初めて聞いた時は、すごく好きではなかった。
予め上限のきついなかでやれと司令命令されて、
それで犬死になら、
それは経営や運営をする奴の、
ミスリードのなすりつけだろ?
って思っていた。
個々の月収や年収なんてのは、どうせは政治経済、企業努力の下で、伸びしろは決まっている。
それに対し、
悩んで捻り出したその後の行動で、
数値を出したり、表現して証明したら、
誰しも唸り、何も反論の余地が無い。
自分は、俗に言う1000万プレイヤーみたく、
聞こえと映えのいい人には、
絶対になれない。
それでも、
ありつけた場所では、
そこで否応無しにプライド持ってしまうし、
退く姿勢が、どうしてもできない。
そのプライド、
自分を追い詰めています。
「清貧」なんて言葉も聞いたことがあるけど、それも「足るを知る」に似た上から目線だと、そりゃこっちは腸が煮えくり返る。
そんな「せいぜいやってろ」というような意味合いなれば、誰しもやってられない。
一個一個、
実際に出してみて、
「あれ?実はこっちの方角から攻めれば、みんな取れるでしょ?」
とか、
「逆手に取れば、AとBはここで諦めて、C先に取って、後から攻めるか?」
など、
あらゆる現実に対して、
徒手空拳にならず、
常に攻略しようとすることを考えられなくなったら、それはもう終わり…
だからこそ、
その場その場を楽しむためには、
順路を何通りか考えられる余裕があることが前提で、
押せ押せオラオラなワンウェイだと、人間そのものが要らないようにも感じる。
人間だし。脳味噌ありますし。
目的に対して、
想像力を排除しないこと。
ワタシの偏見だと、
そう考えれば、
「足るを知る」ことができると思う。
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