この作品の存在は、以前から知っていた。
だが、読んだことはなかった。
ある日、本屋に行ってみたら、この本の前編を見つけた。気にはなったものの、最初はスルーしていた。
だが、家に帰って、この作品のことを思い出すと、どうも気になりはじめ、結局前編を買ってしまった。
淡々とした描かれ方で話は進んでいくが、だんだん引き込まれていった。
そして、前巻を読み終えてほどなくして、後編が出たので、後編は迷わずゲット。
ラストがすこしあっけなかったが、それでも十分に面白かった。
漫画界のことが語られる時、あの「トキワ荘」がよく話題になるが、この本では「トキワ荘」とは別の漫画家の梁山泊があったことを、読んでいて実感させられた。
その梁山泊は、漫画というより、劇画というジャンルの誕生の場であった。
漫画家が集まっていたのは、トキワ荘だけではなかったのだ。
この本を読んでると、日本には他にも漫画家の集まりがあったのではないか・・という気にもさせられる。
それがその後大きく花開いたかはどうかは、ともかく。
それでも、この作品に出てくる漫画家が生み出した劇画は、その後大きく花開くことになった。
この梁山泊から出たもっとも有名な漫画家は、さいとうたかおさんであろう。そう、あの「ゴルゴ13」の。
もちろん、この作品の作者である辰巳さんも。
トキワ荘からは、手塚治虫さん、藤子不二雄さん、石ノ森章太郎さん、寺田ヒロオさん、赤塚不二雄さん、・・などなど後年超ビッグネームになる漫画家がいた。
それにくらべると、この本に出てくる劇画誌からは、さいとうさかおさんや辰巳さん以外はあまり一般的には知られていない漫画家が多い気はする。
だが、この漫画家集団から生まれた劇画は、今はすっかり市民権を得て、コミック表現の1ジャンルとして確立されている。
この作品の主人公は、劇画誕生に大きく関わっている。
劇画とはどういうものだったのか。どういう経緯で誕生したのか。
劇画は、最初から劇画だったわけではない。ならば、なぜ劇画というものが生まれたのか。
また、劇画誕生には、漫画家たちだけでなく、それを出版する出版社事情も関わっている。
そのへんが、この作品を読んでいるとわかる。
これは、辰巳さんの自叙伝的な作品なので、ある意味劇画誕生のドキュメントみたいな側面もある。
この「劇画漂流」の価値は、海外で高く評価されていることでもわかる。むしろ、海外での評価のほうが高いかもしれないぐらいだ。
作者自身、今は日本からの収入は、海外からの収入に比べると微々たるものだと明かしている。
そんな点も、こういっては無責任だが、面白い。
劇画を生み出した漫画家集団の1人1人が個性豊かに描かれ、キャラクターとしての人物描写もしっかりしている。
日本の漫画史の側面という意味での意義で、この「劇画漂流」は貴重な作品であろう。
これは漫画家集団としては、もうひとつの「トキワ荘」であり、同時にトキワ荘とは違った、別の漫画家集団の記録でもある。