として立身。





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