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その事故の一報は早朝の電話で知らされた。階下で主人が電話を受けている気配に目覚めて胸が騒いだ。「何かが起きた。」すぐに主人が階段を上がってきたら近しい者の出来事である。しかし、すぐには上がってこなかったので少しホッとして下りて行く。
主人の昔の仕事先のご主人が、ひとりで危険な山仕事をしていてなく亡くなられたのだった。もう30年近くも前のお付き合いであり、私たちが引っ越してからは疎遠になっていたけれど、いろいろな思い出がいっぱいある。小さな長男をよく可愛がってくださった。
気さくでちっとも威張らない方だった。夫婦ぐるみのお付き合いだった。私は結婚してからのお付き合いだったけれど、恐い顔をされたのを一度も見たことはない、穏やかで優しい方だった。まだまだお若いのにと気落ちせずにはいられない。
なによりも私たちが辛く思うことは、彼が一人仕事をしていて亡くなられたことだった。私たちが引っ越しをすると言ったとき、彼は家にこられて長い時間をかけて、仕事を辞めないで欲しいと説得された。でも、そのころの私たちは前しか見ていなかった。なんと言われても前に進みたかった。私たちはもろもろを振り切って村を出て来たこと故に、いろいろと多くの苦労もした。
そんな過去を洗いざらいぶちまけられたような事故だったから、次の日、主人が「今日は仕事を休む」と言ったときに、昨夜は眠れなかったのだろうとすぐに察することが出来た。今まで村を出てきたことを後悔したことは一度もないけれど、今私たちは辛い。お葬式で奥さんに何と言えばよいのだろうか・・・言葉がない。
これでまた村は疲弊して行く。良いことなんか何もない。働く者はいなくなり仕事はどんどん厳しくなって行くばかり。残された者はてんでにその日をその日をしのいで行く。私たちはしばらくは痛むけれどいつか忘れてゆくだろう。そして時々、思い出して辛いと言うだろうけれど、そのうち思い出さなくなってしまうだろう。