投資家の目線

投資家の目線722(債務問題について考える)

 1920年、30年代にも、第1次世界大戦の戦費支払いや、中南米などに対する債務問題があった。ここでは、「国際金融からみた累積債務問題 債務危機の構造」(熊田浩著 マネジメント社)により、1980年代の累積債務問題を、中南米を中心に見ていく。

・主要債務国
 世界銀行は債務残高が多い上位12か国、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、大韓民国、ベネズエラ、インドネシア、インド、フィリピン、イスラエル、トルコ、チリ、ユーゴスラビアを主要債務国として定義した。
・累積債務問題の発生
 1980年代、先進国の民間銀行がオイルマネーを債務国に供給した。大韓民国はその資金を使って世界市場に対する輸出立国を目指して設備投資を実行した。しかし、多くの国は工業化・(資本集約的で雇用増につながらない)輸入代替プロジェクトに使用し、中には財政や公営企業の赤字の埋め合わせ、固定為替レートの維持にも使用されるケースがあった。中南米諸国は雇用拡大のために財政赤字を続けてきたが、それが激しいインフレを引き起こし、為替レートの過大評価と資本逃避が起こり、国際収支が悪化した。
 一方、石油危機による価格上昇で先進国は総需要抑制策を採り、1981年をピークとして高金利が実現した。他方、途上国から先進国への輸出は減少した。非OPEC国の油田開発や世界レベルでの省エネルギー・代替エネルギー開発で1982年には石油価格が頭打ちになる一方、債務国は高金利で債務が膨張、メキシコなどの産油国や野心的な開発計画を持ったブラジルの債務支払いが滞った。
・米国の金融自由化とユーロ市場
 米国では金融自由化が進展し、競争が苛烈となり、高収益を期待した融資先の中には中南米向け貸し付けもあり、それが焦げ付いた。そのため、メキシコ債務危機では米国の大手銀行や南部諸州の中小銀行は経営不振に陥る可能性があった。また、ユーロ市場の規模が膨張、先進国の銀行の貸し過ぎを招いていた。ユーロ市場に進出している米国民間銀行も多く、ユーロ市場の動向によっては米国内に金融不安が起こる可能性もあった。
・IMFの支援
 IMFは、救済対象国に緊縮財政、金融引締め、為替レート切下げなど国民には耐乏生活を求め、外貨獲得策の推進を推奨する。しかし、輸出産業の強化は国際市況を悪化させ外貨獲得に結び付かないこともあるほか、外貨獲得のためにスラムを放置して外国人観光客向けのホテルを建設したり、飢饉にも関わらず輸出用作物を栽狽オたりと、民衆の批判に曝されることも多かった。
・ベーカー提案、ブラットレー提案
 IMFの政策は外貨獲得のために輸出振興・輸入削減を目指すので、米国から債務国への輸出不振を招いた。そこでIMFの緊縮型政策から債務国経済の成長を促すベーカー(米国財務長官)提案、あるいはブラッドレー(米国民主党上院議員)提案が提出された。それは米国の輸出不振に伴う失業率の悪化等、農民や労働者を意識した提案である。
・デット・エクイティ・スワップ
 債務削減にはデット・エクイティ・スワップが使われた。一般的には次のような段取りになる。
1. 外国人投資家は、仲介業者を通じて米国の中小銀行等からドル建て債務を市場価格で購入する。
2. 外国人投資家はその債務を当該国の中央銀行に売却し現地通貨を獲得する。通貨の交換レートは公定相場だが、債務の種類により割引される。
3. 外国人投資家はその現地通貨を用いて、現地法人の増資等を行う。現地法人はそれを設備投資や運転資金に充てる。
 これで、金融機関は債務を整理でき、外国人投資家は割安で現地企業を手に入れることができ、債務国は経済振興ができることになる。
・資本逃避
 同書(p99~p100)には資本逃避について、中南米以外の諸国も含めて次のように書かれている。
「メキシコ・ベネズエラ等中南米の国々は、先進国が折角資金援助しても、その半分はその年のうちに資本逃避で戻って来てしまう。それには米国の銀行がかなり手を貸しており、彼らは途上国への資金供与と途上国からの資金受入の往復で儲けている。」
「ブラジル人・アルゼンチン人は国内開発を外国資本に委せ、自分たちの貯蓄はもとの本国等の金融市場で確実に運用するという哲学をもっている。」
「メキシコ・ナイジェリア・フィリピンの官僚・政治家らは、自らの国のことより自らの財産をいかに増やすかに腐心し、スイスや米国に資産を持ち出し隠匿をはかっている。」
「イスラエル・パキスタン・アルゼンチンなどでは、国内取引に自分の国の通貨のほかに米ドルが用いられる。このため、政府は税収やマネーサプライの管理に苦慮している。」

 当時の債務国同様、日本政府も巨額の債務を抱えている。ただし当時の債務国と異なり、日本政府の債務は自国の投資家がほとんどである。そのため、返済のため外貨を獲得する必要はない。しかし、基軸通貨国ではなく(1980年代の日本が経常収支を超過して対外貸付する場合、対外短期資金借入で対外借入も増大するという「又貸し」状態だったという(中村雅秀編著、ミネルヴァ書房「累積債務の政治経済学」)p126~p130)、日本は海外から資源等を輸入しなければ立ち行かず、米国トランプ政権は貿易収支の均衡を求めていることもあり、日本は債権国ではなくなるかもしれない。そのため、円の価値の下落に備えたり、自国通貨が過大評価されているうちは割安な外国資産を購入したりして、資本逃避が起こる可能性はある。
(中村雅秀編著、ミネルヴァ書房「累積債務の政治経済学」には、

・モルガン銀行の試算として1985年末における累積債務残高に対する累積債務残高保有在外資産の比率がアルゼンチン67%、メキシコ67%、ベネズエラ142%に達するが、それらの国のネットでの対外ポジション総債務残高比で、あるいは他の諸国のネットの対外ポジションと比べても全く好ましいものと評価されている(p138~p139)。
・世界銀行『世界開発報告』(1985年版)の定義によれば、1979~82年のベネズエラの総資本流入に対する資本逃避額の割合は136.6%にのぼる(p139)。ベネズエラは1982年10月に民間銀行団との債務繰延交渉を開始している(p184表6-11民間銀行団との債務繰延べ交渉)。

ことが書かれている。これらにより、対外資産が多くても資本逃避が起きれば債務返済が滞ることがわかる。また、アルゼンチンやメキシコは1980年代に急激なインフレーションを経験している。)

 また、以上のことから次のような感想も持った。

 日産自動車事件などを見ると、日本は外国資本の流入を好まず、日本では「デット・エクイティ・スワップ」のような債務の解決法は難しいように思う。

 外国人観光客の獲得や、食料を輸入しながらも日本の農水産物を外国に高く売ろうと熱を入れる現在の日本政府は、当時の累積債務国に似ている。

 森友、加計問題などでは、政府中枢は自らの国のことより税金を使って自分の縁故者の資産を増やすことに腐心しているように見える。

 現在の外為法では、国内でも外貨で買い物ができるようになっている。外貨での取引が一般的になれば、税収やマネーサプライの管理に苦慮することになるかもしれない。

 現外務大臣の河野太郎衆議院議員は、かつてブログで1980年ごろのイスラエルのインフレのことを書いていた(「(日経平均63,000,000円 河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり 2010年12月7日)」:現在は404 Not Found)。


 いずれにしろ、現在の日本も当時の累積債務危機に学んだ方がよいと思う。


追記:オバマ政権の財務長官だったティモシー・F・ガイトナーの著書「ガイトナー回顧録 金融危機の真相 Stress Test」(伏見威蕃訳 日本経済新聞出版社)には、1994年末のメキシコは、長期債務は適度で税収もかなりあるが、手元に現金がなく債務支払いのできないソブリン流動性危機にあったとし、「債務不履行が起きていたら、メキシコ国民九〇〇〇万人は悲惨な目に遭っていたはずだ。ハイパーインフレと大量失業の前奏曲になりかねなかった。」(p67)と記されている。ハイパーインフレーションの危機は割とよく転がっているようだ。

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